第13話 卑怯探偵

「ちょっと待った。私は別に、君に危害を与えるつもりは……」

「信じるかよ! 魔女の言うことなんて!」


 両者の距離は4メートルと少し。

 あらゆる剣技と魔法を習得した魔法騎士の勇太にとって、そこは既に必殺の間合いだった。


「オーラブレード!」


 それは刃に魔力を纏わせ、斬撃を飛ばす攻撃スキル。

 魔法騎士ならば初期から使える基本技で、技の出が早いもののあまり威力の無い、本来ならばボクシングのジャブのような役割を持つ攻撃手段。

 だが、勇太ほどの高レベルになるとそれは、一撃必殺の奥義に姿を変える。

 高レベルの魔力で放たれる、単純なステータス値の暴力。先日、キングサラマンダーをなます切りにしたのもこの技で、その威力は折り紙付きだった。


「これで……終わらせるっ!」


 魔力の乗った片手剣を振りかぶる勇太。

 そのまま勢いよく一歩踏み込み、斬撃を飛ばそうとして……、

 カチリ。

 彼の耳は、自分の足音で鳴った微かな音を聞き取った。


「……ッ!?」


 長年冒険者として活動してきた彼の危機感知能力が、瞬時に判断する。

 攻撃を途中でキャンセルし、素速くバックステップする勇太。

 直後、先程まで彼がいた場所が爆炎に包まれた。


「なっ……!? ……じ、地雷っ?!」


 強い熱風を顔に受けながら、彼は叫ぶ。


「なんだそりゃ!? こんなアイテム、エルエオにないだろ!?」

「ないんじゃないかな?」


 激しく混乱する勇太を眺めながら、マキナは平然と答えた。


「だってそれ、あっちの世界から持ち込んできた代物だし」

「そ……」


 勇太が、その言葉を理解するのに数秒かかった。


「ありかよ、そんなの!? 卑怯だぞ!」

「いやいや、いきなし問答無用で美少女を真っ二つにしようとした君に言える科白? それに……」


 慌てふためく勇太少年に苦笑しながら、マキナは続ける。


「本当に卑怯な事をするのは、これからさ」


 そう言い終わるやいなや、マキナは隠し持っていたスイッチを起動した。

 すると、バックステップして下がったばかりの勇太の立ち位置……、その周囲2メートルほどの地面が円を描くように同時に爆発する。


「っ?!」


 盾を構え、爆風に備える勇太。

 しかし、今の爆発は彼を狙ったものではなかった。

 爆破の衝撃で足下が割れ、ぐらりと沈む勇太の身体。


「落とし穴……っ!?」


 彼の理解が追いついた時には既に、その身体は深さ5メートルはあろうかという縦穴に真っ逆さまに落ちていた。


「なんの……っ!?」


 落下中に素速く姿勢を整え、無傷で着地する勇太。

 しかし次の瞬間、彼の瞳は掘られた穴の奥底に複数設置された、奇妙な筒状の何かを視認している。

 その小さい筒は全て一本のコードで繋げられており、勇太の記憶が確かならばそれは、


「もしかして、ダイナマイーー」


 彼が最後まで言い切る直前に、マキナはスイッチを押していた。





 落とし穴に仕掛けた無数のダイナマイトが起爆し、激しい爆炎が勇太の身体を包み込む。

 轟音と共に崩れ落ちる落とし穴。

 巻き上がる熱風で乱れる髪を押さえながら、マキナはゆっくりと爆破地点へ歩み寄る。


「……さて、どうかな? ターミネーターでも倒せそうなくらいの威力はあったと思うんだけれど……」


 そこまで言いかけて、目の前に落ちる影の存在に気づき、立ち止まる。


「……そういえばこのゲーム、中盤から空を飛べるようになるんだっけ」


 頭上を見上げながら呟くマキナ。

 その視線の先には、崩れ落ちた穴の上空に浮遊する勇太少年の姿があった。

 足に装備したアイテム「フライングブーツ」の効果で空中浮遊した彼は、落とし穴が崩れ落ちる直前に空へと逃れていたのである。


「ふ、ふふ、ふふふ……」


 地上10メートルほどの地点に浮かびながら、勇太は頬を引きつらせて笑う。


「馬ぁ鹿! この世界にない武器なら効くとでも思ったのか!? ドラゴンの火球すら容易に防ぐこの鎧にぃ、そんなチンケな炎が通用するわけないんだよぉ!」

「それにしては焦っていたみたいだけど?」

「うるさいっ!」


 そう叫ぶ勇太の身体には、確かに傷一つついていなかった。


「……無傷、か」


 改めて感嘆の声を上げるマキナに気をよくしたのか、勇太は言葉を続ける。


「さすがの魔女も、エルエオについては素人みたいだから教えてやるよ! 僕のこの鎧……『プラチナ・アキレウスアーマー』は、あらゆる属性攻撃を50%カットする特殊能力が備わったウルトラレアの限定装備! それに加えて、炎攻撃を50%カットする『イフリータの指輪』を装備することで、炎属性の攻撃を完全に無効化することができるのさ!」

