第23話


 年越しライブの後は、特筆すべきイベントが無いまま冬休みが空けた。

 まったく何も無かったという事は無いのだけれど、些細な事ばかりなのでまたまた割愛。



 いつも通りの学校の教室、今は休み時間。

 僕が自分の机で寝ていた体勢から顔だけ少し浮かすと、ふと宮田が視界に入った。


 宮田は数名の生徒と談笑していた。

 ごく当たり前の風景なのだが、多少の違和感を覚えた。

 ポジション的に宮田が話しの中心にいるような感じと、男子が加わっているという点に……。


 宮田は別に陰キャでは無かったが、自身が話の中心にいることは少なく、どちらかと言えば地味な印象だった。

 今のように男子と話している場面もあまり見かけなかった気がする。

 これが、本人も言っていた”バンドを始めてから変わった”彼女の一面なのだろう。

 良いこと……なんだよな?


 少しモヤモヤした感情を押し殺すかの様に、僕は再び眠りにつく。



  ◇  ◇  ◇



 スタジオ練習の後、僕等はいつものファミレスに集まっていた。


 「なんかボウルのスタッフさんから薦められたんだけど、インディーズ?で結構有名なバンド?の前座やってみないかって」


 姉御はジュースを飲みながら大した事じゃなさそうに言う。


 「え?有名なバンドの前座!?なんかそれって結構凄いことなんじゃない?」


 僕が姉御の代わりに驚く。


 「う~ん、良く分かんないんだよね。ボウルのスタッフさんは興奮してたけど……。インディーズで有名なバンドってどんな感じなの?」

 「ロックとかやりたがってたのに知らないの!?」

 「そういう音楽が好きなだけで、別に音楽業界に詳しい訳じゃ無いから」


 姉御はちょっとだけムッとした様子だ。

 僕も言い方が悪かったと少し反省した。


 「えーと……メジャーのバンドより知名度は低いけど、有名な人達なら相当な客数呼べると思うし……。まぁ、プロみたいなもん」


 僕自身よく分かってはいないのかもしれないが、分かる範囲で答えたつもりだ。

 間違っているかもしれない……。


 「えっ?そんな人達と一緒にライブやるの?」


 今度は宮田が驚く。


 「やるかどうかは私達次第なんだけどね……そんなに凄い事だと思ってなかったし……。どうする?」


 姉御は再び尋ねる。


 「……僕はやってみたい……かな。滅多にない機会だと思うから」


 僕は勇気を出して言ってみた。正直、怖さもあった。


 「私は皆がやるならやるけど……」


 宮田も恐る恐る答える。


 「じゃあ、俺もやる。自慢になりそうだし」


 木田は特に何も考えていない様子だ。

 そうして三人が同意した。


 「うん、じゃあ、やるって事で決定ね。問題は条件として”全曲オリジナル”でって言う事なんだけど……そうなると今の曲数から考えて、あと二曲くらいは欲しいよね」

 「えっ!?そのライブっていつなの?」


 僕は姉御に質問した。


 「あっ、3月10日。まだ、二ヶ月くらいあるよ」

 「二か月かぁ……」


 現段階でオリジナル曲は五曲。ぎりぎり間に合う……か?


 「私も一曲くらい作ってみたいな……」

 「あっ、俺も一曲くらい作ってみたい」


 宮田と木田がこの場面で面倒な事を言い始めた。

 これまでの作曲は基本的に僕(+池上)か、姉御が行っていた。

 時間の無いこの状況で、経験の無い二人が曲を作るのは難しいのでは……?


 「あたしはそれでもいいと思うよ。ミヤの方はあたしが手伝うし、木田の方は保科が手伝えばなんとかなるんじゃない?」


 結局はそうなるか、予想はしていたが。

 まぁ、自分が作った曲ってだけで思い入れは大きく変わるのでマイナスな事ばかりでは無いか……。


 話はそれで纏まった。

 実際、僕は自分で作る方が楽なんだけど。


 そんな会話をしている余裕がある僕等は、これから起きる事の大きさに全く気付いていなかったし、想像すら出来る筈もなかった。



  ◇  ◇  ◇



 僕は寮に戻り、池上に今日のバンドミーティングの話をした。


 「はぁ?インディーズバンドの前座!?マジでっ!?」


 池上は相当驚いた様子で、座っていた回転式の椅子から跳ぶように立ち上がった。


 「うん、なんていうバンドだか知らないんだけどね」

 「そこ重要じゃね!?ってか、どうして急にそんな話がきたんだよ!?」

 「詳しいことは知らないんだけど、ボウルの人から話が来たって姉御は言ってたよ」

 「ボウルでそんなライブやる予定なんてあったか?」

 「あっ、実際にライブやるのはボウルじゃなくてリフターっていうライブハウスなんだって」


 その言葉を聞いた池上は先ほどにも増して驚く。


 「マジかよっ!どういう場所だか分かってんのか?」

 「ん?全然知らないけど?」

 「……マジかよ……」


 そう言うと池上は黙って椅子に座リ直す。


 僕とは目を合わせずに「まぁ、頑張れよ」と、少し落胆したように言った。


 その様子が僕の想定していた反応と大きく違ったので、多少気に掛かったが「うん」と答え、頷いた。

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