第56話 エピローグ
さて、ここで別れを切り出そう。
頭では理解しているが、言葉にすることが躊躇われる。
(お別れ、か……)
ここでみんなとさよならをしよう。
俺と玲奈は、恐らくもう二度と仲間たちと会えないだろう。
ビアンカにはハッキリと言ったけれど、ハンスやクラウス。
ヨハネスにカミラ。
そしてラフィーナ。
コイツらの顔を見ると決心が鈍ってしまうのだ。
俺がどうやって話を切り出そうかと思案していると、
「ユウトよ。分かっているぜ」
ハンスは優しくそう言うと、ポンと俺の肩を叩いてみせた。
コイツにこんな気遣いが出来る一面があるなんて……。正直見くびっていた。
「そうか。実はだな……」
「分かっている。皆まで言うな」
爽やかな笑顔でサムズアップして見せた。
「ああ」
俺が感動して少し泣きそうになると、
「そりゃそうだよな。
レイナちゃんを正室にするか、ラフィーナを正室にするのか。
これは大きな問題だよな」
「そうだ、な。……正室?」
「え? 二人を嫁さんにするんじゃないのか?
それでどっちを正室にするか悩んでいるんじゃないのかよ」
「え、な。嫁さん、二人とも?」
頭を金属バットでフルスイングされたかのような衝撃。
「も、もしかして重婚出来るのか?」
「フッ。出来るんだよ。それが貴族に与えられた数少ない特権の一つなのさ。
正直、この為にオレたちは頑張っているのさ」
と、ハンスは今まで見たことも無いような良い笑顔を見せるのだった。
「な、何だと? そんな特権があったのかよ」
ここに来てハーレム展開キター!!
俺は思わずガッツポーズを取ってしまう。
と、氷より冷たい玲奈の視線。
「へえ、優兄残るんだ。ふうん」
「え、ユウト様。それは、その……」
玲奈とは対照的に、モジモジするラフィーナ。
「い、いやいやいや」
俺は首を何度も横に振る。あまりの速さに残像が残るほどに。
そうなのだ、玲奈は妹分だし、ラフィーナは命の恩人だ。
俺に下心なんて決して、無い。そう、無いのだ!
「優兄、まさかこちらの世界に居残るなんて、言わない、よね?」
玲奈は笑顔のまま怒る、その特技は止めてくれ。
そして、真剣な顔になり、
「ホント。死んじゃうんだよ? 分かってるの?」
「う、ま、まあな」
そうなのだ、俺の本当の身体は元の世界に置いてある。
植物人間状態なのだ。
しかも転送陣の繋がりが途切れれば、魂との繋がりが途切れてもおかしくないのだ。
つまり、この世界に居残るのならば、正真正銘の幽霊勇者になってしまうのだ。
しかも悪霊化するかも知れない次元制限付きで……。
現実を思い知り、浮かれたことに反省する。
やはり今晩が、元の世界に還れるラストチャンスだよな。
やはりサヨナラか……。
俺と玲奈のことを心配する仲間の声が、頭の中をすっ飛んで言った。
俺自身も、意外なほど衝撃を受けていることに驚いているのだ。
心の中では、きっと、もっとみんなと一緒に居られると思っていたんだろう。
一発逆転の秘策なんて、そんな簡単に見つからないのにな……。
★
一度だけしか来たことない大広間。
だが、忘れたくても忘れられない場所。
玲奈が呼び出され、俺が幽霊となった場所なのだから。
大規模な召喚陣。神殿の転送陣よりも規模が大きい。
あの時よりも強い魔力を感じる。
やはり月の魔力と連動しているのだろう。
「やっぱり還るのか?」
としんみりした顔のハンス。
「ああ」
俺は努めて明るく頷いた。
「勝ち逃げしやがって」
と悔しそうな、寂しそうな複雑な表情を浮かべるクラウス。
「はは。そうだな」
「ユウトさん。僕は、決して忘れませんよ」
涙ぐむヨハネス。
「俺もだよ」
「ユウト君。……サヨナラだね」
ボソリと呟くカミラ。少し涙声だ。
「そうだな。さようなら、カミラ」
「ユウト。有り難う」
生真面目に頭を下げるテオドール。
