第10話
人生初ライブの日を迎えた。
間には幾つか、学生生活を送っていれば当然あるであろうイベントもあるにはあったのだが、そこは割愛させていただくとする。
まぁ、特筆すべき事は何も無かったとも言える。
唯一挙げるとすれば、姉御……もとい岡村さんが、吹奏楽部を辞めた事ぐらいか。
本人曰く、元々そんなに吹奏楽をやりたかった訳ではなく「ドラムが叩きたかっただけで入部していたようなもん」と、言っていた。
そんな簡単に辞めちゃっていいのか?というのは、僕には良く分からないので考えないようにした。
バンド的にはプラスだし。
ついでに、僕も”姉御”というあだ名呼びが定着していた。
そんなこんなで、それなりに練習をしたつもりでいる僕等は開演時間よりも何時間も早くライブハウスに到着していた。
別に気合が空回りしている訳では無く、予定されていた時間より少し早い程度。
リハーサルとか色々あるらしい。
意外とちゃんとしているんだなぁ、と感心していた。
◇ ◇ ◇
僕等はライブハウスの中に入り、受付の人に話をした。
控え室を案内されて、そこに向かう。
宮田が中学の時にライブをしたのも、このライブハウスだったという。
ある程度の段取りを理解していたので教えて貰った。
よく考えると、バンドをやりたがっていた姉御がライブ初体験で、あまりそういう傾向を見せなかった宮田が経験者というのも不思議なものだ。
などと考えながら、控え室の前に辿り着く。
控え室に入ると、まぁ、想像通りの狭さだった。
ついでに綺麗とは言い難い。
想定内だ……。
結構早く来たつもりだったのだが、既に池上のバンドメンバーと、それとは別に今日一緒に出演するもう一つのバンドのメンバーがある程度揃っていた。
しかし池上の姿は見当たらない。
「今日一緒にライブをやらせてもらうコムっていうバンドです。よろしくお願いします」
姉御の挨拶と共に、緊張しながら僕等は頭を下げる。
「「「よろしくお願いします」」」
と、怖そうな風体とは裏腹に、皆にこやかに挨拶を返してくれた。
「君達が池上の友達の?」
「あ、はいそうです。」
僕は戸惑いながらも、話し掛けてきてくれた男性に答えた。
「今日が初ライブなんだって?がんばってね」
「はい、がんばります」
すると、他の男性が――
「おぉっ。女の子が二人もいるじゃん!?女子高生?」
「やめろ、やめろ。みっともねぇ」
という会話から、あっという間に宮田と姉御は出演者の数名に囲まれる。
その会話に混ざるというより、食い下がるように木田もその中に入り込む。
僕は一人浮いてしまった感じになったので、自販機に飲み物でも買いに行こうと控え室を出ようとしたところ――
「おっ保科。もう着いてたか」
池上が控え室に入ってくる。
「うん、今来たとこだけどね」
「今の様子を見ると無事に受け入れられたみたいだな」
囲まれている宮田と姉御、木田を見て笑みを浮かべる池上。
「皆良い人みたいで安心したよ」
「あぁ、そうだ。ウチのメンバーで同級生がいるって言ったじゃん?」
「ん?そう言えば、僕は会った事無いけど調理科の人だっけ?」
余談ではあるが、うちの学校は結構いろんな学科があるのが有名で、その中の一つに調理科というものがある。
因みに僕や池上は普通科だ。
「そうそう、そこの奥で座ってベース弾いてる奴。
池上は指差す。
「あぁ、あの人」
「ちょっと難しい奴だから特に紹介はしない。悪い奴ではないんだけどさ……」
「へぇ……彼は何年ぐらいベースやってるの?」
「俺と同じ時期に始めた筈だから3、4年くらいだよ」
先のライブでは、あまり演奏を見る余裕が無かったので、今日はじっくり見て勉強しようと思った。
本当に、本当に密かな対抗心を胸に……。
◇ ◇ ◇
リハーサルが始まった。
逆リハと言うものらしく、出演と逆の順番でリハーサルを行うらしい。
従って、本番で一番最初に出番が来る僕等は最後。
池上は「他のバンド見ながら手順を憶えてくれ」と言っていたので僕等は他のバンドを見て流れを憶えていた。
特に難しい事は無かったので、自分達の順番が回って来た時には緊張しながらも無難にこなせた気がする。
ただ一つだけ印象深かったのは、生まれて初めて大して高くも無いステージ上から、誰も居ない客席を見下ろした瞬間に感じた表現し難い感覚……。
リハーサルを終えた僕等は他愛の無い雑談をしながら過ごした。
。
開演時間が迫り、徐々に招待した客が姿を見せ始める。
以前、池上がしていたように僕達も自分が呼んだ客の前に姿を見せ、談笑していた。
演奏する側のはからいとでも言っておこう。
なんだかんだで木田も緊張している様子でトイレに行く回数が多い。
もっとも、そこで顔を合わす機会が多い僕も同じという事なのだけれど……。
そんなこんなで開演時間が迫る。
◇ ◇ ◇
僕等、コムのメンバーはステージ裏に集まる。
「とりあえず、やれるだけはやってきたし、失敗してもどうって事も無いから気楽に楽しんでこよう」
姉御は皆の緊張を察してリラックスさせるようなことを言うが、おそらく自分も緊張しているのだろう。
自分に言い聞かせているようにも聞こえる。
「そうだね。そこまで真剣に僕等を見に来てる人も居ないだろうし」
僕も同調してみる。
「やっぱりこういうのいいね。それだけでもやってよかったかも」
宮田がそう言ったので、僕はツッコミを入れさせて貰った。
「……一番、乗り気じゃ無かったのに」
「分かってるよ!保科は細かいなぁ」
宮田は少し怒る。
「はいはい、どうもすみません」
僕は適当に謝る。
精一杯リラックスしているフリをしているのだ。
「そろそろ行ってみるかぁ?準備できたみたいだし」
木田が言う。
「じゃぁ、行こうか」
姉御が僕らを先導しステージに向かう。
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