第21話


 大晦日。

 年越しライブ。


 この日は年をまたいでライブをするという名目のイベントなのだが、メンバー全員が高校生の僕等の出番は22時よりも前に設定されていた。


 今回のイベントには池上達も参加していて、初ライブ以来約半年振りの池上本命バンドとの共演となる。

 そういった楽しみな面もあるのだが、僕の憂鬱を生み出す三人が、一同に会するという事で不安も抱えていた。


 幸い木田がまだ何も動いていない様子だった。

 「何も起きませんように」と願うばかり……。



 リハーサルを終えて開演時間を待つ僕は、人の居ないライブ会場内の隅の方で床に座っていた。

 ステージを眺めながら、何を見るでもなく、何を考えるでもなく、呆けている。

 この時間が僕は結構好きだ。

 何故だか落ち着く。


 「あっ、保科ここに居たのか」


 池上が僕を見つけ近寄ってくる。


 「どうしたの?」

 「どうしたってことは無いんだけど、久々に一緒のライブだから緊張を解してやろうかと思ってな」


 池上は僕の横に座る。


 「それなりに場数は踏んだし、今はそんなに緊張しないよ。流石に最初の時とは違う」

 「成長したなぁ。でもまぁ、こんなにちゃんと続くとはな……。始めた頃には正直、少しも思ってなかった。すぐ辞めるか、一回ライブやるくらいだろうと、みくびってたよ。すまん」

 「それは酷いなぁ。って、事は無いよ。僕自身思ってたし」

 「実際そういう奴がほとんどだからなぁ……。続けられる奴なんて一割くらいだと思うぞ?ソースは無いけど」

 「確かにそうかもね。木田も僕が誘わなければそうなってたと思うし、それまでそうだったみたいだから……。僕はたまたま運が良かったのかな?バンドが出来て、ライブが出来てっていう流れが早かったからダレる時間が無かった」

 「それでもやれてるんだから大したもんだ。運も実力の内だしな」

 「そういうもんかねぇ?いまだに流されてるだけな感じもするけど……」

 「保科は、プロになりたいとかは考えないのか?」

 「プロ?流石にそこまで飛躍した考え方は今のところ全く無いよ。こういう時代だからバンドで大成するとかは無理そうだし……。何しろ、そこまでの実力がまだ無い事は自分が一番良く分かってるって」

 「そうか?実力よりも運の世界でもあると思うけどな。当然実力も必要だけど、それだけでどうこうなる世界でもないと考えてる……。一応プロを目指す側の立場から言わせて貰うとな」

 「あっ、池上はプロ目指してるのか、なんか余計な事言っちゃったかな?……でも、池上ならプロも不可能じゃない気がするけど」

 「そう言って貰えるのは嬉しいけど、確かに時代は悪いよなぁ……」



 その後僕等は、音楽の配信化、量産型アイドル、演奏者の必要性、業界全体のローコスト化等々、現在の音楽業界の事について稚拙な知識ながらも語り合った。

 よく考えると、寮でも何度か話し合っている議題ではあった……。

 少なくともライブ前にする会話では無い気はした。



 「はぁ、この先バンドって無くなっちまうのかな?」


 頭を抱える池上。


 「商業バンドが成り立つようになるかは、この先の音源の取り扱い方次第だと思うけどね」


 ちょっと難しそうな話をしているぞ!という雰囲気を出す為に、難しそうな言葉を使ってみた。


 「結局、俺達が考えたところでどうなる事でも無いんだよなぁ……」

 「まぁ……ね」


 まったくその通り、その一言を言われると先の会話は全て無意味なものに変わる。


 「でも、とりあえず、どうなるか分からないけど挑戦してみようっていうのが今の俺の考えだ」

 「うん、やってみてよ。友達が有名人になったら自慢できるし」

 「ははっ、意外に保科の方が有名人になってたりしてな」

 「それは、ほぼ無いと思うけどね」


 そんな会話をしていたのだが、僕は何を思ったのか、未だにどうしてそんな事をこの場面で訊いたのか上手く説明出来ない。

 けど、気になっていたから、話が弾んだ流れで訊いてしまったんだと思う。


 「全然関係無いけど、池上って彼女いるんだっけ?」

 「?本当に関係ないな。いるけど、どうして急に?」


 さらっと答えられたせいで、僕は逆に戸惑ってしまった。


 「いや、その、聞いた事が無かったなぁ?と思って……」

 「あれ?言ってなかったか?」

 「うん、今知った。ウチの学校の子?」

 「いや、違うよ。学校も違えば、年齢も俺より上」

 「へぇ、そうなんだ」


 とりあえず、現状で池上と宮田が付き合っているという線はなさそうだ。

 少しも嘘をついている風は無いし。

 元より薄いとは思っていたが、少し安堵した。

 何故”安堵”したのかは、今は深く考えるべきではない。

 ただ、そうなると、宮田はずっと片思いしているのか?という事を勝手に考えてしまったりもした。


 「それが、どうかしたのか?」

 「いや、別に。ただ聞いてみただけ」

 「……何だよそれ?あっ、そろそろ開演時間も迫ってきたし俺等も控え室に戻るか?」

 「んっあぁ、そうだね」


 池上に言われ、僕は控え室に戻って準備を始める事にした。

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