第13話
学校が終わった後、池上に紹介してもらって始めたスタジオ受付のアルバイトをしている僕は、ベースを弾きながら曲の構想を練っていた。
「おっ!仕事してるな」
池上がバンドメンバーと共に現れた。
一応仕事をしなくては。
「あっ、今日スタジオの日だっけ?」
僕は予定表を確認する。
「七時からだね。もう入れるよ。前いないし」
そう言って池上にマイク等備品を渡し、代わりに会員カードを受け取る。
「今日は眠くてだめだぁ。保科はよく平気だな」
「学校でよく寝たから」
「それはどうなんだ?」
そんな会話をしていると、少し遅れて浜野君が現れた。
「どーも」
僕が挨拶すると、浜野君は無言で会員カードを渡してスタジオの方へ向かっていった。
流石に僕も色々感じ取り、小声で池上に訊いてみる。
「僕、浜野君に嫌われてるのかな?」
「う~ん。そういうわけじゃないんじゃね?だって、接点ほとんど無いんだろ?」
「まぁ……ね」
「あぁ、そうそう。いいフレーズ思いついたから帰ったら教えるよ。今日は流石に寝るけどな」
「うん、助かる。僕も面白そうな小ネタ思い付いたから試したい」
「おう、じゃぁまた寮で」
「うん」
池上達はスタジオへ向かった。
◇ ◇ ◇
今日はコムの練習日。
スタジオ練習の後、いつものファミレスへ。
姉御は用事があるという事で、三人で集まっていた。
「――で、これが作ってきた曲。一応簡単なコード表(音階を表す記号のようなもの)も入れといた」
木田と宮田にSDカードを渡す。姉御には先に渡しておいた。
「へぇ、早いな。ほんとに作ってくるとは思わなかった。すごいなホッシー」
「すごいね。本当に出来たんだ」
「出来上がったって程じゃないよ、殆どは池上のお陰だし……。あと、メロディーラインだけは勘弁して下さい、鼻歌だけど女性ヴォーカルの高さは出ないから。イメー……」
『ピロリロリン・ピロリロリン』
木田のスマホが鳴る。
木田はスマホの画面を少し見て――。
「気にしなくて良いよ。無視して無視して」
とは言うものの電話が鳴り続けている以上、気になってしまう。
随分と鳴り続けているので、流石に――
「出たほうが良いんじゃない?そうしないと僕達も集中出来ないし……」
「そうか?じゃあ、ちょっと待ってて」
木田はそう言うと、スマホを持って席を外す。
僕と宮田は木田の後姿を眼で追った。
暫くすると、木田は帰ってくる。
「で、何の話だっけ?」
「えっと……」
『ピロリロリン・ピロリロリン』
そこで再び木田のスマホが鳴る。
「無視無視」
木田はそう言うがやはり気になる。
二度目なら余計だ。
木田は鳴り続けるスマホの画面を見て、少し難しい表情をして電源を切った。
「っで、何の話だっけ?」
何事も無かったように話を続ける木田に――
「電話出なくて良かったの?何か重要っぽい感じだったけど……」
僕は尋ねた。
「大丈夫大丈夫。彼女と別れただけだから」
さらっと言いやがった。
ってか、彼女いたのか?触れた方が良いのか?触れない方が良いのか?いや、やはり触れない方が正解だろうこの場合……と、考え話題をバンドの話に戻そうとしたところ――
「今の感じだと、振ったのは木田君?」
宮田はそっちの話に食いついていた。
女子高生という性質を考えれば当然といえば当然なのだが……。
「うん、まぁ……そうだね」
「何で?」
僕の初製作曲の話題は完全に消えてしまった。
もちろん木田の話も気にはなるが、結構ヘコむ。
そんな僕の気持ちは気付かれぬまま話は進む。
「……俺の性格に合わないというか、疲れるというか……なんとなく告られて付き合っただけっていうのもあるから仕方ないとは思うんだけど……まぁ、まだ二ヶ月くらいしか付き合ってないから、別れるなら今かなぁって……」
煮え切らない感じで木田が答えると、宮田は怒りを内包したしゃべり方で――
「……何それ?とりあえず付き合ってみて、ちょっと想像と違ったら一方的に振るっていうの?勝手過ぎない?電話も出ないで」
「いや、一応その前にメッセで伝えた訳で……」
「それで片付いてないから電話がかかって来てたんでしょ?それって酷くない!?こんな所でバンドの話してる場合じゃないんじゃないの?」
僕としてはバンドの話は大事だし、努力して作った曲の話なので……と、この場面では言えない。
怒っている宮田が怖くて大人しくしていた。
「木田君って、なんだかんだ言ってても、もう少しちゃんとした人だと思ってたけど、減滅した」
「いや、ちょっと待ってよ。いきなりそんなこと言われても、こっちにはこっちの事情があるわけで……」
木田はたじろぎながらも反論しているのだが、そんな言葉も宮田には届いていない様子だ。
「なんか。今日はもう先に帰るね」
自分の代金を少し多めにテーブルの上に置き、宮田はファミレスを出た。
残された僕と木田は顔を見合わせ、苦笑いした。
隣同士に座っていた僕と木田は、二人だけになったので合い向かいに座り直して、暫く沈黙。
木田は飲み物を一口飲み――
「……やっぱりさあ、俺って酷いんだよなぁ」
沈黙を破り、木田がポツリと言う。
「詳しく知らないから僕にはどうとも言えないよ」
「いや、やっぱり悪いのは俺だよ……」
また暫くの沈黙。
「ホッシーは知ってるとおもうけどさぁ……ウチってほら、母子家庭じゃん?」
「あぁ、それは知ってる」
「バリバリ働く母親で生活に苦労する事は無かったけどな。それでも子供心に親に迷惑掛けまいと勉強とか頑張ったりしちゃってたんだけどさ……。まぁ、今も頑張ってるんだけど。それだけだと、どうも無理してる感が消せないと思って……明るく社交的なキャラクターをイメージして今みたいなキャラに落ち着いちゃったんだよね?これがどういう訳か気に入られたりすることがあって、告られたりもたまにするんだけど……。そうすると、なかなか断れなくて付き合ってみるんだけど……。これがなかなか大変でさ……。親の前で見せてる顔と、友人に接する顔、その二つは似てるから、そこまでのストレスにはならないけど、ここに彼氏としての顔を作り上げるともう完全にキャパオーバー。休まる場所が無くなって結局ギブアップって感じ?……どう考えても、俺の自分勝手……ミヤちゃんが怒るのも仕方ないよ」
「何で急にそんな話を?」
暫く黙って聞いていた僕は質問した。
「……懺悔、みたいなモンかな?誰かに聞いて貰って楽になりたい時もあるんだ。その点、昔の俺を知ってるホッシーとかだと話しやすい。……まぁ、本当に謝らなくちゃいけない相手も分かっちゃいるんだけどな……」
「それならそれをするしかないよね?分かってるならさ」
「そうだよな。面倒だけど」
「そういうこと言うと、また宮田がキレそうだけどね」
「そりゃ、勘弁だね。人に怒られないように生きてきたつもりなんだけど、ここのところ女の子怒らせてばっかりだから、もうお腹いっぱい」
「確かに最低だね」
「ははっ、最低だな…………反省してます」
その後、僕等は他愛の無い雑談をして店を出た。
木田は別れ際に「曲、聴いとくよ」と、言っていた。
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