第53話 魂が二つ

 周囲の瘴気は薄れ、消え去った。

 俺は目的の人物の元へ向かった。


 テオドールは、はばかることなく泣いていた。

ソイツは時折愕然とした顔で、椅子を見やる。

 椅子にこびり付いた黒いシミ。

 玲奈を助けに向かうとき、見た異形の影は跡形も無く崩れ落ちて、椅子に二つのシミと成り果てていたのだった。


 椅子わずかに残る塵。空き放たれた扉から、風が舞い込む。

 塵は風に舞い、四散。消え去った。

 あの時戦った悪魔と同じだ。

 テオドールの両親は、闇に同調し過ぎたのだろう。


「父上、母上。これがお望みだったのですか」

 テオドールは、椅子にこびり付いた黒いシミ。

 両親のなれの果てを憔悴しきった顔で見詰めている。

 俺たちが、クソ王子の直ぐ側まで近寄っても、気づいていない。


「テオドール、しっかりして」

 玲奈が話しかける。

「まあ、言いたいことは山ほど有るが、こっちへ来いよ。お前の力が必要なんだとよ」

「優兄、言い方。もっと優しく」

「ケッ、こんなクソ王子に言い方なんてよ」


「僕は、どうして……」

 肩を震わせるクソ王子。

 ふと、コイツのオーラにどす黒いナニかが入り交じる。

「あ、ああ。僕は、ボクは……。オレは……」

 ガクリと力なく床に座り込む。


「テオドール!」

 玲奈が駆け寄ろうとする。

「おい、待て」

 俺は、玲奈を押しとどめた。


 クソ王子の様子があからさまに変化したのだ。

 コイツから立ちこめるオーラの質が変化し始める。

「カハハハッ。やっと表に出て来られたぜ」

「駄目だ。この国は……」

「殺せ殺せ殺せ、オレの前に出しゃばる奴らは皆殺しだ」

「僕は、あの人と……」

「言い訳は止せよ、相手にされてもいねえじゃないか」

 独りで首を振り回し、独りで頷き、独りで否定する。

 錯乱しているとしか言い様がない。


「……玲奈よ。クソ王子ってこんなに危ないヤツだったのか?」

「違うよ。テオドールは超が付く真面目人間なんだから。

 優兄も少しは見習った方がいいくらいなのにさ」

「そ、そうか。お前妙にクソ王子の肩を持つな」

「何だって良いでしょ。優兄も誰かさんと仲良かったんだから」

 玲奈にジロリと睨まれた。


「テオドール、しっかりしてよ」

 クソ王子は、胡乱な眼差しで玲奈を見やる。

「テオドールだと?」ククッ。アハハハハハッ

狂ったように笑うクソ王子。

「……おかしい。キミは一体誰?」

 恐る恐る聞く玲奈。

「ああ。オレはアルトーだ。無能な愚兄に殺されたのさ」

クソ王子は涙を拭きながらそう答えた。


 俺は訝しげに「王子」を見やる。

「なんか危ないヤツになっているぞ。

 そう言えば弟を生き返らせるとか言っていたんだよな。

 ……まさか」

 何で弟の魂が、兄貴に入っているんだ?


「お前がアルトーなら、兄貴の魂は何処へ行ったんだよ」

「さあな。愚兄は懺悔のつもりでオレに身体を差し出したのだろうよ。

 まあ、アイツの失敗でオレが死んだのだから、当たり前の話だかな」

「はあ? そのことはクソ王子は知っていたのかよ」

 死者蘇生の秘術は既に成功していた?

 この死者蘇生の秘術を使ったのは、あのラングヤールや、国王とかその辺りだろうに。

 幾ら何でも自分の息子を生け贄にして蘇らせるとか。

 その上、使った本人たちも死亡してしまうとか。

「……どいつもこいつも正気じゃねえな」

 背筋が凍る思いだ。

 生け贄もそうだが実行するなんて全員狂っている。


「死者蘇生の秘術が成功したの? そんなハズ無いよ。

 この人たちでは、力不足なんだもの」

 と玲奈は否定する。

「レベルが足りない?」

 俺は玲奈を見やる。

「黄金の魔力を扱える人がテオドールだけでしょ? 

