第12話 邂逅探偵


 冒険者、YOU・TURNの朝は早い。

 日の出前には既に起床し、軽い準備運動の後に装備品の整備を始める。

 彼ほどの高レベル帯になると、装備するアイテムひとつひとつに備わった特殊効果の有無が生死を左右することが多い。

 きちんと最適な効果が生まれる組み合わせになっているか、消耗度はどれくらいかなど常に把握しておくことが重要なのだ。

 整備を終え、装備を整えると彼は朝食の準備を始める。

 彼がルームサービスで頼んだのは豚の角煮。朝から食べるには些かこってりしたメニューだが、最近の彼は毎日この料理を食べている。

 別に好物というわけではない。

 この世界では食べた料理によってステータスに若干の補正が入る仕様なのだが、現状、豚の角煮がもたらすステータス上昇が彼にとって最も効率的なのである。


「胃もたれきっつ……」


 そう独りごちながら、自分のステータス画面を開くYOU・TURN。しっかりバフが入っていることを確認した彼は部屋を出て、近場の冒険者ギルドへと向かう。


「おはようございます。今日も早いですねー」


 そう言って笑いかけてくるのは、顔見知りのギルド職員だ。

 かれこれ十年以上冒険者をやっているおかげだろうか。その昔なじみのギルド職員は、既に彼が選ぶであろうクエストカードを用意してくれていた。

 ギルド本部から発行される一日一回の特別なクエストカード。通称、デイリークエスト。

 午前中はこれに取りかかるのが、彼の日課なのである。


「リムリサ近くにあるゴブリンの森、その奥地への調査依頼……か」

「別任務で探索していた冒険者達が、正体不明のモンスターを目撃したとのことで……」

「あぁ、知ってる知ってる」


 クエストの説明をしようとする職員を遮り、彼は苦笑する。

 ダンジョンの最奥で待っているのはボスモンスター・ゴブリンチャンピオン。難易度的にはそれほど難しくない部類のクエストだ。

 彼はゲームプレイヤー時代に飽きるほどこのクエストを周回していたし、この世界に来てからも何度かクリアしたこともある。目を瞑っていてもこなせそうな任務だった。

 慣れた手つきでメニュー画面を開き、テレポートの呪文を選択する。


「とりあえずリムリサまでテレポートで移動して、そこからは徒歩っと……」


 ゴブリンの森は街から歩いてすぐだから助かる。ゲームスタート地点に近い場所だから出てくるモンスターも雑魚ばっかりで警戒する必要もないし……。

 鼻歌を歌いながらそんなことを考えていた彼は、ダンジョンの入り口付近に誰かが立っていることに気がついた。

 他の冒険者だろうか。自分より早くダンジョン入りする奴なんて珍しい。

 そこまで考えた彼に、その先客……金髪金眼の少女はにっこり笑って、こう言った。


「ようやく会えたね、胆田勇太君」





 少年の名前を呼んだ瞬間、彼の瞳がすっと細められたのをマキナは見逃さなかった。


「……どうして、その名前を?」


 静かな声で、そう問いかけてくる白い鎧の魔法騎士。

 一般的な中学生男子の背丈に特徴的なマッシュルームカット、どこかあどけないその顔も、元いた世界の彼そのままだ。

 だが、がっしりした鎧を身に纏い、盾を構えるその姿はなかなか堂に入っており、全体的な雰囲気がちぐはぐだった。


「あれから十年経っているはずだけど、この世界では年をとらないのかい?」

「……質問に質問を返すなって」


 そう言って一歩、踏み出してくる勇太少年。

 しかし、警戒しているのかそれ以上は近づいてこなかった。


「…………」


 ざっくり5メートル。相手との距離を計りながら、しばしマキナは考える。

 この態度……。やはり、彼は自分たちの到来を事前に予期していたらしい。

 ならば、考えられるこの後の展開は……。


「私の名前はマキナ・ランダバート。前世では、九練曲里というしがない名探偵だった」

「しがない名探偵?」


 間抜けな単語につられたのか、更に一歩進む勇太少年。


「私は君の母君から依頼を受け、君のことを探していたんだ」

「母さんが……?」

「そう。そして私は事件現場にあった魔力の痕跡を辿り、この世界に来た。……どうやってかって? 私は名探偵だからね。異世界を渡り歩くことすら容易なのさ」

「……? あんた、何言ってるんだ?」


 盾を持つ手に、微かな力が込められる。

 僅かに漏れる敵意。

 それは正体不明かつ意味不明の人物に対する警戒心……ではない。


「さて、勇太君……」


 マキナは少年の方へと差し伸べ、言葉を続ける。


「元の世界に帰ろう。君の家族が待ってるよ」


 その言葉に、勇太少年の眼が見開かれた。


「やっぱり、そうか」


 慣れた手つきで剣を抜き、構える。


「子供の外見に騙されそうになったが……。お前、魔女だろ? この世界を破壊しに来たんだよな!」

「魔女? 破壊?」


 きょとんとするマキナを無視し、勇太は剣の切っ先を彼女へ向けた。


「ここは……このエルエオは、最低な僕が、最高でいられる唯一の場所なんだ! それを、お前なんかに奪わせはしない!」

「!」


 勇太の全身に魔力が漲り、空気が揺れる。

 見開かれたその瞳は、絶対的な敵意に満ち満ちていた。


「覚悟しろ、魔女! 全力でお前を排除する!」

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