第6話 月下三愚人
「こりゃあ、可愛いじゃないか、いやいずれは艶めかしくもなろう。よし! 描くぞ! 次郎吉! 巾着を持ってきてくれ」
いつのまにか、次郎吉は絵師万字の助手になっているようだ。
筆先を舐める万字。
「月華、お前さんは、そのまま川の浅瀬に立って月を見るんだ。顔に月の光が当たるようにするんだぜ」
「へえ」
まだ幼さをのこしながらも、
月の
絵筆を走らせるは万字老人葛飾北斎。
老人の用を足す大鼠。鼠小僧次郎吉。
月下に佇む女と老人と男。
奇縁の
時の刻みは止まることなく、月は高く去る。
「仕舞いにしよう、月華ありがとうよ。次郎吉も」
そう言って、万字が腰を下ろした。それを見て、月華も鼠小僧も万字の脇に腰を下ろす。東の空にはひときわ明るい星が輝いていた。
「これでお開きだ」
万字は、道具の片付けに取り掛かる。
「旦那、絵を見せてくだせえよ」
次郎吉と月華が、にじり寄って来る。数枚の和紙が地面に並べられていた。いずれも満月と月華が描かれている。
それは、先ほど次郎吉が見た、春画とは全く別のものだった。一人の女の持つ艶めかしさを未だ発散させることなく、内に秘め、恥じらう姿に色香を予感させる。絵心のない少女月華でさえ、無駄のない最小限の線と色で描かれた絵に目を見張った。
「これが……、あたい?」
「おう、そうさ。お前さんはきれいだよ。こんな所で身を削る人間じゃねえ。なあ次郎吉よ」
「へ、へえ。あらためて見ると、月華……。いい女じゃねえか。万字の旦那の言う通りだ。いや北斎先生のお墨付きの美人だぜ」
絵と月華を見比べる鼠小僧。嬉しいのか月華は目を細めてほほ笑む。
「そうさな、その絵は月華の将来の姿。この絵を浮世絵版元の永寿堂の西村屋与八のところへ持って行きな。これを刷れば月華が生きてく
万字は、月華の頭をなでながら鼠小僧に数枚の絵を渡す。それを懐にしまい込む鼠小僧。
「わかりやした。確かにあっしが、責任をもってこの絵が世間に出るようにいたしやす。月華の面倒もまかせておくんなせえ」
「おう、すまねえな。よろしく
「どなたか、存じ上げてはおりませんが、このご恩は決して忘れませんです」
「ちゃんと礼を言えるじゃねえか。良い娘だ」
今度は鼠小僧が月華の頭をなでる。
「それじゃあな。お互い生きていたらどっかで会うこともあるだろうよ」
そう言い残すと万字は、ゆっくりと来た道を戻って行った。
鼠小僧次郎吉と月華もいつしか姿を消していた。
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