第54話 王子の涙
クソ王子が無事なこと。それが至上命令になってしまった。
正直な所、モヤモヤした気持ちを抑えられないでいる。
主犯はラングヤールという大貴族だと分かったが、クソ王子がこの大惨事に関与していたのに違いない。
国が傾くどころか滅亡しかねない方法。
まあ、こんな未来が訪れるなんて、当事者たちは考えもしなかっただろう。
(悪魔を利用してやったり、とか考えていたんだろうな)
馬鹿につける薬はない、とはこの事だ。
(この惨状を、クソ王子が食い止める方法か……)
主犯である、欲ぼけ貴族のラングヤールを殺すこと。
もしくは賛同者であるクソ王子の両親を説得、もしくは排除すること「物理的」に。
王子として国を想うのなら、欲ぼけ貴族を排除すれば良かったのだろう。
でもクソ王子の権限がどの程度あるのか俺は知らない。
ラングヤールを暗殺するとか、簡単に出来るのだろうか。
頭のいかれた両親は、どうやって説得出来たのだろうか。
自分の息子を生け贄にしようとする毒親ならば、他にも色々と出来るのだろうな。
(それと、例え毒親でも殺せるのだろうか)
俺ではちょっと想像も付かないことだ。それだけ恵まれているのだろう。
国か両親。どちらを取るのか、重すぎる選択だ。
それは気の毒だと、頭では理解出来るのだが……。
(巻き添えを食らった俺たちが、許せるかどうかは別問題だ)
俺や玲奈は、無理矢理この世界に連れて来られたのだ。
その上に、生きるか死ぬかの戦いに駆り出されて、戦っている。
死にかけもしたが、それでも生きてるだけマシだ。
(玲奈も無事だし、俺も無事(?)だし、友だちも出来た。
……まあ、その辺りは許してやらんでもない)
だが、肉親を失った人たちはどうなるのか。
だが、肉親を失った人たちはどうなるのか。
(ラフィーナなんて、目の前で親父さんが「変えられた」んだぞ)
勿論、ラフィーナ以外にも多くの人たちが悲しみ苦しんでいるだろう。
俺は大きなため息を吐いた。身体が無いが、魂はある。
俺に見たくも無い鬱展開を見せられたんだ。
気持ちが滅入るに決まっているだろう。
「取りあえずクソ王子をボコボコにしてやろう。考えるのは後回しだ」
クソ王子は手をかざす。虚空から剣が現れて、手にする。
身体も光に覆われて立派な鎧を身に纏っていた。
特撮ものでよくある表現だ。魔法って何でもありなんだな。
「クハハハ。死ね、死ねええっ」
クソ王子が襲いかかってきた。
鋭い剣筋。甲冑のつなぎ目、首筋、可動部の脆い箇所。
切っ先は俺の急所を的確に狙ってくる。
「アホが。死ぬのはお前だ」
俺は斬馬刀に黄金の魔力を注ぐ。
殺すつもりは、無い。
だが、思わず手足の一本千切れ跳んでも仕方ないと割り切っている。
クソ王子の攻撃は、俺の重い一撃とは違い、手数で勝負だ。
真面目に剣の修行を収めていたのだろう。実力は確かなようだ。
体感的にはクラウス以上でヘンリックさん未満の腕前だ。
だが、装備した剣が業物らしくて、一撃はヘンリックさんを上回る。
鎧も特注の上物らしくて、俺の斬馬刀が掠めただけでは、破壊されない。
総合的に見て、俺が負けることは無い。
剣術の腕前はクソ王子に劣るが、黄金の魔力を纏った斬馬刀の威力はヤツの業物を上回る。
俺がクソ王子を本気で殺すつもりなら、それほど時間はかからない。
なのだけれど……。
「参ったな」
――状況は拮抗している。
クソ王子は俺を殺すつもりで全力を出せるが、俺は即死させない為に、動きに躊躇いがでてしまう。
手足を狙った攻撃は見切られ、軽くいなされる。
胴体を狙った一撃は、本気では無いことを見透かされてしまっているようだ。
(戦いにくいぞ、クソッタレめ)
俺の考えを見透かしているのだろうな。
ヤツの剣先は鋭く、斬馬刀の一撃をいなす。
そのことが戦いに現れている。
少しずつだが俺が押されて来た。
「優兄、準備終わったよ」
玲奈から感じる強大な光の魔力。
★★
玲奈の黄金の魔力。金色の波動が、クソ王子目がけて放たれる。
強大な光の渦に包まれるクソ王子、ヤツの動きが鈍りだして、遂に動きを止めた。
「やったのか」
クソ王子を殴り飛ばせ無かったのは心残りだが、ラフィーナの親父さんを助ける方が大切だ。
俺と玲奈は、クソ王子を注意深く見守る。
「クハハハ。間抜け勇者と愚かな聖女。何故こんな所まで、来たんだよおっ」
クソ王子から放たれるオーラの強さが増した。
黄金色のオーラとどす黒いオーラが入り交じる。
