第200話その2 擦合
**その1からの続きです****
「なに、叱る話でもない。お主の学院でのことだ。まずは、入学おめでとう」
「ありがとうございます」
「貴族関連の話はクリスティーヌに任せておけば良かろう。別の話題だ。実はな、学院の研究生となり、魔導師となった件だ。お主が王都に来たことで、ワシの管轄は外れることとなった。師に従事とするのは、必ず1人とせよ。2人の師匠に従事するのは良くないことだ。習う者の矜持となろう。これからはゲオルクを師匠とし、精進とせよ」
「! は、はい。了解しました。今までお導きありがとうございました」
「金輪際の別れではない。これからは切磋琢磨する魔導師の仲間の一人として接することとする。お主の後見人の一人に落ち着くだけだ」
「り、了解しました」
「幸いにもゲオルクは錬金術に傾倒せず、錬金科の教授の中では良識がある男とワシは見ている。残念ながら魔導師としての腕はワシよりも下だろう。日和見で頼りない教授と思うだろうが、相手や自分の力量を見極める力はある。一癖ある教授陣の中で長年在籍してきたのだ。早速、面倒な仕事でも押し付けられたのではないのか?」
「よくわかりましたね。2つばかり貰いましたよ・・・一つはマーカー様の想像通りでしたが、もう一つは想定外です。ウオルク領の病魔の件です」
「こちらもエーベルス王から直接聞いた。お主にとっては関わりたくない領の案件だと思うが」
「正直のところ、自分の領分は自己解決してほしいですね。自分の件も領主自らが関わっているのでしょう?」
「事の発端は自分の娘の回復を願っての事らしい。ワシからしても、やり方はおかしいがな。病魔に関しては別件扱いとなる。初動が遅れて、領民まで巻き込まれてしまうのは心が痛む。このまま蔓延するとパールもベイノイも被害を被ってしまう」
「正直、勘弁して欲しいところですが、私も蔓延の可能性を聞いて引き受けることとしました。やるしかないでしょう。パール領まで広がるわけにはいきません。断れませんよ」
「霊薬の再現まで見通せたお主だ。今回はどうなのだ?」
「鍵となる植物、キンコンがあること。マテリア・ハーバルに掲載されていること。叙情詩に使用の逸話が残されていることでしょうか。総合するとある程度紐解けそうですが、まだ確定には至りませんね。魔素入りのキンコンが倉庫にあるのだとか。明日倉庫解放の手続きと編纂集を直接見ることが出来そうです。スキルを併用した現物の鑑定をして確定したいところです」
「また慎重だな。その様なことを言って、道筋を何通りか作っているのだろう?倉庫?ああ、賢石庫か。香草学の在庫の豊富さはすばらしい。香草学教室が残されている理由となろう。お主ならば存分に究明できるだろう」
「入室が楽しみですね。現物の確認ができればスキルも活用できると思いたいです」
「うむ。・・・思った以上に、実績を得る機会が早く訪れたとみるべきか。教授の見極めに感謝しておかねばなるまいか? レッドよ、少し考えてみろ。エーベルス王と王宮は、病魔の対策を学院と宮廷魔導師会に諮問した。学院は教授会で案を研究室に委ねた。その研究室を主宰する教授に、お主は直接任されたのだ。古株の職員が手を上げなかったからな。機会は思いの他、早く得られたな。これで存分に力を示せねばいつ示す?そうだろう?」
「存分に?見せつけていいのですか?知りませんよ?」
「大義名分はできたのだ。良いではないか。遠慮はいらぬ。『界上の賜物』の力は、霊薬の作成を通じてワシに見せつけた。同じようにこの国と国王に力を見せつけるが良い。宮廷魔導師会も学院も実力で唸らせ、存分に示すのだ。むこうから在籍して欲しいと請われるだろう!」
久しぶりに興奮しているパラケル師を見た気がする。パラケル師は、アクアヴィーテを煽り、気分を落ち着かせたようだ。
「本当はな・・・師匠として、区切りの一つ言葉を贈ろうと思ったのだ。今の話をして、全く説得力が無いことに気が付いた」
「何ですか?言ってくださいよ?」
「『不相応な力は身を滅ぼす』身の丈のあった成果を示せ、だな」
「ふふふ・・・そうですね。先ほどの言葉と逆ですよ。めちゃくちゃです」
「もし、香草学教室に入ったのにも関わらず、錬金術を本腰を入れて志すとしたら、伝えようとしたのだ。用意していた話はこうだ。人知を超える賢者の石は作成しえないし、錫から金は生まれぬ。超えるとすればそれは神の偉業となろう。最近の学院では、第一原質、第二原質、そこから生まれと言われる第三原質の特性ということを教える。お主には敢えて教えなかった。我々が扱うものは、物質の変成に基づくもの。魔力でいう第四原質に他ならないのは確かだ。風・火・土・水・光・闇・無の馴染みの7元素となろう。今の錬金思想は、第五精髄の達成を目標としている。あらゆる物質に存在するとされる、第五原質を抽出し、神に習い第一原質を生み出す。そう賢者の石の作成を試みようとしているのだ。これらの事象の再現は、神格者が間近にいるがための戯言に過ぎぬ。段がはるかに超えた、我々には手が余ることなのだ。
