第6話
僕と池上、岡村さんは時間を合わせてリハーサルスタジオというものに入ることになった。
リハーサルスタジオというのは、バンドとかの練習をしたりする場所らしく、スタジオと略されるらしい。
で、今日がその当日。
僕は池上と一緒にスタジオに到着し、初めて来た僕は受付で会員証を作成するための書類に必要事項を記入していた。
池上はトイレに行っている。
「あっ、もう着いてたんだ」
声を掛けられ振り返ると宮田が居て、その後ろに岡村さんがいた。
「あれ?宮田も来たの?」
「うん、暇だったし、保科がどんなひどい演奏してるか見てみたかったから」
宮田は意地悪そうな笑みを浮かべ僕をからかっているようだったが、僕は敢えて気に留めなかった。
「へぇ、そう……。あっ、岡村さん、今日は本当にありがとう」
「別に、あたしもバンドでドラムとかやってみたかっただけだから」
そういうと、岡村さんも僕と同じように、会員証の書類を書き始める。
「いやぁ、岡村がバンドに興味あるとか思わなかったな」
予想外の方向から声が聴こえたので、僕等が声の方向に振り向くとトイレから戻ってきた池上が居た。
「まぁ、ここで立ち話しててもしょうがないから、早くスタジオ入ろうぜ。もう時間だし」
そう言って池上は僕等をスタジオ内へ誘導する。
書類を書き終えた僕と岡村さん、宮田は池上の後を追いスタジオの中に入る。
◇ ◇ ◇
初めてスタジオの中に入った僕の第一印象は……狭い。
想像していたよりもずっと狭い。
こんな所で楽器とか持ったら、演奏者同士がぶつかってしまうんじゃないだろうかと考えてしまうほど狭い。
池上は自分のギターケースを部屋の隅のほうに立て掛け、岡村さんはドラムセットの前に座り、何やら調節している様子だ。
僕もなんとなく、池上を真似て背負っていたベースのケースを下ろし部屋の隅に立て掛けてみる。
「じゃあ、今回は俺がセッティングしてやるから憶えてくれ」
池上は僕にそう言って、ベースとシールドをケースから出し、僕に音の出し方を説明しながらアンプの操作をする。
「どう?憶えたか?」
「うん。まぁ、大体。なんとなく……」
「大体で大丈夫。そんな細かくやるほど上手くねぇもんな」
「まぁ……そうなんだけどさ」
「じゃぁ、俺も自分のセッティングやっちゃうよ」
池上はベースを僕に返して、自分のギターをケースから出し、セッティングを始める。
渡されたベースを持って、試しに弾いてみた。
すると――
自分の背後から音というよりは、地響きのような現象が起きる。
「ぅおわっ」と、僕は思わず声を出して驚く。
池上、岡村さん、宮田は僕を見て笑う。
少し恥ずかしくなって、すぐに平静を装った。
「俺も準備出来たぞ」
池上はそう言って、ギターの音を出す。
やはり思わず耳を塞いでしまいそうな音量だ。
「あたしも準備できたよ」
「じゃあ、一曲目のほうからやってみる?」
珍しく先導するような事を言ってしまった。
あまり意識はしておらず、ここに来て他の言葉が思い付かなかっただけだが。
結構緊張しているせいもあったと思うが……。
池上、岡村さん共に頷く。
「じゃあ、いくよ」
岡村さんがスティックを叩いて、カウントを始める。
僕と池上はそれに合わせて演奏を始める――
なんというか、やってみたら上手く説明が出来ないくらい楽しい――
そう、それ以外の表現が思いつかないくらい楽しい。
当然、傍から見たら他愛もない演奏なのかもしれないが、そんなことは一切関係なく、今までに体験したことのない高揚感、全く、本当に意識していないのに、笑みが出てしまうような、というか出てしまう楽しさだ。
一曲を演奏し終えた僕の口から出た言葉は――
「じゃあ、次の曲――」その一言だった。
◇ ◇ ◇
スタジオを借りていた時間が終わり、僕らは休憩所で休んでいた。
たった一時間、そう、たった一時間スタジオに入っただけなのだけれども、僕としては、今まで生きてきた十六年間の価値観を変えられたという表現が大袈裟では無いほどの衝撃を受けた。
「どうだった?初スタジオは?」
池上は自販機で買ったお茶を僕に渡す。
「……楽しかった。思っていたよりもずっと」
渡されたお茶を空けて一口飲む。
池上は軽く笑う。
「じゃぁ、保科もバンド作ればいいんじゃね?」
「……バンドを、作る?」
「そう」
池上は当たり前のことのように言った。
「それならあたしがドラム叩くよ。実際、吹奏楽よりもロックとかやりたくてドラム叩いてるんだし」
岡村さんは賛同してくれた。
「でも、メンバー他にいないしなぁ。どうせ作るなら、池上に手伝ってもらうような形じゃなくて、きちんと自分のバンドとしてメンバー揃えたいし……。そうすると、ギターとヴォーカル探さなくちゃだから」
あまりに突然だったので、考えは纏まっていないのに、その場の空気からそう言ってみると、予想外の人物から予想外の答えが返ってきた。
「……私がヴォーカルやろっか?」
宮田は小声で言った。
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