第5話 夜鷹月華

 次郎吉が、顔の墨をすっかり落として、万字の描いている絵を見た。

「月下に顔を洗う鼠ですかい。まるで百鬼夜行ひゃっきやこう鉄鼠てっそでやんすね」

「うめえこと言うじゃねえか。これはこれで面白れぇが、やっぱし色気が欲しいな」

「わかりやした。その辺の夜鷹よたかでも連れてきやしょうか」

「ああ。夜鷹ねえ……。かえって月下の虞美人ぐびじんよりいいかもしれねえな。お前さん、頼めるかい」

「へい、ちょっとお待ちになっててくだせえ。この界隈は、あっしの縄張りで。すぐに見繕ってまいりやす」

 そう言い残して、次郎吉は土手沿いの道ではなく、川岸に沿って走って行った。


 夜鷹とは、この界隈に出没し安値で身を任せる娼婦のことである。その値は蕎麦一杯分とも言われ下級の女郎であった。


 しばらくすると次郎吉が、綿の着物を着てほっかむりをした、女の腕を引いて帰って来る。女は、茣蓙ござを大事そうに抱えていた。


「そこの、小さい船に一人おりやした」

 万字が、女の顔を覗き込む。思いのほか小さな女。ほっかむりをつまんで顔をかくそうとする。


「ほう、若けえな。十五、六か。まあ聞くまい。女子おなご、名は何と……ええいめんどくせえ。お前の名前は、月……月のはな月華げっかだ」

 月華げっかと名付けられた女は、ほっかむりを取り顔を見せた。髪は、無造作に左右に分けそれぞれ細紐でくくっている。万字の見立て通りその顔は幾分幼さを残している。


「旦那、この女子まだ子どもじゃないですかい?」

 次郎吉が語気を荒げて言う。それほど幼く見える女だった。

「うむ。なんでまた、お前のような幼いものがこんな事を……」

「へえ。おとっつぁんに言われて、ここに来て寝ていれば、たんとおあしをもらえるって。旦那様は、お客だよね」

 小さく言って月華は、辺りを気にしながら草むらに向かった。


 そこにはむしろがかけられた小舟が一双。その筵をはいで、たどたどしく茣蓙を引く。おそらく親父に言われた通りのことをしているのだろう。


「おいおい誰が今から遊ぶんだよ。今夜は、それは無しだ」

 万字は、月華を船から下した。

「でも、それじゃ、お足をいただけねえでごぜえます」

「心配すんなって、今夜は、俺の言う通りにしな。お足をはずむぜ」

 それを聞いて月華は、目を細める。


「お前さん、良く見りゃ可愛いじゃねえか。ちょっくらまってな」


 次郎吉が懐から手ぬぐいを取りだし、川の水を含ませてくる。

「じっとしてなよ」

 手ぬぐいを絞りながら、月華の顔を見つめる次郎吉。そして、手ぬぐいを開いて月下の顔に当てグイグイとこすり始めた。


「ち、ちょっと旦那様、やめてくだせえ、息ができねえ」

 くすぐったいのか、痛いのか、手を振り回す月華。

 かまわず顔を拭く次郎吉。もうよかろうと、手ぬぐいを取り去った。

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