もう一度言おう。我々が扱う錬金術は、変成術に過ぎぬ。物は形は変わるが、その本質は変化はしない。無から有は生まれぬ。必ず事象が伴う。お主にとって、これらの錬金術の考えは、抽象的過ぎて習う価値も無いとワシは思った。すべてを飛ばして、実体のある第四原質の扱い、第4精髄だけを教えたのはそのせいだ。レッド。お前が神格者に至ることができれば話は異なる。まずは、身分相応の能力を身に着けるのだ、と予定だったのだ」
「ふふふ。ありがたい言葉をありがとうございます」
パラケル師は一息つき、指を使って氷を回し、ロセアスティルの度数を下げる。
「ヘルメスの神書を紐解く今の学院の研究において、賢者の石やら、万能薬、万物溶解液の開発とやらは失敗するとワシは思っている。長年停滞していた古代語が読み解けたわけだが、比喩、暗喩が多い。読んだ後の解析が厳しい。正直ワシも読んでみたが難解を究める。奴らは賢者の石を欲するだろう。得るには神格者の力が必ず必要になると推測する。お主は、神格者に貰った杖が有るのだろう?扱いに注意をしろ。杖を使った、過ぎたる力は身を滅ぼしかねないと思っておけ」
杖と聞いてギクリとした。そうだ。ここに降下して感じたことだ。それをパラケル師から言われたということは、これからの生活に気を付けろと言う事。師から離れ、魔導師となり、一人前と認められた。世に出すことへの責任感も乗るだろう。王都に来てより引き締めなければいけないと感じた。
「なに。現状は今まで通りでよい。魔導師となったのだ。薬は自由に作れることができ、研究もはかどるだろう。間接的にだが王宮からの大義名分も出来たのだ。成果物は解放しても良い。ただ、周囲への影響を考えろ。手法が特殊なものは、パテンツを取るか秘匿するのだ。自ら提供するならその場限りで証拠を残すな。貴族に提供するならマーカーを使え。販売とするなら、テオフラス商会名義として、ベルナル商会の王都店を経由とするのだ。自ら売ることは避けろ。物証となる研究記録はアイテムボックスにいれ、秘匿をしろ。実験データがかすめ取られないように注意も必要だ。リンネも同意の上、互いに契約で縛れ。関係者に開示するなら契約魔法を間に入れるのだ。古代語は堪能だったな。ワシの仕事で教員には通用しないが、牽制位にはなるだろう。契約魔法の方法は後ほど伝授しよう」
なるほど。注意を行るなと。今日の付きまといは教訓となった。
「現在の貴族社会における、お主の立ち位置はワシの傘下。さらにその上には影響力5位のパール家があり、その監督下となる。これからはゲオルク教授の下に付く学院の研究生。パール家の上位としては侯爵家と王家がある。まず気を付けるのは侯爵4家だ。幸いにも学院にはカンティア家とルビシェ家のみとなろう。カンティアは元寄親なので少し安心できる。ルビシェ家の子息は低学年で関わりが少ないだろう。当面の第一警戒は、宮廷魔導師会と総長だろう。あとはクリスティーヌが警戒する教団か。学院でいうと、アルナル教授とレノック教授が宮廷魔導師会から派遣されている。アルナル教授は総長派だな。レノック教授は厳格だから総長寄りというわけではないが宮廷魔導師会の一派という印象をもつ。ムカージ、ゲオルクは研究畑で全く権力競争には関心が無い。俺の後釜のフリードも同じようなものか。学院長は改革派だな、アントニ教授は新しいことが好きで、学院長と意見が合うことが多い」
「ゲオルク教授も現状には不満があるようです。香草学教室の同窓が香草商に落ちているのを引き上げたいようですから」
「ほう。それは良いことを聞いた。少し聞かせてくれ。魔導商と魔導師について、将来を話し合う必要があるのだ。これは今回の病魔にも関連するだろう」
しばらくの間、対等な関係での情報交換の時間となった。
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作者より;ご支援もあり、本話200話の達成となりました。もちろん続きます! これからもお付き合いよろしくお願いします!
中世の錬金術の第四原質は、水・土・火・空気の4元素です。第五原質の"精気""気"は見えません。"魔素"として見えるようにヘルメス神が構築した世界が舞台のヴィヴォ・イグザムとなります。見えるようになったため、4元素ではなく7元素と増えています。
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巻き込まれた薬師の日常 白髭 @downslope5
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