「アホか。全部お前らの責任だろうが」俺は呆気になってしまう。
「……おかしいね。嫌な気配が残っている? 悲しみ、苦しみなの?」
と、訝しむ玲奈。
「失敗したのか?」
「そんな事は……」
「取りあえずぶん殴ってくる。調子悪い時は、殴れば元に戻るんだよ」
中古のラジカセみたいなものだ。「古い電化製品は殴れば治る」と、田舎のじっちゃんが言っていた。
こんなクソ野郎に手加減なんて要らねえ。
★
クソ王子の剣筋は相変わらず見事だ。日頃の鍛錬の成果が見て取れる。
だが、フェイントも入れずに繰り出される技は単調で簡単に見切れる。
何も考えていない? 馬鹿正直な攻撃だ。
「そら」
俺は容易く打ち合いに勝つ。
黄金の魔力を帯びた俺の右拳は、クソ王子の腹部を強かに打つ。
見た目通り凄そうな鎧は、遺憾なく実力を見せて砕けなかった。
が、衝撃を全て殺せなかったようだ。
クソ王子は蹌踉めき後退し、膝をついた。
「がは」クソ王子は堪らず嘔吐した。すえた匂いが辺りに漂う。二枚目の美男子が形無しだ。
「お前の実力なんて、そんなもんだ。日頃からチヤホヤされて、過信したな」
「僕は、僕は……」
それでもクソ王子は落ちた剣を拾い、再び俺に斬りかかってくる。
「何度やっても同じだ」
俺は軽く剣を躱し、足払い。クソ王子は無様に床に転がる。
「はあ、はあ」
「いい加減にしろよな。手加減するのも面倒くさいんだぜ」
「はあ、はあ。無礼者!
お前なんかに、お前なんかに分かってたまるものか!
今、成敗してくれる!」
口だけは威勢が良いが、既に動きはでたらめ。
無駄な動きが多くて、隙だらけ。素人よりも酷い剣筋だ。
「コイツ、急にどうしたんだ」
先ほどまでと違いすぎる。
豹変したようだ。わざと隙を見せているにはあからさま過ぎるぞ。
ナニを企んでいるんだ?
「往生際の悪い」
ふと見ると、クソ王子が泣いている。
瞳は濁っていない。潤んだ悲しげな顔つき。
王子は正気に戻っていた。
やはり玲奈の攻撃は効いていたのだ。テオドールの魂が全面にでている。
なのに戦い続けている。
自暴自棄? それともわざとか?
(……負けたい、死にたいのか)
そうか。テオドールは死にたがっているのだ。
死んでこの救いの無い苦しみから解放されたいのだ。
(コイツも苦しんだんだな……)
そう思うと、ラフィーナの親父さんの死も、他の兵士たちの死も、コイツ一人だけのせいではないのだと、ストンと腑に落ちたのだった。
(コイツも被害者の一人なんだな)
欲ぼけ貴族と毒親。
碌でもない大人たちの巻き添えを食らった、ただの少年なのだろう。
泣き顔がやけに幼く見えるのだ。
そうか、テオドールよ。お前は俺と違って王子様なんだよな。
背負った責任が重すぎるんだろうが……。
(俺みたいなサラリーマンの息子には、分からない世界に、お前は住んでいるんだな)
上流家庭の息子なんて、贅沢三昧だけでは無いのだろうと、少しは思っていたけど……。想像以上なんだな。
でも悪いな。事、ここに至っては、責任を取れるのはお前だけなんだよ。
(だから、俺もつき合うぜ)
俺は嗤う。偽悪的に。
「どうした、間抜けのクソ王子」
「ハア、ハア。何だと」
ペース配分も考えず滅茶苦茶に剣を振り回す。
「剣が自慢みたいだけど、その程度で生きてきたのかよ」
「この野郎」
だんだんとテオドールの口調が悪くなる。
良いところのお坊ちゃまから、年相応の悪ガキみたいに。
「チヤホヤされて、気持ち良かったんだろう? んん、王子サマ」
「僕の気も知らない馬鹿野郎め! 好きで王子になったんじゃ無い!」
「そんなもん知らん」
「ハア、ハア……」
テオドールは、肩で息をする。次第に剣の速さは落ちていく。
「僕だって、僕だってなあっ」
テオドールは、疲労の為に持てなくなった剣を放り投げ、素手で俺に殴りかかってきた。
少し身軽になったとは言え体力は空でフラフラだ。動きは鈍い。
繰り出す拳は大振りで躱しやすい。
一発逆転を狙う三流ボクサーみたいだ。
俺は簡単に避ける。二度三度と。
「鈍くさいなお前。それで本気かよ?」俺は挑発する。
「うおおおっ」
テオドール渾身の一撃、今までで一番早い。
(避けるのは簡単だがな……)
俺はわざと避けない。堅い拳が、右の頬にめり込む。
「ぐっ」
思っていたよりも痛いぞ。歯が有れば折れていたかも知れない。
「ど、どうだ」
テオドールは肩を大きく上下させ、荒い息を吐く。立っているだけでも辛そうだ。
「やるじゃないか。見直したよ」
