第11話 一方その頃

 港町リムリサの北部、この国の首都であるイガルドとの間に広がる険しい山岳地帯。

 その一角にある大きな採石場跡で、とある冒険者のパーティーが絶体絶命の窮地に立たされていた。

 対峙するは全長10メートルはある巨大な炎トカゲ「キングサラマンダー」。

 エネミーレベルは80で、平均レベルが30前半の彼らには到底かなわない強敵である。


「な、なんで!? なんでこんな所に、高レベルモンスターが!?」

「よそ見するな! 一発でも食らったら終わると思え!」

「に、逃げ……」

「駄目だ、向こうの方が速い! 追いつかれる!!」


 この地域に出現するモンスターの平均レベルは20前後。決して、このパーティーが弱いというわけではない。

 しかし、今回は相手が悪かった。

 キングサラマンダーは極々低確率で出現するユニークモンスターで、一帯のモンスターを率いる主のような存在なのである。

 もし倒せれば強力な武器の素材となるアイテムを落とすが、倒すには相当の実力と準備を必要とする。ゲームのエルエオワールド・オンライン内でもキングサラマンダーといえば、上位プレイヤーしか相手にできない強敵として有名だった。


「きゅ、救難信号の魔法は出した……、増援が来てくれれば……」

「増援はやくきて、はやくきてー!」

「馬鹿! こんなところに誰が来てくれるっていうんだ!? そ、それに誰か来たところで、こんなバケモノ……、誰にも勝てっこない!」

「も、もう駄目だ……、おしまいだ……」


 次にキングサラマンダーが攻撃に移った瞬間、彼らの人生は幕を閉じる。

 絶対的な死の恐怖に膝から崩れ落ちる冒険者達。そんな彼らを焼き付くさんと、キングサラマンダーは大きく口を開いた。

 放たれる灼熱の火球。着弾したら、恐らく骨も残らない。

 そんな避けようもない絶望に冒険者達が目を閉じた、その時だった。

 冒険者達の背後から白銀の鎧を纏った少年が飛び出し、火球の射線上に立ち塞がる。

 そして、鎧の少年は背負っていた大盾を構え、キングサラマンダーの攻撃を正面から受け止めた。

 あまりの衝撃にビリビリと揺れる空気。周囲に響く轟音。

 しかし、彼は平然とした顔でその攻撃を無力化していた。敵の必殺攻撃に一歩もたじろがず、その盾には傷一つついていない。

 圧倒的優位から一転、突如として現れた乱入者に警戒するキングサラマンダー。

 少年はそんな敵を一瞥してから、背後の冒険者達に声をかける。


「待たせたな!」


 その言葉に、絶望していた冒険者達から喝采が上がった。


「もう救援がきたのか!」

「はやい!」

「あの白銀の鎧は……!」

「きた! 彼がきた!」

「これで勝つる!」


 白銀の鎧を纏った魔法騎士の少年・YOU・TURN。

 現存する全てのスキル・魔法を習得し、ありとあらゆる武具を集め、その圧倒的な戦闘力で魔王すら打ち倒したと噂されている少年。

 彼は冒険者の間で生ける伝説として囁かれる、超大物の実力者だった。


「……タイミングはバッチリだな」


 片手剣を抜きながら、誰にでもなく呟く少年。

 敵との間合いを計りながらも、後ろへと呼びかける。


「危ないから、ちょっと下がってて」


 そんな彼に、冒険者パーティーのリーダー格である戦士が慌てて言った。


「い、いくらあんたでも、このバケモノ相手に一人じゃ……」

「え?」


 戦士が言い終わる前に、鎧の少年の行動は終わっていた。

 悲鳴も、抵抗もない。

 キングサラマンダーは自らの命が終わったことに気付かないまま切り刻まれ、その巨体はサイコロステーキの様にバラバラになり崩れ落ちている。


「…………っ!」


 目を見開き、口をあんぐりと開けて固まる冒険者たち。


「……?」


 そんな彼らの様子に気付いた少年は密かにほくそ笑み、言った。


「また僕、なんかやっちゃいました?」





 自分の人生が最低なんだという自覚はあった。

 夢も希望もないし、やりたいこともない。

 何の才能も持っていないし、特にこれといった取り柄もない。

 学校の連中も馬鹿ばっかりで、友達になれるような奴は一人もいない。

 ただ一人で意味も無く家と学校を往復しながら、空いた時間にネット見てアニメ見て漫画読んでゲームする。つまらない人生の慰みに、適当にオタクコンテンツを消費し続ける空虚な毎日。