「何だよ王子サマ。平民に頭なんか下げるなよ」
「し、しかし」
「いいよ。もう」
俺はテオドールの言葉を手で遮る。
「みんな」
俺は仲間たちの方を振り返る。
「さようなら」
大きく手を振るのだった。
俺と玲奈は一緒に召喚陣に乗る。
もう直ぐ召喚陣の中央に届く、
それを見て、急いで駆け寄ってくる少女に、俺は気づいた。
ラフィーナだ。
青ざめた顔で、俺を見詰める。
この神殿に向かう途中、一度も口を利いてくれなかった。
ただ曖昧に微笑むだけだった彼女。
「ラフィーナ」
俺は足を止めて、彼女が見送りに来るのを待つ。
描かれた文様に光りが灯る、あと少しだ。
(この召喚陣が、再び使えるのかどうか……)
一年待てば再び使えるのか。それも厳しいと思う。
向こうの世界に扱える実力者がいないから、俺は幽霊勇者になったのだから。
そもそも幽霊勇者でさえ、奇跡だったのかも知れないのだから。
(それに、時間の流れはどうなるのだろう)
最後の方、元の世界とこの世界の時間の流れは違っていた。
もし召喚陣が再び使えても、次に仲間たちと出会った時は、百年後ではシャレにもならない。
だから、恐らくこれが、ラフィーナとの今生の別れになるだろう。
ラフィーナは、ゆっくりと確かめるように、召喚陣に入るギリギリ手前まで歩む。
瞳を潤ませる彼女を見て、俺は胸を締め付けられるような感情を抱いてしまう。
(俺の、この気持ちは……)
心臓が無いのに、締め付けられる感情。
(もう、最後なんだ。だから……)
この気持ちを伝えようか、とラフィーナの方を向き、左足を踏み出そうとした。
すると、右手を誰かにギュッと握りしめられた。
「優兄! 行っちゃ駄目!」
俺は振り返ると、涙を浮かべる玲奈がいた。
「玲奈……」
玲奈の細腕で掴む力なんて、俺の馬鹿力に比べれば無い等しい。
だけど、俺はラフィーナに向かって進もうとする足が止まってしまった。
いや、止めたのだ。
「ラフィーナ、俺は……」
肝心の言葉が、最後まで喋れない。
「さようなら、ユウト様」
ラフィーナは、大粒の涙を流しながら、最高の笑顔を見せてくれた。
「ラフィーナ」俺は瞳を閉じて、一拍置く。
「さようなら、ラフィーナ」
俺は、彼女の姿を焼き付けるように見詰めて、そう言った。
召喚陣が輝く。俺と玲奈は光の渦に包まれる。暗転し、再び光が差す。
それが収まるとそこは薄暗い洞窟の部屋であった。
★
「戻って、戻ってこれたんだよね」
玲奈は感慨深げにそう言った。
「ああ。帰ってきたぞ」
俺はぼそりと呟いた。
何故だろう、帰って来られたのにそれほど嬉しくないのは
当初の目的は達成出来たのにな……。
「向こうのこと、夢みたいだったね」
「そうだな」
俺が勇者だったなんて、現実味を感じないよな。
「忘れちゃ駄目だよ?」
「当たり前だ」
俺はずっと忘れない。ハンス、クラウス、ヨハネス、カミラ。
そしてラフィーナのことを。
ラフィーナの顔を思い返してシンミリしていると、
「ならよろしい。ホラ、しっかりしなさいよ」
玲奈は俺の背中をバシバシ叩く。
「痛え」
「時間、分かる」
玲奈は自分のスマホを取り出して見せた。画面は真っ暗だ。
バッテリーが切れている。
玲奈は実体を持っていたから、スマホも一緒に持ってきていたのだろう。
「ああ」
俺は自分のスマホを確認。バッテリーは心許ないがまだ使える。
「七時半だな」
「えっと、今の日付は?」
「ああ。丁度二日だ」
以外と時間が過ぎていなかった。一週間は経っていると思っていたけれど……。
(まあ、大目玉を食らわずに済みそうだ)
両親への言い訳は、盛久に上手く会わせて貰っておこう。
「そんなにしか過ぎていなかったんだ」
驚く玲奈。
「そうだぞ、知らなかったのかよ」
そういや、城に潜り込んだとき、言わなかったっけ?
