第14話


 僕がやっておかねばならない事か……。


 誤解とも言えないのだが、それでも宮田が思っている程には木田がクズで無い事を説明しなくてはならない。

 バンド活動に支障をきたしたくない気持ちもあるが、それ以上に、一応親友とも言える友人を嫌ったままでいて欲しくなかったのだ。

 寮には池上が居るかもしれないので、戻らずに近場の公園から宮田に電話を掛けた。


 『もしもし』


 宮田が電話に出る。


 「もしもし、いま大丈夫?」

 『どうしたの?……って曲の事?ごめん、今日すっかり忘れちゃってた』

 「いや、まぁそれはそれでヘコむけど……ただ、そうじゃなくて、木田の事なんだけど……」


 僕は、木田本人から聞いた家庭環境や胸の内、更には良い所等を凝縮し、オブラートに包みながら、全力で説明した。

 なんだか自分の事を弁明してるかのように思えた程だ。


 「……という訳で、確かに悪いのはあいつなんだけど……それについては本人も反省してるし、何かこう、色々理由があってだから……なんとか許してあげることは出来ないかなぁ?」

 『……まぁ、そこまで聞くとちょっとは分からなくも無いけど……後は、そのけじめをしっかり付けられるかどうかだよね……。結局、私が何を言ってもどうなる事でもないし、口を出すような事でも無かったかな?と、思うと、ちょっと余計だったかなぁって反省してる』

 「そこはまぁ、突発的なものだから仕方ないよ。姉御がいたらもっと面倒な事になってたと思うし」

 『ふふ……それはそうかもね。でも、それをどうして保科が庇ってるのかがよく分からないけど』

 「いや、一応ね……付き合いの長い友達だし、宮田に嫌われたままってのも僕としては良い気分じゃない。本当に悪い奴ではないしね。で、たぶん本人は謝りづらい事だとは思ったからさぁ……。バンドもまだやっていきたいし」

 『保科って、思ったより気を遣うね』

 「そうかな?普通の人より気を遣えない方だと思うけど」

 『でも、今日の事とか、正直、保科にそこまで関係ないじゃん?なのに一番気にしてるし』

 「どうだろう?たまたまかな?」

 『他人に無関心みたいな感じだけど……なんだかんだいって、いい奴だよね』

 「う~ん。僕自身からはなんとも……」

 『じゃあさ、話がちょっと変わっちゃうけど、もし保科が木田君の立場だったらどうするの?』

 「?どういうこと?」

 『う~ん、そうだなぁ?特に好きでもない子に告白されたら付き合うの?』


 突然の質問に僕は考え込む。

 そもそも告白された事も、女の子と付き合った事も無い僕だ。

 全てが仮定だが、色々シュミレーションしてみた。


 「……たぶん、付き合わないかな」

 『え?どうして、どうして?』

 「どうしてと聞かれると、そうだな。極論で考えてみたんだけど、もし、告白された子が僕の嫌いな子だったりしたら当然付き合わないわけで……。誰でも付き合うって訳にはいかないだろ?」


 考えてみれば、自分が嫌うような人から告白されるような場面って殆ど無いだろうなぁ?とは、言いながら感じた。


 『ふふ……何それ。じゃぁ、よく知らないけど嫌いでは無くて可愛い子だったらどうなの?』

 「……悩むだろうね」

 『それも最低』

 「いや、そういうモンだろ?大体、僕の仮定の話してもしょうがないじゃん」

 『それもそうだね。……まぁ、今回は保科に免じて木田君の彼女に対してのケジメの付け方次第では許してあげようか』

 「いや、そんなに上から目線で言うなよ。宮田には関係ない話だろ?」

 『あっ、そうだ。曲はちゃんと聴いとくね。歌詞の事とかまだ決めてないけど』

 「まぁ、それは、また次のスタジオの時で」


 互いにそれじゃ――と言って電話を切る。

 液晶に表示された時間を確認すると、もう随分と遅い時間になっていたので急いで寮に帰った。



  ◇  ◇  ◇



 数日後、いつもの様に僕は教室の自分の机で寝ていた。

 肩を叩かれ、目を覚ますと目の前に宮田がいた。


 「昨日、木田君から長文が来て、ちゃんと話し合った上で彼女と別れたって。私に謝るようなことも、いっぱい書いてあったんだけど、よく考えると私は全然関係ないのに謝られても……って思って。……保科の事もあるし、やっぱり余計な気を遣わせちゃったのかなぁ……と、反省しました」


 宮田は僕に頭を下げる。


 「そうなんだぁ」


 僕は気の無い感じで返事をする。

 そもそも、寝起きの人間が一度にそんなに色々言われても理解が追い付かない。


 「……で、とりあえずこの間の事は水に流したいなって思って、保科にも言っておこうかな……っと」

 「ふーん。そりゃあ良かった」


 よく理解してはいないが、なんとなく頷いておいた。


 「で、この間の曲のことだけど……」


 僕はそこで急に目が覚めた。


 「あの酷い鼻歌のメロディーはともかくとして、それ以外は良かったと思うよ」

 「鼻歌の事は言わないで。軽くトラウマだから……」

 「ふふ、そうなんだ。っで、歌詞なんだけど、私が書いてみようかなって思って」

 「本当?お願い。それマジで」

 「ちょっと、やってみたくなったから」


 そう言って宮田は去っていった。

 なんだかよく分からないが色々解決したようで何よりだ。



  ◇  ◇  ◇



 次のスタジオ練習の日、僕は他のメンバーよりも先に到着し、休憩所でベースのチューニングをしていた。


 「オッス、ホッシー」


 木田が元気に挨拶してくる。


 「おー」


 僕も適当に挨拶する。


 「この間は色々迷惑掛けてすまん、無事に事は済んだから」


 顔を合わせていきなり木田は頭を下げてきた。


 「いいよ別に、僕は何にもしてないし」

 「そうは言っても、心配掛けてすまん」

 「片付いたならもういいって」


 木田は頭を上げて僕を見る。


 「でも一応ケジメだから」

 「あっ、二人とも早いね」


 そうこうしている内に宮田が到着する。


 「あれ?姉御と一緒じゃないの?」


 僕が尋ねると――


 「真衣ちゃんは学校の用事で少し遅れるって」


 それを聞いた木田は、ここぞとばかりに宮田に向かって、僕の時より深々と頭を下げる。


 「この間は本当にごめん」

 「もういいって、私も言い過ぎたと思ってるし……」

 「本当にごめん」


 埒が明かないと思い、僕は話に割って入る。


 「そういえば、木田は曲覚えてきた?」


 すると、木田は頭を上げて僕の方を向く。


 「ああ、一応。渡されたコード表から追ってみたんだけど、細かいところが分からなくて、ある程度自分でアレンジしてみた」

 「それで良いと思うよ。細かい部分は池上の手癖だって言ってたし」

 「あっちの方が格好いいとは思うけど、俺には出来ないし。池上君やっぱり凄げぇや」

 「仕方ないよ、本気度が違うもん」

 「それはそれで悔しいなぁ」


 「ごめん、遅れた」


 姉御は申し訳なさそうな表情で僕等の方に向かってくる。


 「いろんな意味でちょうど良かったかも。じゃあスタジオ入ろうか」


 僕がそう言うと、姉御は不思議そうな顔をしていたが、皆スタジオの中に入る。

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