第15話 リスポン探偵

「令人君!?」


 突き飛ばされたマキナが顔を上げると、既に令人の肉体は真っ二つに両断された後だった。AR表示された彼の名前は真っ黒になり、ステータスが「死亡」へと切り替わる。

 そして、二つになった彼の死体は、倒されたモンスターがそうなるように煙となって霧散し、その場から消えていた。

 彼がいた場所に残されているのは、いつの間に落としたのか、数枚の金貨のみ。


「あ……」


 先程まで彼がいた空間を呆然と見つめ、硬直するマキナ。


「あっ、くそ。レベル差があったのを忘れてた」


 一方、勇太は頭を掻きながら暢気な様子でそう呟いた。


「死なせるつもりはなかったんだが……」


 たった今、人を殺したばかりとは思えない口調の軽さに、マキナははっと顔を上げる。

 そんな彼女の様子に、勇太は苦笑して言った。


「安心しなよ、あくまでもこの世界はエルエオなんだ」

「……エルエオで死亡したプレイヤーキャラクターは一定の経験値と所持金の10%を失って、直前にセーブした宿かゲームのスタート地点まで戻される」

「そういうこと。さっきの大男も今頃はどっか別の場所でリスタートしているはずさ」


 令人が落とした金貨を拾いながら、勇太はそう言ってため息をつく。


「ったく、こうなるとめんどいから瀕死くらいでとどめておきたかったのにさ。あんた達が弱すぎるせいで……」


 圧倒的優位に立ちながらも、少し悔しそうな勇太の口調。

 それを聞き、マキナは彼の意図を理解する。

 この世界でのプレイヤーは実質不死身。いくら殺しても、すぐにリスタートして蘇ってきてしまう。

 つまり、マキナによる脅威を排除したい勇太にとって、彼女達を殺すことに意味なんてないのだ。むしろ、殺してしまうことで相手にリスタート地点まで逃げられてしまい、敵側に反撃の機会を与えてしまう。


(つまり、本来の目的は拘束……)


 瞬時に視線を走らせ、自分の近くに落ちていた拳銃を見つけるマキナ。

 彼女はそれに飛びつくと銃口を自分のこめかみに当て、引き金に指をかける。


「おっと、危ない」


 しかし、引き金を引くことはできなかった。

 勇太が手をかざした一瞬で、拳銃ごと彼女の右手が凍り付いている。


「これは……?!」

「対象を一定時間、氷結状態にする魔法『アイシクル・バインド』さ。詠唱時間ゼロ(インスタント)で撃てる拘束系スキルだからPVPでは結構役にたつ」


 そう説明しながら剣を仕舞い、マキナの元へと歩み寄る勇太。

 逃げようとするマキナだったが、いつのまにか両足も凍らされており、地面につんのめってしまった。

 そんな彼女を見下ろし、満面の笑みを浮かべる勇太。


「……さーて、睡眠薬のお返しをしないとな」


 そう言って彼が手をかざすと、突如として強い睡魔がマキナへと襲いかかった。

 起き上がろうとしていた手足から力が抜け、べしゃりとその場に崩れ落ちるマキナ。


「『スリプル・ダウン』ーー、対象を眠らせーー、状態異常のーー」


 律儀に使った魔法の説明をしているらしい勇太の言葉も、鈍化した意識の中では上手に聴き取ることができなかった。 


(…………れいと、くん……)


 消えゆく意識の中、マキナは離れた場所にいる彼を思う。


(あと……、まかせ……)


 それを最後に、彼女の意識は深い眠りの底へと落ちていった。


 



 強くなれ。

 それが、幼少期の首藤令人が父親から与えられた唯一の教えだった。

 それは別に「何事にも揺るがない精神力を身につけることが大事」だとか「どんなときでも諦めない心を持とう」とか、そういう高尚な話ではない。

 ただ単に、言葉通りの「強い力を身につけろ」という意味である。

 弱肉強食。力こそ全て、というのが父親のモットーだった。

 富豪だろうが政治家だろうが、科学者だろうが王族だろうが、死ぬまで殴り続ければ殺すことができる。

 暴力は最もシンプルかつ効率的な物事の解決手段である。

 そう宣いながら酒を飲み、飲んでないときは酒瓶を振り回し、たまに薬物に手を出しては奇声を上げて、またも酒瓶を振り回す。逃げ惑う母親を捕まえ、どう殴れば効率的に相手の心をくじくことができるのか懇切丁寧にレクシャーしてくる。父親はそういう男だった。

 そんな彼の英才教育を受けてすくすく育った令人が望まれた通りの力を手に入れ、父親を殴り飛ばして家を出たのは十五歳の夏のことである。

 九練曲里と名乗る女探偵と出会ったのも、そのときだった。


「君には優れた殺人鬼になる才能がある」


 路地裏で絡んできた不良集団のことごとくを殴り倒し、骸の山を踏みつけにしていた令人を見て、彼女はそう評価した。

 よく分からないが何か因縁をつけられたようだ。そう判断し拳を振り上げた令人に向かって、彼女は微笑んでこう続ける。


「だがどうせなら、優れた探偵になってみないか?」


 その、意外というか意味不明な彼女の言葉に、思わず止まる令人の拳。


「君に、暴力よりも面白い物事の解決方法を教えてあげよう」


 それが、探偵助手・首藤令人の始まりである。





(……なんだか、昔のことを夢に見たような気がする)


 そんなことを考えながら瞼を開いた令人が一番最初に抱いた違和感は、空の狭さだった。

 視界に写るのはコンクリートの塀に、立ち並ぶ電信柱、そして蜘蛛の巣のように張り巡らされた電線の数々。

 どれも、この二週間近くはお目にかかっていない光景である。

 そう、この光景は、まるで、


「っ?!」


 全身に戦慄が走り、令人は即座に起き上がった。

 素速く警戒態勢を整え、周囲へと視線を走らせる。

 視界に飛び込んでくるのはアスファルトの地面、そびえ立つマンション、走る自動車。


「…………そんな」


 やはり、間違いない。

 震えながらも、令人は呟く。


「……元の世界だ」

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転生探偵 〜探偵VS転生チート〜 晶目間昌 @akiramemasyo

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