AXES

坂下 道玄

第1話

終わってしまう世界。または終わってしまった世界。

広漠なるセラミックの砂漠。歪んだ地軸がもたらす終わりのない夕暮れ。

新天地が砂に呑まれて幾星霜。ジュンは乾いた掌で小さな欠片を掴みだす。


「見てよ、アル。綺麗な石だ」

太陽と砂から目を守るためのゴーグル越しでもわかる。

黒いレンズ越しでも色が分かるように視覚が適正化されているんだろう。

淡い緑色が光を乱反射して煌めく。


「シーグラスだ。塵芥でしかないよ。」


アルデバラン、アルは僕の道標。翼を失った天使様。

僕はいつだってアルに知らないことを教えてもらう。


「シーグラス?この白い砂原とは違うの?」

「海の欠片さ。」


海の欠片。アルデバランの肩に乗って改めてその石を覗き込む。


「ところでアル、海って何?」

「アクセスに辿り着けばわかることだよ。」


シーグラスをバッグに放り込んでまた黙々と歩く。


十年前、アルが僕を地下で掘り当てるまで僕はアクセスポットに居た。

アクセス。アルが言うには僕のお母さん或いはお父さんのことだ。

お母さんっていうのは僕を生み出した人の事を言うらしい。

お父さんも大体同じ、説明を聞いても違いは分からなかった。

アクセスに辿り着けばわかることだろう。


プリ・インストールされた情報によるとアクセスに繋がれば

生まれた時から全知全能の神様になれるらしいんだ。

それが良い事か悪い事か僕には分からない。

でもどうやら僕には生まれた目的があったらしい。


名前はジュン・アストロブライト808番目のカーボン・コピー。


それ以外は何も知らない。


僕のポットはアクセスに繋がっていなかった。


無知なる大器として僕、ジュン・アストロブライトは

なんとなく満たされず生きてる。

白い砂漠をずっとずっと歩いている。

たまに黒い山がある。

核爆弾で溶けた金属塊らしい。

核爆弾が何かは聞いていない。

アルがあまり言いたくない感じだったから。


アルデバランは天使様。

本当は僕の方が偉いんだけれど、僕は神様のなり損ないだから

アルについて行ってる。なり損ないの神様より、天使の方が多分偉い。

それに、アルがいないと僕はずっと真っ暗に浮いていたから。


真っ暗な地下よりは起伏に富んだ地形だけど

セラミック砂漠も滑らかな黒鉄の山ももう飽きた。

タンブラーに集めた霧から僅かな水分を摂る。

プラスティックの風味がする、鉄臭いよりマシかな。

それとも鉄分も摂っておいた方がいいのかな?


