第14話 決闘探偵


「探偵と助手!?」


 片手剣を振りかぶりながら、勇太が叫ぶ。

 その刃に込められた魔力に気づき、横に飛ぶ令人。

 直後、令人がいた場所を切り裂く「オーラブレード」を横目で見ながら、彼は持っていた棍棒で勇太の顔面を狙う。


「……っ!」令人の攻撃を盾で受ける勇太。「普通の探偵は地雷仕掛けたり、銃で撃ってきたりしないだろ!? なに? 元軍人とかそういうキャラなわけ?!」

「殺人事件の捜査に、凶器への深い造詣は必須。凶器となり得る武器の取り扱いは探偵としての必修科目だ」

「嘘つけ!」


 勇太のシールドバッシュを受け、令人が弾き飛ばされる。


「本当なんだが……」


 そう独りごち、手持ちのポーションで回復を行う令人。

 勇太からしたらただ小突いただけであろう今の攻撃でも、令人のHPは軽く三分の二ほど削り取られてしまっていた。

 改めて両者の間にある絶望的なまでのステータス差を認識し、令人は冷や汗を流す。

 仕掛けた罠を掻い潜られた上での接近戦。

 それは、マキナが想定していたいくつかの展開の中でも、下から数えて三番目くらいに悪い状況だった。

 一瞬の油断が命取り。

 だが、まだかろうじて、想定の範囲内ではある。


(距離を離されて魔法を撃たれるのが一番まずい。かといって近づきすぎても、あの小柄な身体で懐に入られて危険……ならば)