 最初は受験だ勉強だとうるさかった親も、愛想をつかせたのかとうとう全く話しかけてこなくなり、それが一層の空しさを加速させていく。

 エルエオワールド・オンラインというネットゲームと出会ったのは、そんな時だった。

 このゲームを選んだのは、ただの気まぐれだった。他の凡百のゲームと同じ、ある程度暇つぶしができればそれでいいくらいの認識しかなかった。

 だが、ゲームをプレイしているうちにその認識は変わっていった。

 コツコツと努力を重ねてステータスを向上させることも必要だが、戦闘での立ち回りを研究してプレイヤースキルを磨くことが何より重視されるゲームシステム。

 努力に裏切られることがなく、工夫次第でどんどん強くなっていけるその設計が自分の心の琴線に触れた。

 自然と「このゲームは僕に向いている」と思っている自分がいた。やればやるだけ上達していく実感があり、その達成感が自分を更なる研鑽へ導いた。

 そうしてエルエオの世界に没頭しているうちに、いつのまにかトッププレイヤーの一人になっていた。そんな自分に周りのプレイヤーは注目し、褒め称え、尊敬してくれた。

 新しい高難易度クエストが実装される度、世界中の皆が自分の攻略を期待した。

 自分が編み出した攻略法がネットで全世界に拡散し、何千何万というプレイヤーがそれを参考にしてボスに挑んだ。

 この世界の誰もが認めていた。自分こそが最強のプレイヤーなのだと。

 生まれて初めて、自信を持って誇れる特技を見つけた気がした。

 この世界でならば、最低の自分でも最高の人生を送ることができる。

 エルエオワールド・オンラインは、自分にとっての希望そのものになったのだ。


 だから、

 暴走トラックに跳ね飛ばされたあの日、

 最低の人生の幕を下ろしたばかりの僕に、女神が「お前を好きな世界に転生させてやる」と提案してきたその時、僕は迷うこと無く即答していた。

 エルエオの世界に転生させてくれ、と。



 ※



 魔法騎士YOU・TURNこと胆田勇太が一日の冒険を終え、常宿にしているホテルの一室に帰ってきた時だった。

 誰もいないはずの自室に、人の気配がある。

 誰だろう?

 もしかして昼間、キングサラマンダーから助けた冒険者パーティーの誰かかな。確かパーティーの中に一人、可愛い女魔法使いがいたはずだ。ひょっとして僕の勇姿に一目惚れして、助けてくれたお礼に一晩……、なんて。


「んなわけないでしょ」


 勇太の暢気な思考回路を先読みしたのか、部屋の中から声がかけられる。

 その聞き覚えのある声に、少年はため息をついた。


「なんだ、駄女神か」

「駄女神いうなっつってんでしょーがー」


 そう言って頬を膨らませる侵入者の女。

 すらりと細い体躯に、腰まで伸ばした長い銀髪。透き通るような白い肌と、トロンとして常時眠たそうな瞳が特徴的で、外見だけ見ればまるで傾国の美女。


「あんたをこの世界に転生させたのは、誰だと思ってるんですかー? わたしー、わたしなんですけどー?」


 しかし、その言動が彼女の美点全てを台無しにしていた。

 ベッドの上に寝転がり、ボサボサになった髪を掻きながら彼女は続ける。


「今のあんたがいるのも私のおかげなんだから。もっと崇め、奉りなさいよねー」

「なーにが私のおかげ、だよ! お前が僕の運命を間違って調整したから、本来死ぬはずの無い交通事故で死んじゃう羽目になったんだろ!? それを駄女神と呼ばずして、なんと呼ぶ?」

「まぁ、それはそうだけどー」目をそらしながら言葉を濁す美女。「だから悪いと思って、転生先の世界を選ばせてあげたじゃない。それでノーカンでしょ、ノーカン」

「ノーカンになるか! こちとら死んどるんじゃ!」

「ノーカン♪ ノーカン♪」

「うざっ!」


 そう言いながらも、勇太は語気ほどには怒っていなかった。

 正直、前世に未練があるわけでもないし、今の生活は気に入っている。

 むしろ、つまらない人生を終わらせてくれて感謝しているくらいなのだ。

 まぁ、それを言うと相手が死ぬほどつけ上がりそうだから、絶対に口には出さないが。


「……それで? なんかお前、ちょいちょい僕の前に現れるけど。女神って暇なの?」


 手拍子と共に「ノーカン」を連呼する美女を眺めながら、勇太がため息をつく。


「暇じゃない! ありがたいお告げを知らせに来てるんでしょうが。神託ぞー? もっと、うやうやしくしなさい」


 彼女はそんなことを言いながら、ベッドの上から飛び降りた。

 そして、少しだけ瞼を開いて真面目な表情を作り、告げる。


「……来たわよ」


 それだけで、彼には全て伝わった。

 勇太は目を見開き、拳を握りしめる。


「奴らは、きっとあんたの世界を破壊する。……それが嫌ならば、抗いなさい」

「……全力で」


 静かだが、強い決意の籠もった勇太の一言。

 その言葉を聞き、女神は満足そうに微笑んだ。

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