「爆発によって生じる運動エネルギーは炎属性なの?」

「更に僕は、イフリータの指輪に加え、他4属性の精霊の指輪も既に入手しているっ!」


 マキナの感想を無視して勇太は自慢を続ける。


「これがどういうことか分かるか?! つまりっ! 僕にはっ! ありとあらゆる属性の攻撃が、通用しないってことなんだよぉっ!」

「なるほど……?」


 自分の上空で勝ち誇る勇太を見上げながら、マキナは顎に手をあてて考える。


「じゃあ、次を試してみよう」

「次?」


 彼女の言葉に勇太が首を傾げた、その時だった。

 彼の隙だらけの後頭部に、目に見えぬ速さで「何か」が到来し、

 直後、金属同士が激しくぶつかり合うような異音が発生する。


「うぉっ?」


 突然のことに驚き竦む勇太。

 彼は反射的に自分の後頭部に手を伸ばし、そこにへばりついたものを確認して、


「……銃弾?」


 その潰れた金属片の見覚えのある形状に、数秒遅れて驚愕した。


「そ、狙撃っ!?」





(命中したのに、びくともしないか……)


 スコープ越しに勇太少年の動きを観察しながら、令人は心の中で呟いた。

 今、彼がいるのは、マキナや勇太たちから300メートルほど離れた後方、ゴブリンの森入り口を見下ろせる丘の上。

 そこに伏せ、狙撃銃を構えながら、令人は流れるような手つきで次弾を装填する。


(前回の反省を踏まえて、しっかりDEXにもステータスを振っておいたのだが……)


 単純に彼我のレベル差がありすぎるのか、それとも何か仕掛けがあるのか。

 そんな雑念を頭の隅に追いやりながら、令人は再びトリガーに指をかけようとして、気付く。

 スコープの中にいる勇太少年が、まっすぐこちらを見ていることに。

 本来なら決して交わることの無い視線。


「……っ!?」


 瞬間、研ぎ澄まされた生存本能が令人の身体を動かしていた。

 彼が全身のバネを使って飛び退いた瞬間、先程まで彼が伏せていた地面に片手剣が振り下ろされている。

 衝撃で割れる地面。まさに間一髪のタイミングだった。


「何だとっ?!」


 普段は冷静な令人も、流石に動揺を隠せず叫ぶ。

 だがそれも無理ない話だった。何せ、つい数秒前まで500メートル先にいたはずの勇太が今、目の前に立っていたのだから。


「今のをかわすとか、反射神経ぱないな」


 地面から剣を抜きながら、そんなことを言う勇太少年。


「その凶悪そうな面構え……、さしずめ魔女の手下って所か!」

「……今、何をした?」


 思わずそう問いかけた令人に、彼はニヤリと笑みを浮かべる。


「やっぱりあんたら、エルエオは素人だな? 直前に攻撃してきた敵の背後に瞬間移動することができる『カウンターシフト』……、高ランク帯では割とメジャーな移動スキルさ」

「……さっきの、狙撃を防いだのは?」

「この、『矢封じのイヤリング』に備わった特殊能力だ。本来なら長距離攻撃の威力を75%減退させる装備品なんだけど、『限界突破』で強化したことにより、減退率を100%まで引き上げて……」

「わかった。もういい」


 得意げに語る勇太の言葉を遮り、令人はため息をつく。


「……なんというか、なんでもありだな」

「あんたらがそれ言う? いきなり爆弾でドッカンドッカンしてきたと思ったら、お次はライフル狙撃? 僕じゃなきゃ、死んでるだろコレ!」


 そんな彼の言葉に、令人は頷く。


「確かに。でも、君だから死ななかった」

「…………」


 その言葉に引っかかりを覚えたのか、勇太が怪訝そうな顔をした。


「……あんたら、いったい何なんだ?」


 武器を構えなおし、周囲を警戒しながらも彼は聞く。

 その質問に令人はしばし考え、言った。


「ただの探偵と、その助手だ」

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