 そんなに簡単に出来るのなら、アタシのご先祖様は亡くなったりしないよ。

 マーヤ様が参加しているのなら、極々わずかでも可能性はあるかも知れないけれど……」

「そうか」

 歴代の聖女が扱っても失敗したのに、秘術を聞きかじった連中だけで、成功出来るはずもない。


 ――だが、俺は先ほどまでの光景を見知っている。

 あれだけの人間の生命力を吸い取っていたのなら、もしかしてということもあり得るのだ。

「玲奈も見ただろう、この大広間に集められた人たち。

彼らは、アルトー復活の為の生け贄なんだぜ」

 玲奈も救出された人たちは見たのだ。中には衰弱死寸前の人も居ただろう。

 あれだけの人間が犠牲になったのなら成功したかもしれない。

 まあ、本命は悪魔召喚なのだろう。

 が、クソ王子のいかれた両親はそのことをワンセットで承諾したのかも知れないのだ。

「そんなやり方で」

 怒りに肩を振るわせる玲奈。

 普段はおちゃらけた印象が強いが、コイツの根っこはお人好しの善人なのだ。


 まあ、アルトー復活や悪魔召喚の過程は置いておく。

 いかれた連中の考えなんて、想像しても胸くそ悪くなるだけだ。

 十中八九悪魔が成り代わっている。

 それとも奇跡的に成功して、弟の魂が宿ったのか。

 ソイツらに押し出されて、クソ王子の魂は消し飛んでしまったのだろうか。


(おいおい。これじゃローマンさんは生き返らないぞ)

 本当にアルトーが復活して、クソ王子の魂が消滅したのでは具合が悪い。

 そうなるとラフィーナの親父さんを救うことが出来なくなってしまうのだ。


 今目の前にいる、クソ王子から感じる邪悪なオーラ。

 どう考えても黄金の魔力を扱えるとは考えられない。

本当に儀式は成功したのではないか。

 クソ王子の魂は消滅してしまったのではないだろうか

 それよりも、コイツは本当に人間なのだろうか。


「おい、玲奈。コイツはどっち何だ」

 クソ王子に宿る魂は、兄貴のテオドールなのか、それとも弟のアルトーなのか。

 それとも復活した悪魔なのだろうか。

 何だか雲行きが怪しくなってきた。


 クソ王子から放たれる禍々しい黒いオーラ。

 人間のものではない。

 以前森での戦った悪魔に酷似している。


「花嫁泥棒とはな、重罪だ。首を落としてやろう」

 クソ王子はゆっくりとこちらに近寄ってくる。


「どうする玲奈。話し合いって雰囲気じゃないぞ」

 俺は玲奈に語りかける。

 意を決して頷く玲奈。

「……一つ方法はあるよ」

「それは?」

「悪魔とかのいけ好かないヤツは、黄金の魔力が大っ嫌いなんだよ。

 だから、自称アルトーに黄金の魔力を浴びせれば答えは出るよ」


「まあ、中身がクソ王子なら無事なのか」

 それが簡単な判別法なのかもしれない。

「では、仮にアルトーの魂ならどうなる?」

「アルトーなら消えちゃうよ、悪霊だからね。

 アイツはテオドールに取り憑いているんだよ。

 テオドールの身体から、二つの魂が揺らいでいるのが見えるの、今ならまだ間に合うはず」

 真剣な眼差しで、王子を見やる。

 かなり危ない状態みたいだ。


「死者蘇生の秘術は失敗している、か……」

 まあ、アレが悪霊でなければ何が悪霊って感じだ。

「では、アイツに取り憑いているのは悪魔ではないと」

「たちの悪い悪い悪霊だね。もしかしたらアルトーと違うかも知れないよ?」

 玲奈も、ナニを媒介にして呼び出したのか分からないみたいだ。

 考えたくないけれど、この城には色々とあるんだろうな。


「それで、お前の黄金の魔力をぶつければ、クソ王子に戻るのか」

「そうよ」

「だから優兄、殺しちゃ駄目だよ。

 あの変なヤツを追い出して、元のテオドールに戻すんだから」

 それは朗報だ。

 これでラフィーナの親父さんを生き返らせることが出来るかも知れないのだ。

 俺はホッと安堵のため息を吐いた。肺は無いから気分である。


 俺はチラリと玲奈を見やる。

 悲痛な顔でクソ王子を見詰めている。余程テオドールが心配なのだろうな。

 ……少しだけ気にくわない。


「やけにクソ王子の肩を持つな」

 ポロッと言葉が零れる。

「んん? どうしたの、ねえねえ」

 玲奈は、少しぎこちなく笑う。

 空元気なのが分かった。

 でも、玲奈は笑っている方が似合っているだよな。


「ウゼえ。ちょっと行ってくる」

 クソ王子を正気に戻すには、玲奈のチカラが頼りだ。

 黄金の魔力を溜めるには時間が掛かる。

 さて、俺は時間稼ぎをしていようか。


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