第28話
ライブが終わり、コムのメンバーとサミットのメンバー、スタッフさんとで簡単な打ち上げを控え室で行った。
なぜ控え室なのかといえば、サミットは翌日もライブの為今日中に移動を始めないといけないということで、あまり時間が取れなかったからだ。
宮田や姉御は他の人たちとの会話の中にすんなり入れているようで、木田も何とか輪の中に入る努力をしていた。
僕は強引に会話に入っていくようなタイプではないので、一人離れた場所でジュースを飲んでいた。
「こういうときは無理にでも入っていかなきゃ駄目なんだよ」
僕の背中を叩き、三谷さんが話し掛けてきた。
片手にはビールの入ったコップ。
それなりに酔っている感じだ。
「あっ。すみません」
僕は小さく頭を下げる。
「どうだった今日のライブは?」
「すごく楽しかったです。不安とか考えてる余裕が無いくらいに」
「そりゃあ良かった。やってみればそんなもんなんだよ」
「逆に、見る側としてはどうでしたか。ぶっちゃけ」
少し難しい表情をする三谷さん。
「そうだなぁ、ぶっちゃけ……まだまだ」
その言葉を聞いて何故だか安堵した。
褒められている訳では無いのが、それこそが三谷さんの本心だという気がしたのだ。
「そうですよね。今日はなんだか自分達だけステージで盛り上がってて、お客さんの反応とか全然見てなかったですし」
「俺も全部観てたわけじゃないからなんとも言えないけど、”楽しそうに”やってんなぁ、とは思ったよ。でも、それでいいんじゃねぇの?自分達が満足出来れば」
「満足ですか?出来たといえば出来ましたけど……。でも、もっと練習して、もっと良いものをやりたいっていう気持ちもあるんですよね」
「へぇ、意外に向上心はあるんだな」
「気持ちだけは……。現状だと実力が伴ってないですけど」
「それは練習して、場数踏むしかねぇなぁ」
「はい」
「ただ、少なくとも運は強いみたいだから、そこは武器だな」
「そうですか?実感した事は無いですけど……」
「いやいや、運は強いだろ?楽器始めて一年満たないような状態でこんな場所でライブ出来たんだから。実力があったって、十年掛かっても、もしくは一生そういう機会に恵まれない奴だっていっぱいいるんだからな?」
以前、池上にも似たような事を言われた気がする。
僕は運が強いのだろうか?実感した事が無いのでよく分からない……。
「でも、それは僕の運というより、メンバーに恵まれたってだけで……」
「そのメンバーと巡り合えた事が運だし、メンバーあってのバンドだろ?女の子使って戦略だの、邪道だの言う奴もいるかも知れないけど、じゃあ、お前等もそうすりゃいいじゃん?っていう話なワケよ」
「正論ですね」
「売れ始めてきたりすると、運が良かっただけだの、偶然だのと妬みややっかみを言う奴も多くなってくるからさ……。その運も含め自分の実力だと思うようにしなきゃやってらんねぇよ」
「えーっと……はい……」
何となく頷いてみた。
「取り敢えず、他の誰かが作ってくれた土台でもいいから、自分は自分で一生懸命楽しめば良いってだけの話」
言い切って、三谷さんは手に持っていたコップに入ったビールを飲み干す。
「そういや、保科君はプロ志望?」
「いえ、今は何も考えてないです。ただ楽しくてバンドやってるだけなんで……」
「そうかそうか。まぁ、こういう時代だとあんまりプロってのは勧められないから、趣味でやるくらいの方がいいよって言っておく。音楽で食っていこうと思うと色々挫折も味わうしな。それでバンドとか嫌いになっちまう奴もいるし」
「でも、今回みたいなライブをまたしてみたいとは思ってます。ただ、人生を賭ける覚悟があるかといわれると、それも微妙で……」
「まぁ、今はそこまで深く考える必要はねぇって。ただ楽しくやってればいいんじゃねぇの?で、続けてるうちに選択肢が見えてきたら、またそこで考える」
「そうですね……なるようにしかならないですもんね」
「おっ、レットイットビー。かっこいいじゃん」
「まっ、そういうこと」と、三谷さんはそう言い残して他の人の所に行ってしまった。
◇ ◇ ◇
打ち上げが終わり、僕は寮に帰ってきた。
頼まれていたサインも貰うことが出来て、全ての仕事が片付いた。
三谷さんが最後に「もしかしたらまた声掛ける事があるかもしれないから覚悟しといて」と、言ってくれたのが嬉しかった。
社交辞令かもしれないけれど……。
鍵を開け部屋の中に入ると、明かりが消えていて、池上は居ない様子だった。
今日の事を色々と話したかったので、少し残念だった。
僕の拙い語彙力で、その全てを伝えるのは難しいとは思ったが、今日の感動を一部でもいいから池上に……いや、誰かに聞いて欲しかった。
どういう風に表現すれば、この感動を伝えられるのだろう?
そんな事を考えながら、僕は二段ベッドの上の段に横になっていると、いつの間にか眠りに就いていた。
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