「うん、びっくりだよ」
まあ体感的には一月は過ぎていたからな。
玲奈の場合はもっとかも知れないけれど。
「どうしよう。お父さんとお母さんに大目玉だよ」
「由佳ちゃんに頼んでおけよ。
多分盛久が嘘八百考えてくれるから」
「そうだね、盛久君の得意分野だよね」
「そういうこと」
「なら、優兄帰ろうよ。お家にね」
「だな」
「わわ」玲奈は石につまずき転びそうになる。
「優兄良く歩けるね」
「そうか、何度も通ったからな、これぐらいの暗さなら、スマホの灯りで見えるだろ?」
洞窟の経路は頭に入っている。
「無理。懐中電灯は?」
「ああ、その辺に転がっているんじゃないか」
そう言えば、この前来た時は、もっと簡単にスイスイ歩けたんだよな。
あれってカン助のお陰だったのか。
カン助、そういやアイツの姿が見えなくなったな。
俺のチカラが無くなったからなのか?
何だか嫌になるほど怠い。
「アイツ、実は使えるヤツだったんだな。たこ焼きぐらい食わせてやったのに」
「カー」
「ん?」何処かでカラスの鳴き声が聞こえたような気がした。
「……気のせいか」
周囲を見回しても、カン助は居なかった。
俺は懐中電灯を見つけると、玲奈に手渡した。
「あ、お前の服」
「良いでしょ」玲奈はちゃっかりドレスも持って帰ってきた。ソイツを小脇に挟んでいる。そりゃ歩きにくいわな。
それが実際にあると、やはりあの出来事は夢じゃなかったんだと実感出来た。
「お前も手を合わせておけよ」
「ご先祖様の?」
「多分な」
神棚。奉られているのは神様か、女幽霊さんか、それとも祟り神なのだろうか。
詳しい伝承なんて俺は知らない。
まあ、手を合わせてバチは当たらないだろう。
俺も鏡と櫛を元に戻して置いた。
……勝手に持って帰ったら、祟られるかもしれないしな。
「さて、今度こそ帰るぞ」
「うん」
玲奈が手を握ってきた。
「ん、どうした?」
「暗くて危ないの。エスコートしてよ、勇者サマ」
ニコリと微笑む。俺は思わず吹き出した。
「何だよ。まだ続きがしたいのか?」
「悪い?」
「いや、まあ」
玲奈の気晴らしに付き合ってやるか。
「それでは聖女サマ」
「うむ、良いぞ」玲奈は大仰に頷く。
「アタシが無事に帰って来られたのは、優兄のお陰だよ。有り難う」
「何だよ、全く」
面と向かって言われるとこそばゆい。
俺は何となく照れくさくなり、横を向く。
頬に柔らかい感触。
「有り難うね、アタシの勇者様」
とはにかむような顔で微笑む
「むむ」
完全な不意打ちだった。
玲奈の温かい手の感触が伝わってきた。
「ほ、ホラ、早く帰るぞ」
「うん」
俺たちは洞窟を出るのだった。
外は明るい新月の夜だった。
――終わり――
幽霊勇者と聖女が二人~勇者召喚は失敗しました。 さすらい人は東を目指す @073891527
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます