第11話


 まだ薄暗いステージ。


 微かな明かりを頼りに、僕等は自分の持ち場に移動してセッティングを始める。

 客席の人数は10~20人くらいだろうか?


 以前、僕が客としてきた時と同じくらいの人数だと思うが、ステージ前が空いているのですこし少なく感じる。

 その、未知の風景を眺めながら僕は大きく深呼吸。


 準備を終えて姉御に合図。

 姉御は軽く頷いた後、ドラムスティックでカウントを始めた。

 演奏が始まる――。


 照明が一斉に点き、目の前の客席を照らす。

 その光景が目に入った瞬間――

 僕の頭の中は真っ白になった。


 緊張はしながらも落ち着いていたつもりだったが、急に訳が分からなくなった。

 自分は何をやっているのか?何故ここにいるのか……?


 一曲目の演奏後に、メンバー紹介や簡単な雑談をするMCという工程を宮田が入れてくれたおかげで、ライブをしている事は思い出せた。

 だが、やはり動揺は収まらない。

 逃げ出したいという衝動すらあった。



  ◇  ◇  ◇



 演奏が終わり、僕は一人で控え室の椅子に座っていた。


 他のメンバーは、会場で次のライブを見ているのだと思う。

 僕もそうしなければ、と思うのだが、少し休みたい。

 今は何も考えず呆けていたかった。

 だが考えてしまう。

 僕達が、いや僕がどういう醜態を晒していたのかを……。


 少し落ち込んだ感じで項垂れていると、いきなり後頭部に衝撃を感じて、頭を押さえ振り返る――。


 「なに、暗い感じになってるの?」


 宮田が僕の後頭部を中身の入ったペットボトルで叩いたようだ。

 よく考えると酷い事をする。

 結構痛かったし。


 「そこまで酷くは無かったと思う……よ?初めてにしては」


 宮田は僕を慰めるような口調で言う。

 それがまた絶妙に切ない……。


 「……よく憶えて無いんだよね。どんな演奏してたか。……楽しむ余裕も無かったし」

 「そんなもんでしょ?初めてだし。私も中学の頃やった時はそうだったよ。でも、今回は楽しかった。多分、慣れなんだと思うよ」

 「宮田だって二回目でしょ?」

 「それでもっ!!やっぱり違うの!」

 「ふーん……慣れねぇ。次にやったらもっと楽しいのかな?」

 「多分……ね。けど、今日は今日でいい思い出として考えてた方が良いと思うよ。そうじゃないと勿体無くない?今日のライブも、それまでの練習も……」


 そう言われてふと、ライブが始まる前に皆で話した会話を思い出した。

 

 「……そうだよなぁ……勿体無いかぁ。……今日のライブの映像とか、何年か後に観たりしたら笑えるのかなぁ?」


 その言葉を聞いた宮田は、嬉しそうに――


 「うん、多分。十年経っても二十年経っても笑えると思うよ。メンバー皆で観ればきっと何倍も……」


 そういう姿がなんとなく想像出来て、少し笑えた。


 「はは、そうだよね……。よし、そうしよう。そう思えば全然無駄なライブじゃなかった」

 「そう、リベンジならこの先いくらでも出来るし」

 「よし、じゃぁその為にも他のバンド観にいって勉強しないと」

 「うん。行こう」


 僕は椅子から立ち上がる。

 正直、そんなに切り替えられていた訳ではなかったのだが、勇気付けられ、強がらなくては格好悪いと思い、宮田を連れて再びライブ会場へ戻った。



  ◇  ◇  ◇



 さっきまで立っていたステージを客席から眺めていると、段々と悔しさが込み上げてきた――当然皆、僕達に比べて演奏が上手いのは分かっている。

 だが、それ以上に楽しそうに演奏しているのが悔しかった。

 もっと上手くなりたいし、もっと楽しく演奏してみたい。

 ……そう思ったのだ。



  ◇  ◇  ◇



 ライブが全て終わり、今日のライブの出演者と一部のお客さんで簡単な打ち上げをすることになった。

 と、言っても、僕等高校生組も居るので気を遣ってもらいラーメンを食べに行っただけだが……。

 どういうわけか話の中心にいるのが宮田と姉御になっていたので、僕は少し距離を置いた場所に位置取り、池上と話をしていた。


 「最初は皆そんな感りらって」


 池上はラーメンを啜りながら言う。


 「……まぁ、いきなり完璧ってのは無いと思ったけど、ここまでとは思ってなかった。楽しい楽しくない以前に自分が何をしてたかよく憶えてないし」

 「そういうのは回数重ねて慣れていくしかないからなぁ」

 「回数重ねるかぁ……。次はいつ出来るのかなぁ?ライブ」

 「いや、ライブなんてとりあえず決めちまえばいいんだって。極端な話、明日やったっていいんだぜ?参加できるイベント見つけてとりあえず参加しちゃえばいいんだよ、せっかく今やる気になってんのに、ここでやんなきゃ勿体ないって」

 「そうは言っても、今回は池上に全部お膳立てしてもらってやってる訳だし、何しろメンバー皆がどう思ってるか分からないしね」

 「他のメンバーはもうライブとかやる気無いのか?」

 「そんな事は無いと思うけど……」

 「バンドとしてやる気があるなら俺も出来るだけ協力するよ」

 「ありがとう……。ただ、もう一つ現実的な問題がある」

 「現実的な問題?」

 「……うん、金銭的な問題」


 僕は苦笑いする。


 「あぁ、それなら良いバイト紹介するよ」

 「良いバイト?」

 「そう、俺と同じスタジオの受付。時給は安いけど楽器を練習してても全然問題ないし、スタジオをとる時間も融通きくしな」

 「それは良いかも。やろうかな」

 「あぁ、ちょうど一人辞めて、人入れなきゃならなかったから。なかなか空かないんだぜ?」

 「本当?それならお願いするよ、っと、そう言えば全然関係ないけど浜野君は来てないね?」


 今更ながら僕は気が付いた。


 「あぁ、あいつはそういう奴だから。打ち上げとかは本当にたまにしか顔出さない」

 「へぇ」


 同じベーシストとして、実力に差はあるとはいえ少し話をしてみたかったのだけれど、どうもそういうタイプの人ではなさそうだという事だけは伝わってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る