第55話 再会と別れ
俺たち三人は、ラフィーナたちの元へ向かった。
テオドールを迎える、みんなの視線は厳しいものがある。
積極的ではないにせよ、今回の大事件に関わっているからだ。
「まあ、テオドールの意識があやふやだったのは間違いない。
それで許されるかどうかは分からないけどな」
と素っ気ないハンス。
ハンスとしてはどちらでも良いみたいだ。
「……大した面の皮だな」と呆れ顔のクラウス。
コイツは親父さん絡みのこともあり、良い印象は抱いていない。
「……」
何処までも冷たい視線のラフィーナ。
テオドールに近寄ろうともしない。
完全に無視している。
アーダとクルトは、そんなラフィーナたちを、なだめている。
二人はテオドールと供に行動していたので、それなりに事情は知っているのだろう。
仲間たちは、テオドールを咎めはしないが、快く受け入れてもいない。コレばっかりは仕方ない事なのだろうな。
テオドールに話しかけようとするマーヤさんを制して、ビアンカが彼の前に出てきた。
「テオドール。分かっていますね」
この国の大貴族である公爵令嬢は、流石に落ち着いている。
腹の中まで分からないが、何時もと同じ雰囲気だ。
「……ああ」テオドールは観念したように頷く。
「分かっているのなら構いません。
先ずは今回の惨事を早く終わらせることです。
結果で示してください」
ビアンカは厳しい眼でテオドールを見やる。
「ああ、もちろんだとも」
力強く頷くテオドール。もう迷いは無いようだ。
「色々ありましたが、貴方には期待しているのですよ」
ビアンカはそう言うと、柔らかな微笑みを浮かべた。
彼女の一言で、場は収まる。みんなの気持ちを代弁してくれたのだろう。
納得出来ないけれど、今は最後の仕上げを優先するのだと。
膝を突いて動かなくなった男、ラングヤールのなれの果てが横たわっていた。
絶望と苦悶の表情が張り付いている。
悶死したヤツは初めてみた。
地位も名声、金と野望。
ついでに自分の命さえ失った愚かな男を見て、哀れみは抱かない。
只々馬鹿だとしか思えなかった。
「うわあ……。このヒトがラングヤール? 前見た時は髪の毛は金髪だったのに、真っ白だね。
凄いおじいちゃんになってるよ」
強欲貴族のなれの果てを見て、口元を押さえる玲奈。
「ハンス、お前殺したのか」と、俺はハンスに問う。
「オレじゃねえ。今の戦いの時、悪魔の魂にチカラを吸い取られたんだ。
まあ、全てじゃなかったから、のたうち回っていたけどよ」
ハンスは冷めた声で淡々と言った。
俺とテオドールが戦っているとき、ハンスたちは、繭となった悪魔と戦っていた。
繭となっても激しい抵抗を見せた悪魔、その時外のラングヤールを生け贄にして、復活を急いだが、ラフィーナたちの活躍で防がれた。
生け贄となったラングヤールは、その時生命力を吸い取られ、苦しみ悶死したのだった。
「この愚か者は、乗っ取られていたんですよ」とヨハネス。
冷たい眼差しは、何時もの子犬を想わせるものではない。
軽蔑しきった眼差しだ。
まあヨハネスも色々な目に遭わされたからな、仕方ない。
「その繭は」俺はあの繭を指さす。
燻る繭は、微かに動く。「中身じゃ生きている」
……正直、見たくない。
途轍もなく嫌な予感しかしない。恐怖というより嫌悪感が先立つのだ。
繭が裂けて、中から這いずるモノが現れた。
例えるならば、芋虫がサナギとなり「蝶々となる前の段階」だろうか。
……早い話がもの凄えグロい何か。
身体全体をモザイクが掛かっていてもおかしくない。
びちゃり、したたる体液。
繭を裂いてソイツは現れた。
「うわあ」ハンスが眉をひそめる。当然の反応だろう。
アーダに至っては、柱に向かって嘔吐いていて、クルトが背中を優しく撫でている。