 令人は瞬時に判断し、フェイントのステップを交えつつも勇太の死角へ回り込んだ。


「ぬおっ?!」


 そのまま全身のバネを使って、勇太の側頭部へ棍棒をたたき込む。


『DAMAGE 1!』


 しかし、完全に不意を突いたはずのその一撃でさえ、勇太には何の痛痒も与えることはできなかった。


「檜の棒で勇者に殴り勝とうなんてなぁ! 考えが甘いんだよっ!」


 カウンターで放たれた横薙ぎの一閃が、令人の持つ棍棒の持ち手から先を切り飛ばす。


「同感だ」


 令人は素速く距離を取りながら、懐から拳銃を取り出して構えた。


「ひっ!?」


 反射的に身構える勇太の隙を狙い、即座に三連射。

 二発は盾と鎧に阻まれるも、最後の一発を眉間にたたき込むことに成功する。

 しかし、


『DAMAGE 1!』


 死なないまでも、流石にもう少し効果があってもいいと思うんだが。

 表示されたそのAR表示に舌打ちし、銃を投げ捨てる令人。


「……?」


 そんな彼の様子に、ようやく勇太は先程から感じ続けていた違和感の正体に思い至る。


「なんだ、そういうことか」


 撃たれたばかりの眉間を摩りながらステータス画面を開いた彼は、今の攻撃で減ったHPの数値を確認して、笑った。


「さてはお前…………、すごく弱いな?」


 そう言い終わるや否や、勇太は構えていた盾を足下の地面へと叩きつける。

 別に令人を狙ったわけでもない空振りの攻撃。

 しかし、その一撃から生まれた衝撃波は凄まじく、近くにいた令人は体勢を崩してしまう。その隙をつき、肉薄してくる勇太。


「そして僕は、とてつもなく強い!」


 そのまま彼は盾を構え、令人の巨体に体当たりをたたき込む。

 子供と大人。

 体格差を考えれば本来はあまり意味を見いだせないその行動だが、しかし、令人の肉体はゴム鞠のように弾き飛び、10メートルほど先の地面まで吹き飛ばされていた。


「がッ……、ぐっ?!」


 一瞬でレッドゾーンまで持って行かれる令人のHP。

 まるで車に跳ね飛ばされたかのような痛みに、令人は地面をのたうち回る。


「やっぱりそうだ」


 そんな彼の様子を眺め、勇太は凄惨な笑みを浮かべた。


「シールドタックル……。本来なら敵をスタンさせるために使う、威力なんて無いに等しいスキルなのに」


 赤く染まった相手の名前を確認し、ため息をつく勇太。


「とんだ見かけ倒しだな」


 魔女の一味は脅威だ。全力で戦わないと世界を奪われる。幾度となく女神から聞かされたその警告のせいで、勇太は令人達を過大評価しすぎていた。

 だが、蓋を開けてみればこの状況。

 この世界にきて1~2週間の令人と、十年選手のベテランプレーヤーである勇太では、最初から勝負になんてならなかったのである。


「やっぱり、この世界の僕は最高だった」


 襤褸雑巾のようになって地面に転がる令人を見下ろし、勇太は噛みしめるように呟く。


「……なぁ、教えてやるよ。このエルエオでは、戦いの前にどれだけ準備を整えてきたのかが勝敗の命運を分けるんだ」


 別にそれはエルエオに限った話じゃないだろう。そんな突っ込みを返そうとした令人だったが、あまりのダメージに呻くことしかできないでいる。


「これまで僕が積み重ねてきた経験値はお前との間に絶対的な戦力差をもたらし、この日のために用意してきた装備はお前達の仕掛けた卑劣な罠全てに対応しきった。こうして、まっとうな殴り合いが始まった時点で、既にお前の負けは決定したも同然なんだ!」


 そう勝ち誇り、片手剣を振り上げる勇太。


「恨むなら、準備不足の自分を恨むんだな!」


 彼がそう叫び、その手を振り下ろそうとしたそのときだった。


 突然、彼の視界がぐらりと揺れる。


「……へ?」


 身体から力が抜け、振り上げた剣を取り落とす勇太。


「なん? これ……急に……、眠く……?」


 何が起きたのか分からないまま、ふらり、ふらりと後ずさる。

 そんな彼の背後には、見覚えのある金髪金目の少女が立っていた。


「君の言うことは正しい。戦いは、事前にどれだけ多くの準備を積み重ねてきたのかで勝負が決まるものだよ」


 ゴブリンの森から全力疾走してきたせいだろう。

 肩で息をしながらも、格好つけて決め科白を言うマキナ。


「……魔女っ!? お前、何を……」


 今にも途絶えそうな意識を必死で繋げながら、勇太が問いかける。

 そんな彼に、マキナはにっこりと微笑み返した。


「実は私たち、一週間前に君の居場所を特定してからずっと、君のことを観察していたんだ。君がどこで寝起きし、何を食べ、どこへ向かって何をするのか。その生活の全てをね」

「な……?」

「君が今朝、食べたホテルのルームサービス。あれに、遅効性の睡眠薬を仕掛けておいた。……本当なら、穏便に会話を楽しんでる最中に効いてくる予定だったのに、君が意外と喧嘩っ早くて焦ったよ」

「そん……、ひきょう……っ」


 呂律が回らない舌を必死で動かし、罵ろうとする勇太。

 そんな彼に、マキナは言った。


「言っただろ? これから卑怯なことをするって」

「く……、そ…………」


 そう言い残し、勇太はその場に崩れ落ちる。



 ……ここまで。


 ここまでが、令人が予めマキナより聞かされていた計画の全てだった。

 この後は昏睡した彼を、マキナの作った扉で前の世界に連れ帰り、両親の元に送り届ける。そうして、とりあえずの依頼を達成させる。そういう段取りだった。

 だから、

 たった今、睡眠薬で眠り込んだばかりの勇太が突如として起き上がった瞬間、令人は我が目を疑った。


「……ふぅっ! あっぶなっ!」


 そう言って取り落としたばかりの剣を拾った勇太は、素速くバックステップしてマキナ達から距離を取る。


「睡眠薬とか、そこまでやるか?! マジでドン引きなんですけど!!」

「…………」「…………」


 平然とそんなことを言ってくる勇太に、令人とマキナは顔を見合わせる。

 そんな二人の様子に気付いた勇太は、こほんと咳払いをしてから、言った。


「この手首につけた『レジストリボン』ってレアアイテムは、バッドステータスの効果時間を半分にすることができるのさ。そして僕は、この装備を五つ集め『限界突破』したことによってこの特殊効果を最短一秒にまで強化し……」


 そこまで言いかけた勇太は、口を開けたまま動かない令人の姿を見て言葉を止める。

 そして、ニヤリと笑って言い直した。


「……言ったよな? 戦いはどれだけ準備を積み重ねてきたかで勝負が決まるって」

「……っ!? 危ない!!」


 彼が無造作に振るった剣から放たれた「オーラブレード」の魔力に気づき、令人は隣にいたマキナを突き飛ばす。

 直後、軽い衝撃と上下逆転する視界。

 両断され、切り飛ばされた自分の上半身が宙を舞っている。

 そのことに気付いた時には既に、令人の意識は既にその場から失われていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る