ハグだけでいいから
どこかのたいちょー
ハグだけでいいから
「ね、ハグしようよ」
「え、急にどうしたの?」
彼女の口から放たれた言葉に動揺せずには居られなかった。
だって彼女は幼馴染で、友達で。
今まで二人の関係を壊すようで恐ろしささえ感じた。
「急に言われても困るよ」
「なーに。恥ずかしいの?」
「別にそう言うのじゃなくて……」
「なら良いじゃん」
そう言って彼女は両手をこちらに向かって広げ、じりじりと距離を詰めてきた。
本当は恥ずかしかった。
多分彼女にもばれてると思う。
顔だってものすごく熱いし、段々と何も考えられなくなっていっている気がした。
逃げようにもそうはいかずただ彼女に抱擁されるがまま、ただただ速鳴る心臓の音が鳴り響く。
強く抱き合っているわけでもないのにが触れ合った部分は沈み込み、包みこまれるような感じがした。
いい匂い。
柔軟剤の香りではない。
ただただ甘い、惑わされるような、落ち着くような匂い。
呼吸と心拍数が合わさっていく。
それにつれてお互いの体が溶け合うような――
――どれほどの時間が経ったのだろう。
彼女が抱擁を解き、それと同時に満たされた時間が終わっていく様な感覚がした。
夕刻の赤い日の光が彼女の背後から差し込みながら部屋全体を照らしている。
逆光のせいだろうか、影が落ちた彼女の表情は暗く沈んでいるように見えた。
「大丈夫?」
「?」
気のせいだったのかな。
問いかけに対して疑問符を浮かべるように首をかしげながらこっちを向いた彼女は、いつものようにニコッと口角を釣り上げる。
そしてどこかのオールマイティーなおじさんヒーローを想起させるような決めポーズを繰り出しながら言った。
「私に悩み事があると思うかい? 残念! 私の笑顔は全ての影を吹き飛ばしてしまうのだ! わっはっはー」
「あはははっ」
彼女のおかげでこうやって毎日明るい日々を送ることができている。
その日を境に彼女とのハグは日課へと変わっていった。
会った時一番最初めのとお別れの前の抱擁。
加えて日を追うごとに衝動的なものも増えていった。
合う度に繰り返す行為。
二人はお互いの存在にすがりつくようににさらなる刺激を求めつづけていた。
まどろみ、溶け合い、絡みつく。
灯火を継ぎ足すように、灯火を奪い合うように。
お互いに気持ちは分かってる。
それでも言葉にすることはできない。
しちゃいけない。
それをしてしまったらお別れが寂しくなっちゃうから。
だから。
それだけでいい。
ね、しようよ。
ハグだけでいいから。
ハグだけでいいから どこかのたいちょー @hiiragihiiragi
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