第22話


 年越しライブがスタートする。

 バンド数が多い為、お客さんは結構多い。

 半年前ならば尻込みしてしまうような場面だが、今となっては逆に楽しくなってくる。


 更に今回は、どういうわけか僕達の出番より池上達の出番が早い為、池上達を観てからライブが出来るというのも僕のモチベーションを上げた要因だ。

 僕自身の勝手な解釈なのだが、僕等と同等もしくは上手いバンドを観ると負けない演奏をしようという、僅かな闘争心が湧いてきてステージ上で”いい状態”になれる。



 案の定、池上達のライブを観たおかげで気合が入った。


 あまり友好的じゃないけれど浜野くんはやはり僕より上手い。

 しかし、個人としてではなくバンドとしてなら、演奏技術で負けても勢いだけなら、と何かしらの要素で池上、浜野君、またその他のバンドを驚かせたいと、最近は思うようになっていた。



  ◇  ◇  ◇



 夏休みのライブ以降、僕等は出演前に円陣を組むのが習慣になっていた。

 コムのメンバーはステージ裏で円陣を組む。


 「今日はウチのバンドが一番平均年齢低いんだって」


 姉御が不意に言った。


 「なんで僕等が一番最初じゃなかったんだろ?」


 僕はどうでもいい疑問を口にする。


 「何で俺等は円陣組んでこんなどうでもいいこと話してんだ?」


 木田が珍しくまともな事を言った。

 しかし毎回こんな感じだから今更だけど……。


 「ふふ。それが私達らしいよね」


 宮田は笑う。


 「じゃ、いつものように楽しんでこようか」


 姉御の言葉に僕等は頷き、ステージに向かう。



  ◇  ◇  ◇



 ステージ上での準備を終えて客席を見回してみる。

 結構お客さんが入っているせいか、狭い客席が更に狭く見えてくる。

 悪くないな、こういうの――”観られるのを楽しむ”か。

 いまいち理解出来ずにいたが、最近は少しずつ分かってきた気もする。


 宮田が簡単なMCを終え、演奏を始める。



  ◇  ◇  ◇



 ライブを終えた僕は次のバンドを見に行くだけの体力が残っておらず、人気の無い場所を探して休んでいた。


 ライブハウスの出入り口。

 ベンチが置かれ、自動販売機も設置されているので静かに休むには最適だ。

 灰皿もある為タバコを吸う人ならば更に快適なのだと思うが、生憎僕は吸わない上に吸っちゃいけない年齢だ。


 多少の人通りがある為、完全に人目を避けるのは無理だが、歩いている人々はベンチに座る僕に目を留める事など無い。

 僕も通り過ぎる人々を見てなどいない。

 結果、一人で居るのと同じ。


 観られる事に疲れるのか魅せる事に疲れるのか、ライブ直後はいつも一人になりたくなる。

 誰も僕など観ていない可能性も高いのだが……。

 所詮、凡庸な僕はこうしてバランスを取っている。

 いや、逆にそれを意識し、余韻に浸る為にこうしているのかもしれない。



 僕が呆けてベンチに座っていると。


 「こんな所で休んでるんだ。いつもライブが終わると消えると思ったら」


 声の方向に首を向けるとそこには宮田がいた。


 「他のバンドも見なきゃ駄目だよ」

 「……うん。すぐ戻るよ」


 宮田は僕の隣に座る。


 「保科はホントにバンド始めても何も変わらないね」

 「……そう?そうでもないと思うけど」


 他人より上手くなりたいとか、人前に立って何かするとか、僕の中ではかなりの変化なんだけど……。


 「マイペース。クールとかそういう格好いいのじゃなくて、のらりくらりとしながら周りに合わせているようで、自分のペースで動いてる」

 「たぶん……。褒められてはいないよね?」

 「そうでもないよ、良い意味で言えば流されない性格?」

 「なんで疑問形?」

 「ううん、本当に、欠点でもあるし美点でもあるよ」

 「欠点が先に来るのか」

 「揚げ足取らないの!!」

 「はいはい、すいませんでした」


 宮田は膨れっ面をするが、一息ついて――


 「私はバンドをやって少し変わった気もする。今まで、目立つ事って言うか、人前に立つ事自体、少し抵抗あったけど……。それも悪くないかな?って、思うようにはなったし」

 「もともと目立ちたがり屋の素質があっただけじゃないの?」

 「……う~ん。実際そうなのかもしれないね?」

 「まぁ、宮田が良く思ってるなら、僕はそれでいいけどさ」

 「良く思ってる……か」


 少し陰のある表情に変わる宮田。

 その表情を見て少し不安になった僕は、宮田に尋ねる。


 「良く思ってないの?」

 「ううん。そうじゃなくって……。バンドは本当に楽しいし、自分にとってプラスになってるとも思ってるよ。ただ……」

 「ただ?」

 「……なんていうのかな?結局、周りに流されてるだけ……みたいな?で、それに乗っかって浮かれてるだけかもなぁ?って……。ごめん。上手く纏まらないや、忘れて」


 宮田は笑って誤魔化そうとする。


 「流されてるって?」


 この意見に関しては僕自身も思う所があった。

 だからこそ話題を変えなかった。

 宮田は戸惑いながら答え始める。


 「えっと……うん。なんていうか、私って自己主張?が、あんまり得意じゃないのかな?いつも周りの空気になんとなく併せちゃってる感じが自分であんまり好きじゃないの。バンドはそういうんじゃないって思ってるけど……でも、やっぱりそうなのかなぁ?っとか考えちゃったりして」

 「ふーん。色々難しいこと考えてるんだ。宮田でも」

 「言い方!」

 「そういうのはよく分かんないけどね。ただ、後ろから見てて、ライブしてるときの宮田がたまに凄いなぁって思う時もあるよ。楽しそうに見えるし。それが、僕等に併せてるだけって言われちゃうと少し悲しいかなぁ……」

 「あっ……ごめん」

 「あー、その、そういうつもりで言った訳じゃなくて……。僕も楽器やってみたいとは言ってみたものの、バンド組んで、ライブやってっていうところまでは想像してなかったから、たまに何でこんな事やってるのかなぁ?って、思う事はある」

 「へぇ~。で、どういう答えが出たの?」

 「やっぱ、楽しいんだよね。だからやってるだけ。それで良いのかなって。そう考えないと勿体無いし」

 「勿体無い?」

 「うん。だって僕がやってるのは結局のところ自己満足。だったら楽しまないと損かなって?」


 似た様な事を池上が言っていたな。


 「まぁ……」


 僕の言葉に腑に落ちないながらも納得している様子の宮田。

 確かに宮田の悩みには何も答えられていない気もする。

 だからこそ、これだけは確認しておこう。


 「じゃあ、これだけは素直な意見を聞かせてよ。バンドは楽しい?」

 「えっ?うん」


 宮田は僕の目を見て、真剣な表情で頷いた。


 「十分な自己主張じゃない?」


 僕も何が分かっている訳でもないのだが、とりあえず格好つけてみたかった。

 今の雰囲気的に。


 「ふーん……。保科のくせに良いこと言うね」

 「くせにって何?」

 「でも、そうだよね。ちょっと納得」

 「ちょっとですかぁ」



  ◇  ◇  ◇



 僕と宮田はライブ会場に戻った。

 その後に観たバンドはみんな僕等より上手かったし、格好良かった。

 当然、今の僕等では太刀打ちできないと思える程に。

 ただ、同時に追いつけない事も無いと思った。

 ……そう感じていた。

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