第3話 万字とその弟子
同心は、有無を言わさぬ低く重い声。
「ご老人お騒がせいたす。その男、われわれが追っている男かもしれん。
黒装束の男は、同心に顔を向けた。おまけにニコリと微笑む。提灯を近づける手下たち。
「お武家様、あっしは、しがない絵描きでございますが、あまりにきれいな月につい絵心が湧いて、ここで描いていたのでございます。こやつは私の弟子でございまして。何ごとでございやしょうか」
「うむ。夜盗である。とある
「え、鼠と言うと、
「おっと、いや、要らぬ事を申したようじゃ。とにかく、ご老人には悪いが、その若い男、番所で取り調べさせていただく。ものども引っ立てい!」
「あいや、お武家様しばらく、しばらくお待ちを! あっしらは、あの
「なんじゃと、月の絵とな」
万字は、さきほど描いた月の絵を
「こ、こ、これは」
「いかがでございましょう。お目汚しとは存じますが、これでご勘弁を。我が弟子は決して夜盗ではございません。ここでのお調べで、番所へ行く必要はないかと」
万字から渡された月の絵に見入っていた同心は、素早く絵を懐に入れて手下に向かって言い放つ。
「この者たちは、ただの絵描きである。夜盗は、この先に逃げたようじゃ。者ども急いで追うのだ!」
「へい!」
男たちは、再び夜の道を走り出す。
同心は、にやけ顔で万字に言い残す。
「ご老人、また会うことがあれば、絵を所望してもよろしいかの?」
「よろしゅうございます。腕によりをかけて描きますゆえ」
「ほ、ほんとうじゃな。絶対じゃぞ」
後ろを振り返りつつ同心は、駆けて行った。
一行の姿が十分見えなくなったところで、黒装束の男は、大きなため息をついた。
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