第25話


 3月10日。


 僕等コムのメンバーは初めて訪れたリフターというライブハウスに驚愕した……という程ではなかった。

 確かにボウルに比べれば3~5倍くらいの大きさで、立派なものではある。

 いくら僕でもスタジアムや有名ホール並のものを想像していたという訳では無いが、もっと視覚的に圧倒されるものを想像していた。

 その為、少し拍子抜けしたのも確かだった。



  ◇  ◇  ◇



 僕等は受付の人に案内されて、控え室に入る。


 控え室はボウルに比べるとかなり立派だった。


 そもそもボウルの控え室は”室”と名乗る事に違和感を覚える程なので、比較するのは失礼かもしれない。

 僕等は先に控え室に居た人々に頭を下げる。



 「オープニングアクトで出演させていただくコムと言います。今日はよろしくお願いします」


 代表して姉御が挨拶した。

 すると、どうみてもこれからライブをする様子ではない、スーツ姿の男性が僕等の方に歩み寄ってくる。


 「今日は出演していただきありがとうございます。サミットのマネージャー越野こしのです」


 そう言うと越野さんは名詞を先頭に居た姉御に渡す。


 「年末のライブを観て声を掛けさせて頂きました。急な話で驚いたと思いますが、今日はよろしくお願いします」


 越野さんは礼儀正しく頭を下げた。


 「こちらこそ、こういった素晴らしい場所で演奏する機会をいただき、光栄です」


 姉御は大人な対応をしている。


 「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。今日は気楽に演奏してください」

 「はい。よろしくお願いします」


 姉御の言葉に続き、僕等は再び頭を下げる。



 「サミットのメンバーの人達はまだ到着してないんですか?」


 僕は頼まれたサインの事もあったので試しに聞いてみた。


 「ええ、彼等ももうすぐ来ると思います。到着したらお声掛けしますね」

 「お願いします」


 そう言って、また頭を下げた。



  ◇  ◇  ◇



 僕は一人で控え室から出て飲み物を買い、自販機の前で一休み。



 なんだかいきなり疲れた。

 堅苦しい人ではなかったけれども、マネージャーって何?プロみたいじゃん。

 まぁ、セミプロなんだろうけど……。


 僕もサミットというバンドの事はそれなりに調べたつもりだ。

 今のインディーズシーンの中では中堅くらいなのだが、それなりにライブの動員数も多く、この時代に珍しく注目されているバンドだ。


 どうして、そんな人達の前座に僕等が選ばれたのかが未だに謎。

 新手の詐欺か?

 いや、それならば金の無さそうな高校生など相手にしないか。

 まさか、親をゆするつもりかも?

 流石にノルマも何もなく、こんな場所で演奏させてくれるっていうんだから、それも考え難いか。

 

 少し前までは楽しみでしかなかった今日のライブが、色々と調べて、知れば知るほどに不安要素に変わっていた。

 今までのライブとは規模が違い過ぎる。

 大恥をかくんではないだろうか?

 そもそも今回の話自体、他のバンドと間違って声を掛けられたんではないだろうか?と、余計な事ばかり考えてしまう。



 「どぉも~、今日はよろしくお願いしま~す」


 軽い感じの挨拶が聞こえた。

 声の方へ振り向くと、派手目な格好の男性達が荷物を持って歩いてきた。


 キョトンとしている僕を見て、声を掛けてきた男性は――


 「あれ?スタッフの人じゃない?」


 たしかサミットのメンバーの人だ。

 ネットの写真で見たことがある。

 今、話し掛けてきてくれているのは確かヴォーカルの人で三谷みたにさんとか言ったかな?


 「あっっはい!!今日一緒にライブさせていただくコムのベースです。今日はよっ、よろしくお願いします」


 驚いたせいもあり、かなりガチガチに固まって頭を下げた。


 ヴォーカルの三谷さん以外はさほど気に留めるような様子も無く、僕に簡単な挨拶をして控え室に向かって行った。

 殆ど素通りと言えるだろう。

 何か感じ悪いな……なんて事を考える余裕も無かった。

 完全に頭の中は真っ白だ。


 そんなメンバー達に付いて行かず、この場に残り三谷さんは僕を見て笑っていた。


 「いやいや、そんなに緊張しなくてもいいよ。高校生バンドってのが君達なの?」

 「えっ?あっ、はい。そうだと思います……」

 「そうかぁ、やっぱり若いなぁ。見た目ですぐ分かる」

 「あっ……どうも有り難うございます」

 「でも凄いな、高校生で目を付けられるなんて」

 「目を付けられる?って、どういうことですか?」

 「ん?ウチのマネージャーが面白そうだからって……。で、今回呼んだって聞いてるんだけど?」

 「えっ?面白そうってどういうことですか?」

 「はぁ?……まぁ、商品になりそうって事だろうなぁ?」


 怪訝そうな表情で僕を見る三谷さん。


 「あっ、やっぱりそういう事ですか……。何で僕等なんかが?」

 「知らないって。むしろ俺のほうが知りたいよ。ただ、現役高校生バンドなんて、別段珍しくも無いから、他に何かウリがあるんだろ?」

 「ウリ?ですか……何なんですかね?よく分からないです。正直……」


 僕は真剣な顔で俯いた。

 それを見て、何か悟った様子の三谷さんは――


 「まぁ、自分達だとよく分からないよな。演奏が上手いとか、パフォーマンスが凄いとか、周りが観て決めることだし」

 「いえいえ、自分達はそんな大したものじゃないですよ。両方とも……。大体、僕なんて楽器始めて一年経ってないですし」

 「そうなの?マジですげーじゃん」

 「……はい。だからこそ余計に意味が分からないんです。この状況が……」


 何で僕は初めて会った人にこんな話をしているんだろう?

 三谷さんが池上と木田を足して二で割ったような雰囲気を持っていたから、少し身近に感じたのかもしれない。


 「まぁ、良いんじゃねえの?それでも他人が認めてくれたって事は何かあるんじゃん?自分で分かって無くてもさ。多分、考えても分かんねぇよ。他人の考えることなんて」


 頭を掻きながら恥ずかしそうに話す三谷さん。

 その仕草を見て、この人はおそらく良い人なんだろうなと思った。

 根拠は無いが……。


 「有り難うございます。結局、よく分からないままですけど、少し気は楽になりました」


 僕は深々と頭を下げる。

 すると三谷さんは――


 「いいよいいよ、大した事は言ってねぇし。どんなバンドなのかはライブで観せて貰うから……。あっ、俺もそろそろ行かないと」

 「はい、全力でやらせて頂きます」

 「あっ。そうだ、名前聞いてなかった」

 「コムって言います」

 「外人かよ?バンド名じゃなくて、君の名前」


 三谷さんは軽く笑っていたが、僕は少し恥ずかしかった。


 「えっと、保科です。保科 守って言います」

 「分かった。保科君ね、憶えておくよ。じゃ、また後で」


 そう言うと三谷さんは走って控え室の方へ向かった。


 三谷さんが去ってから、サインの事を思い出したのだが、また後で頼めばいいやと思った。

 思っていたよりフランクな人で頼みやすそうだし。


 しかし、三谷さんの言っていた僕等の『ウリ』と言うか、認められた部分と言うのは、多分、宮田と姉御なのだろう。

 それ以外は考えられない。

 その事を少しは理解していたのに言い出せなかったのは、僕のプライドなのだろうか?

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