「ハハ、当たり前だ」
俺を見据える顔は、どこか満足そうに見える。
汗だくのテオドール。
疲労困憊に見えるが、さっきまでの投げやりな顔ではない。
「吐き出したいものは全部出したみたいだな」
「今度は俺の番だ」
「ハア、ハア。クソッタレ」
「行くぞ、防げよな」
「ああ。早くしろよ」
「そらっ」
「うぐっ」
俺の右拳が、テオドールの胸元目がけて放たれた。豪奢な鎧は砕け散る。
派手に宙を舞い、床に落下した。
ドサッと重い音。グッタリとして動かない。
(あ、拙い)
俺は慌ててテオドールに駆け寄った。
間近で見ると、胸は上下していて息は有る。
「やれやれ。生きているんだな」
「……何故殺さなかった?」
テオドールは、俺の顔を向かずにボソリと言う。
「まあ、お前は死んでも仕方ない事を、色々しちまったよな。
お前らの勝手な理屈で、俺と玲奈は異世界に連れて来られて、こんな殺し合いに参加させられたんだ。分かっているのか?」
「……ああ」
「まあ、この大広間の惨状を知れば、主犯は頭の沸いたクソ野郎なのは、誰もが理解するだろうよ」
「……ああ。僕はとんだクソ野郎だ」
「他にも、森でも色々とやらかしているだろう?
何人もの騎士や兵士たちを見殺しにしたのだからな。
目的の為ならば、他人の命なんて虫より価値が無いんだろう?
救えない屑だよな」
「……ああ、そうだ。僕はクソ野郎の屑だ」
テオドールはワナワナと肩を震わせている。
「だが、全部が全部お前の責任なんかじゃない。
お前は、あの毒親の言いなりになっていたのだろう? それは分かっている」
「慰めの言葉なんて要らない。……殺せ、殺してくれ」
最後の方は、声が掠れていた。
「嫌だね」
俺はテオドールの顔を覗く。
顔面は真っ青で、死人のようだ。
胡乱な眼差しで俺を見やる。
「テオドールよ、お前だけにしか出来ない事があるんだよ。
俺たちは、お前のチカラが必要なんだよ」
「何だよ、それは」
ククッと、王子は自嘲気味に嗤う。
「それを手伝ってくれたのなら、俺も玲奈も仲間たちも、少しはお前を見直すだろう」
「そんな、今更何を……。僕はどんな顔してみんなと会えば良いんだよ」
テオドールは床に目を落とし、絞り出すような声で言う。
「んん、それはだな……」
俺がテオドールのやる気を出させようと思案していると、
「ああ、優兄の馬鹿」
玲奈は俺に駆け寄り、いきなりポカスカと叩く。
「こんなことしちゃテオドールが死んじゃうよ」
「大丈夫だよ。コイツちゃんと防いだから、何ともないぞ」
「これで、ホントに?」
玲奈はジト眼で俺を見やる。
「手加減もしておいたぞ。……少しだけどな」
「もうっ」
玲奈はテオドールの側に寄ると、腰をかがめて回復魔法を唱える。
「テオドール、大丈夫?」
「レイナか。……済まない、君にも迷惑をかけてしまった」
テオドールは、床に頭がつくのではないかと言うくらい深々と頭を下げた。
「良いよ、もう。テオドールの本心じゃ無かったのは、分かっているから」
「……レイナ。君だけが、僕を色眼鏡で見ないでいてくれた。
有り難う」
「何よ、らしくない」
玲奈は優しく微笑みかけた。
「さあ、終わったよ」
「済まない」
テオドールは再び深々と頭を下げた。
このエロ王子、俺と玲奈とでは態度がまるで違うぞ。
まあ、ボコボコにしたのは俺なんだけど……。どうも納得出来ない。
「何だ何だ。やけに玲奈と親しげだな」
俺が文句を言うと、
「アレ? 誰かさんがヤキモチを焼いてるみたいだよ?」と、玲奈はエロ王子に微笑む。
「え」驚くテオドール。
「誰だろうね」
玲奈は軽くウインクしてみせた。
「は、誰がだよ」
俺は憮然となって二人を見やる。
テオドールは、玲奈と俺とを交互に見回すと、吹き出した。
「何だよ、君たちは」
テオドールの顔から、険が落ちた。
「今、君が言ったこと。手伝わせてもらうよ」
と、力強く言った。
「そうか?」
「ああ」
「うん、テオドールにしか出来ないことだよ。お願い手伝って」
「精一杯やらせてもらうよ」
テオドールの眼に、少しだけチカラが戻ったような気がする。
「うおおお」誰かの雄叫びが上がる。多分ハンスのヤツだろう。
「向こうも決着がついたようだな」
「……そうか」
「行こうぜ」
俺はテオドールに手を差し伸べた。
テオドールは、その手を握り返す。力強く。
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