他の仲間も直視出来ていない。
強烈な嫌悪感と忌避感。
生物が抱いている本能を刺激させるのだろうか。
俺も見たくない、身体が有れば総毛立っていたことだろう。
ただ、ラフィーナだけはそのグロいモノを直視している。
青白い顔をしていても、射るような鋭い眼光で……。
(親父さんの敵だからな)
敵であると同時に希望となるソイツを見て、ラフィーナは動かない。
「コイツを斃せば良いのですね?」
ラフィーナは言うが早いか、直ぐさま黄金の魔力を蓄える。
見た目とは裏腹に、グロい何かは強い魔力を秘めている。
ラフィーナの攻撃に対して激しく抵抗してみせる。
「アタシも手伝うよ」と、玲奈が加わる。
玲奈に感化されるように、次々と聖女たちが加わる。
「うごおおおぉおっ」
呻く悪魔のなれの果て。
幾ら魔力が高かろうと、肝心の身体がグチャグチャで、動けないのだから。
避けることも守ることも出来やしない。
只々黄金の波動に身体を焼かれるだけしか出来なかった。
その中でも特筆すべき力を発揮したのは、やはり玲奈であった。
ラフィーナやマーヤさんよりも、数段上の力。
これがこの国の王族が欲した力なのだ。
黄金の波動は集まり黄金の奔流となり、悪魔を覆い尽くした。
醜く怖気を醸し出すソレは、砕け散り、幾つかの肉片と成り果てた。
勢ぞろいした聖女たちの前では為す術も無く斃されたのだった。
魔力は消え去り、残された肉片が霊体へと変わる。
そして、それは光の粒子となる。
大広間は蛍のような輝きを放つ光の粒子が舞い上がる。
「うわあ……」
つい今し方戦った、醜悪なソレからは想像出来ない、幻想的な光景だった。
輝く命の煌めき。それが乱舞している。
「凄い数だな」
この城だけでなくて、他の戦い。森での戦いで命を落とした兵士たちの魂もあるのだろう。
「これは魂なのか」
俺はラフィーナに問う。
「ええ、そうですね。ラングヤールに唆され、殺された方たちの」
ラフィーナは静かに黙祷を捧げる。
俺も彼女に従うと、仲間たちもそれに倣った。
悪魔が敗北。直前まで吸っていた魂が解放された。
幾つかの魂は、知人の側に寄りそうように舞う。
玲奈の悲しそうな顔。魂の中に知人が居たようだ。
蛍の様な輝きは、ラフィーナの側に寄る。
ラフィーナの表情は崩れ、大粒の涙を流す。
きっとその魂は、彼女の親父さんのものだろう。
仲間たちは、銘々魂たちと会話している。
彼らは貴族階級なので、騎士の知り合いはさぞかし多いのだろう。
彼らの最後の別れの挨拶、俺はそれを見守るだけだ。
こういうとき、ぼっちなのが良かったと思える。
悲しい思いをしないで済んだのだから……。
★
「さあ、儀式を始めましょう」マーヤさんがそう宣言した。頷く一同。
「テオドール王子、手伝ってくれますね?」
「はい」頷くテオドール。
簡易な祭壇。その前に悪魔の呪いが込められたティアラを安置した。
「おっと、これもお願いしますよ」
俺は鏡を取り出した。それを見て驚くマーヤさん。
「それは、何処で手に入れたのですか?」
「ああ、祠に置いてあったものですよ。ちゃんと持ち主から承諾を得ていますよ」
俺はニヤリと笑う。
それを見てマーヤさんは大きく頷いた。
「そうですか。ならば私たちは奇跡を見られますよ」と。
玲奈を中心に再び六芒星が描かれた。
光の恩寵と似たようなプロセスで、正反対のプロセス。
悪魔を呼び出すための外法。それを応用するのだ。
媒介は、悪魔の身体と、核となった呪われたティアラ。
ラフィーナの親父さんであるローマンさんの、想いと悲しみと恨みの籠もった呪われたティアラと、それと同調するように激しく明滅する鏡。
鏡が妖しい輝きを放つ。
大広間の天井が、冥府へと繋がる。
既に冥府へと戻ろうとしている悪魔を引きずり出す外法。