優しい匂いがした。


アルが僕の身体を翼で包み込むと渇き朽ちた皮膚が再構成される。

ハニカム状の光子が皮膚を初期化すると言う方が正しいのかもしれない。


「ありがとう、アル。」


アルは天使なのに飛べなかった。目的地のシグナスまであと1200キロ。

それまでに「ラグナレク」と出会わなければいいけれど。

砂は凪いでる。不気味なほどに。

赤黒い空は風一つない。僕に翼があったなら、こんな日は絶好の飛空日和だ。


嫌な予感と、アルのセンサーは正しかった。

南南西60度、高度800Mに機影を発見する。

飛ぶことと破壊することだけに特化したラグナレク。

鉄の翼と機械の外殻。

僅かな有機体はプログラムよりも勝手のいい処理装置として組み込まれている。

機械の翼は折りたたまれセラミックを溶かしながら下降する。

眼も鼻も無い。牙と爪だけを持つ。

剥き出しの筋繊維を鏡のような外骨格に包む5m大の捕食者だ。


「世界は終わってしまっても、僕はまだ始まってもいないのに!」


アルが僕を包み込む。咽喉のハッチが開き光子ケーブルが僕の延髄に繋がれる。

光となったアルの四肢は僕の四肢を螺旋状に包んでゆく。


腰から生えるのは飛べない翼。切り開く為の光の刃。

アルが昔言っていた。ワルキューレのようだと。

ワルキューレが何か僕は知らない。全て、アクセスに辿り着けばわかることだ。


「ジュン、長くは持たない。さっき回復に使ったばかりだ。」

「わかるよ、今一つになってるから。動けなくするだけが精一杯だろうね。」

アルが頷いた感覚がある。


ラグナレクは間違わない。眼も鼻も無いのは不必要だからだ。

全ての攻撃をギリギリで躱すしかないがそれは不可能だ。


ラグナレクに視覚もなければ死角も存在しない。

正面も中心も厳密にはない。彼らの本能は範囲内の生物の殲滅だ。

光刃で攻撃を受け止めて、正面突破しか方法が無い。


「ジュン、方法は一つだけ。委ねるがいいさ。」

「ありがとう。大変なことを君に任せてばかりだね。」


アルの意識が僕になだれ込む。透明で心地よくて、ほんの少し怖い。


周囲は光に包まれ、一塵の彗星の如く。外骨格ごとラグナレクの身体を切り裂く。


これで一時しのぎにはなるだろうか。

筋繊維を焼き尽くさなくては数時間で彼らはまた繋がる。

アルの意識が静かになる。


ありがとう。トドメは僕が差す。


ペットボトルを潰す感覚に似ていると思った。銅と脚に分断された肉体から黒い体液が噴出する。


新天地の残骸から見つけたコーラを思い出す。あれはとても美味しかったーーーーー

弾ける二酸化炭素。甘さがと刺激が脳漿と飢えを満たす。僕は恍惚の中にいた。

音楽が流れる。ノイズが奏でるメロディ。金属が壊れる音。


「やめろ!」


どうしたんだよアル?


「やめてくれっ…」


コーラはこんなにも美味しいのに。


もし、アクセスに辿り着いたらコーラの工場を作る!これは最優先事項だねーーー


接続が途切れる。途端に僕は寂しくなる。僕を満たしていたアルが消えて。

伽藍洞になった僕にコーラがなだれ込む。それは少しだけ苦しい。



「…何 故、ラ グ ナ レ ク を 喰 っ て い る ん だ ?」



僕は正気を取り戻す。目の前にははらわたを抉られたラグナレク。

その鏡面状の外骨格に映る歪んだ僕の姿は黒い血に染まった獣だった。


わからなかった。お腹一杯だ。とても、とても眠い。どうしたんだよ、アル。何がそんなに悲しいんだ?


翼の感覚が心地よかった。アルが僕をおんぶしてしてくれてる。

ほんとにアルにはおんぶにだっこだな僕は。


知らない沢山の声がする。アルよりずっと五月蠅くて、透明じゃなくて濁っている。

僕は繋がりたくないなと思った。天使以外と繋がれるかは僕は知らないけれど。

脆弱な細胞をした生き物に囲まれていた。人間っていうのかもしれない。

集団から一人代表者が現れる。


「ようこそ、シグナスへ。私はマクスウェル。マックスとお呼びください。」

マックスと言う者は、繊維で編まれた薄い布を差し出す。


「これは何?あまり美味しくはなさそうだけど?」

マックスは眼を背けながら言う。アルはいつも僕の眼を見てくれるのに。


「何って!服ですよ、あなた方の恰好は眼に毒だ。」


人間たちは一様に赤茶けた布に身を包んでいた。


「目に毒?ゴーグルで十分だよ?」

シグナスは適正化されている。ゴーグルも必要ないくらいだ。


「マックス、君達ほど私たちの皮膚は脆弱じゃない」

アルも同意する。


「そういうことじゃないんです!だって君たちは女の子でしょう!」


アルと僕は眼を見合わせる。

良く分からないけれど、アクセスに辿り着けばわかることだ。
















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