第26話
リハーサルが始まり、僕等コムのメンバーはサミットのリハーサルを見ることにした。
最初に驚いたのはバンドの演奏では無く、会場の広さ。
外観では分からなかったが、内部を見るとやはり広い。
ボウルの何倍あるかは分からないが、思わず溜息をついてしまった。
学校の体育館とか野外の方が広かったのは当然なのだが、そういう”空間”としての広さとはまた別の、ライブをする為の施設として出来上がっている様に圧倒された。
サミットのリハーサルは入念に色々なチェックを行い、時間が掛かっていてプロの仕事を垣間見た気がした。
そのリハーサルを見て気圧された後、僕達はリハーサルを行ったのだがステージがまた広い。
僕等四人ではスペースを持て余している感じで、申し訳ない気さえしていた。
皆、広さに戸惑っている感じで、ぎこちないリハーサルだったが、サミットのリハーサルとは対象的に僕等のリハーサルはあっさりと終了した。
◇ ◇ ◇
「お疲れさん、保科君」
リハーサルが終わって自分の荷物を片付けている僕に、三谷さんが声を掛けて来た。
メンバー達は驚いた顔で僕を見る。
僕は振り返って――
「あっ、はい。お疲れ様です」
「なんだよ、強いウリがあるじゃん。ヴォーカルの子結構良いし、ドラムが女の子ってのも、まぁ少しは珍しい。でも最近女子高生バンドなんかも多いみたいだからそうでもないのかなぁ?」
「ありがとうございます……。でも、バンドとしては実際どうでしたか?」
「?だから、さっきのがバンドの評価だって。演奏力とかの話してるんなら、リハしか見てないからなんとも言えないけど、まぁ……普通だろ?」
だいぶ甘く採点してくれているのだろうと感じた。
「……そうですよね」
浮かない表情の僕を見た三谷さんは――
「高校生バンドがそこまで気にしなくても良いんじゃね?演奏上手くて目立たないバンドよりは、演奏下手でも華があるバンドの方が普通は観たいと思うだろ?」
あからさまな嘘はつけない人なんだな、と僕は思った。
もちろん僕も、そんなお世辞めいた美辞麗句など求めてはいないのだが……。
「まぁ……確かに」
「考えたっていきなり上手くなったりすることは無いんだから、とりあえず全力で、今出来ることをやりゃあ良いんだよ」
「そうですね」
「女の子の方ばっかり注目されて悔しかったら、負けねぇように目立てばいい。ただそれだけの事だろ?」
「はい」
「じゃあ、本番頑張れよ」
「ありがとうございます!」
僕は再び三谷さんに深々と頭を下げた。
三谷さんは、その場を後にした。
その後、一連のやり取りを傍観していたコムのメンバーから質問攻めにあった。
なぜ三谷さんが僕に話しかけてきたのか?何を話していたのか?
僕はそれについて、適当にかいつまんで説明した。
そんな事をしている内に開演の時間が迫ってくる。
◇ ◇ ◇
会場が開き、お客さんも入り、いよいよ開演間近。
ちょっと前に、様子が気になって一般のお客さんに紛れて会場を見てみると、普段のライブではありえないような人数が入っていた。
それはもう、満員電車さながらに全く隙間が無いような状態。
広く見えていた会場がやけに狭く感じた。
この人数の前でライブをするのか?と、今更ながら現実味を感じられなくなってきた。
緊張とか興奮とか不安とか、そういう感情が湧いてくるというより、夢の中にいる様な気分。
思わず頬を抓った程だ。
控え室にいた僕等コムのメンバーはスタッフの人に準備を促され、ステージに向かう。
だが、ステージに上がる前のルーティーンとして、いつものように円陣を組む事にした。
「なんか、ここまでの事になると緊張を超えて何も考えらんねぇ」
木田が言ったが、僕も同じ心境だ。
多分、他二人も同じだろう。
「とりあえず、いつも通り出来るように落ち着こう。浮き足立つとろくな事が無いから。最初のライブみたいに……」
僕は自分に言い聞かせるように言葉に出してみた。
「でも、逆にこのくらい大きいライブになっちゃった方が、緊張しないのかも?知り合いとか意識してられないから気が楽って言うか……」
宮田は大物っぽい台詞を言う。
「確かに……。知り合いの目を気にしないって事だけは気が楽かもね。そんな余裕も無いし……」
僕は宮田の意見に同意した。
逆に、それをフォローしてくれる人も居ないという事に恐怖を感じずにはいられないが……。
「まぁ、いつも通りってなら、あたし等らしく今回も楽しんで演ってこよう」
「「「うん!」」」
姉御が締めて、僕等は頷きステージに向かう。
◇ ◇ ◇
まだ薄暗いステージ上で僕達はセッティングを行う。
薄暗くても分かる人海。
ここまで現実離れした風景だと不思議と落ち着いてくるもんだ。
もう出来る限りの事をやろう。
『旅の恥は掻き捨て』みたいな感じだ。
セッティングを終え、僕等メンバーが姉御に合図をすると、MC無しで姉御はカウントを始める。
――さぁ、開演だ。もうやるしかない――
演奏が始まると照明が一斉に灯り、眼前の非現実的な光景を鮮明に映し出す。
何かもう、笑うしかない。
初めてスタジオで演奏した時に湧いてきた感情に近いかも知れない。
僕は意識せずににやけてしまった。
木田や姉御もいつもよりノビノビと演奏している気がする。
宮田に至っては普段はあまり動かずに歌っているのに、今日は踊るように歌っている。
僕もメンバーに感化されてか少し大げさに動いてみたりしているが……。
観られる事を楽しんでいるといえるかは分からない。
ひょっとしたら自分達だけが悪ノリしてて、客はドン引きって可能性も有り得た。
だが、そんな事すらどうでもいいと思えてしまう程の快感。
まるで自分が世界の中心でもあるかのような錯覚。
そう、この空間に酔っていた。
夢のような時間はあっという間に過ぎ、僕等の演奏は終わった。
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