前回と違うのは、悪魔が生け贄となり、ローマンさんの肉体を蘇らせることだ。
どす黒いオーラが、部屋に充満する。悪魔の怨念が、呪いが木霊する。
それをマーヤさんが縫い止める。
次第に辺りの空気が浄化されていく。
渦は祭壇のティアラへと収束した。
「どうやら上手くいったようですね」
汗だくのマーヤさんが、ボソリと呟いた。
目映い光。悪魔の肉片が光の粒子へと変わる、それから再び実体へと変化していく。
光が晴れると、中から十名の人たちが現れた。
その中の一人を見て、ラフィーナは叫ぶ。
「お父様」
ラフィーナはローマンさんの元へ駆け寄り、その胸の中で泣きじゃくるのだった。
核のあるローマンはもとより、生命力のある人たちが蘇った。
玲奈の知人が幾人かいたようだ。「ギードさん! レギーナさん!」
感動の再会だ。
奇跡の再会に立ち会えた幸運な人たちがいる。
だが、その一方で――。
生き返らなかった人たちの方が遙かに多い。
奇跡を受けられたのは十名だけしかいないのだ。
ヘンリックさんやヨハネスは悲痛な顔で、塵となり、かき消されていく人たちの手を取っている。
ぬか喜びだ、これは精神的にキツ過ぎるだろう。
これだけ大掛かりな黒魔術を使っても、亡くなった人たちと、生き返った人たちの人数とでは全然割に合わない。
(これでも大成功なんだろうけどな)
俺も複雑だ。悲喜交々の大広間。
最低限の目的であるローマンさんは生き返った。
だが、生き返らなかった後の人たちは残念だとしか言えない。
もどかしい気持ちでいっぱいだ。
「お疲れ様です」ビアンカが俺の隣に来てそう言った。
「俺は何もしていないよ」
「いいえ、そんなことはないよ。キミの活躍がこの場を作り出したんだから」
「成功、成功したんだよな」俺はビアンカに問う。
「ああ、成功だよ。キミとレイナ様、二人の力の賜物だ」微笑むビアンカ。
「そうか」
俺はラフィーナ親子を見やる。
泣きながら喜ぶラフィーナや玲奈を見て、少しだけ胸のつかえが下りた気がする。
「これで、終わりかな」
「ああ、そうだ。
で、これからのキミたちの事なんだが」ビアンカは微笑む。
「一段落したら、祝賀会に来てくれたまえ。キミたちが主役なんだから」
「いや、俺たちは参加しない。もうこれで帰るから」
「帰るって、そんな」珍しく動揺するビアンカ。
「そんな驚くことでもない。
俺たちは、元々この世界の人間では無いからな」
「……それは、薄々感じていたが、それでもまだこの世界い居られないのかい?」
「ああ。時間が、無い」
俺はそう告げた。そう、時間が無いのだ。
元の世界の祭りの日。その日に連動して、俺と玲奈の魔力は増大している。
そのことは、何となくだけど理解出来るのだ。
だから、
「元の世界に還れるのは、今日だけなんだ」
俺独りだけなら、神殿の転送陣でどうにかなるだろう。
だけど玲奈を確実に還らせるためには、城の召喚陣が必要なのだと思う。
俺と玲奈のチカラが増した、今日がラストチャンスなんだ。
「ユウト、てめえビアンカと良い雰囲気じゃねえか。
お、おいお前まさか、ビアンカにまで手を出すんじゃないよな」と蹌踉めくハンス。
「ククッ。ヤツならやりかねんぞ?」と黒クラウス。
「び、ビアンカ。君まで」と動揺を隠せないヨハネス。
「騒がしいのが戻ってきたな」と俺は肩をすくめる。
「全くだ」苦笑するビアンカ。
「優兄」「ユウト様」玲奈とラフィーナは同時に声を出す、「行くのよ」とカン助に指示。
二人の息はピッタリだ。
そして――
「カー」
裏切り者のカン助が、俺のうなじを狙ってやって来るのだった。
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