第10話 無課金探偵
リムリサの冒険者ギルド。
その一階にある酒場は今日も、仕事を終えた冒険者たちで賑わっていた。
「さて、先生……。そろそろ話してもらいますよ?」
できるだけ喧噪から離れた奥のテーブルに陣取り、令人は目の前に座るマキナへと視線を向ける。
「勇太少年は今、どこにいるんです? ……いや、そもそも、どうして彼の所在地を特定できたんですか? 俺達はこの世界にきてから、ずっと一緒にいたはずだ」
そして令人たちはこの一週間、日中は基本的にギルドとダンジョンの往復しかしていないし、夜も宿に戻ってすぐ就寝という悲しいサラリーマンみたいな生活を送っていた。
彼女には勇太少年を探す時間なんて全くなかったはずなのである。
なのに、どうやって?
しかしマキナは、そんな令人の疑問の眼差しに答えるつもりがないようだった。
彼女はしょぼんとした顔でテーブルの上に乗せられた料理を見て、ぽつりと呟く。
「また、一番安いスープとパンだけ……」
「…………」
意図を察した令人が黙って見ていると、彼女は小刻みに震えながら上目遣いに涙を貯めた瞳を向けてくる。その姿は、さながら捨てられた小型犬のようだった。
「…………今日は追加で肉串も注文していいですから」
「やった!」
途端に満面の笑みを咲かせ、指をパチンと鳴らすマキナ。
「で? どうして私が、勇太少年の居場所を突き止めるにいたったか……だったか?」
もはや顔なじみとなったウェイターに料理を注文しながら、彼女は続ける。
「こうやって椅子に座ってギルドの中をじっと観察しているだけでも、分かってくるものがあるのさ。例えば……」
そう言って、彼女はギルドの奥にあるクエスト受注窓口の方を指さした。
「あそこにいる受付のお姉さん。巨乳で美人で仕事もできると、皆から人気のある彼女だが……、あっちのテーブルにいるシルバーランクの冒険者パーティーのリーダーと密かに付き合っているんだ。あっ、ほら、今さりげなく目配せし合った! これは今晩、一戦交えるつもりなのかもしれないな!」
「はぁ……?」
「でも実は、彼女は手前のテーブルにいる別のパーティーの魔法使い君……、そして、こっちのカウンターで飲んでる盗賊さんとも定期的に寝ているんだ。きっと実力のある冒険者に魅力を感じるタイプなんだろうね。……で、それぞれの男たちはこのことを全く知らない。ギルド職員の中には彼女を取り巻く人間関係に気付いている者もいるようだけど、それが公になってしまうと、ギルド内でも有数の実力派パーティーの間に致命的な亀裂が生まれかねない。だから、みんな、気付かないフリをしてるんだ。だろ?」
彼女はそう言いながら、わざわざ肉串を配膳しにきていたギルドマスターに問いかけた。
彼は苦虫を噛み潰したような顔をして、声を潜める。
「…………お前それ、絶対に他の連中に言いふらすなよ?」
「じゃあスープおかわり。育ち盛りだし、具がたくさん入っていると嬉しいんだけど」
「……こんのくそガキ、……ちっ、わかったよ」
そう言って深いため息と共に去って行くギルドマスター。
そんな彼の背中を見送ってから、マキナは得意げな笑みを令人に向けてくる。
「どうだ見たか? これが探偵の観察眼だよ」
「探偵というよりかは、噂好きの女子高校生みたいでしたが……。今の下世話な話と、勇太少年がどう繋がるんです?」
「いや? 別に繋がらないけど? ただ、気付いたから言ってみただけ」
けろっとした顔でそんなことを言うマキナ。
令人は無言で肉串の皿を引き寄せ、彼女の手が届かないようにする。
「あっ、待って! 言う! 言うから!」
「…………それで?」
令人が再度問いかけると、テーブルの上に乗り出し、皿を掴んだままの姿勢でマキナは答えた。
「勇太少年が、廃ゲーマーだったころの習性を利用するんだよ」
※
「まず、おさらいだけど。この街の住人たちは、何か困ったことや冒険者に助けてもらいたいことがあると、この冒険者ギルドに依頼を持ち込むんだ。そしてギルド側はその依頼の難易度と報酬を計算し、クエストカードという形に纏めてクエストボードに貼り付ける」
美味しそうに肉串を頬張りながら、マキナが言う。
「ここの職員さんはみんな勤勉でね。だいたい依頼人が仕事を持ち込んでから10分たたないうちには、その依頼のクエストカードがボードに張られている。さっき商人っぽい男が窓口にいるのを見ただろ? 多分、そろそろ……」
彼女がそう言いながら、串で掲示板を指し示す。見ると、ちょうど噂の美人受付嬢がクエストボードにカードを貼り付けようとしているところだった。
内容は馬車で隣町へ行く商人の護衛任務。
難易度はブロンズランクで、成功報酬は300ゴル。
「……ね?」
そう得意げに微笑むマキナに、令人は首を傾げる。
「それが何だって言うんです?」
「まぁ、待て。話はここからさ。……今、見たように依頼人とクエストカードの存在は基本的にはセットになっている」
「依頼人が持ち込んだ仕事をカードにするんだから、当たり前じゃないですか」
何を当然のことを。半眼でそう答える令人に、マキナは「ちっちっちっ」と指を振った。
「だけど、そうじゃないクエストカードもあるんだ。毎日、朝一番にクエストボードを確認すると、まだ依頼人も来ていないはずなのに昨夜なかったクエストカードが張られている。それも決まって一日に一枚ずつ、これは……」
「なんだ? デイリークエストの話か?」
マキナが意味深な笑みで言葉を続けようとしたとき、ちょうどおかわりのスープを持ってきたギルドマスターが話に割り込んできた。
「デイリークエスト?」
皿を受け取りながら令人が聞くと、ギルドマスターは平然とした顔で答える。
「言ってなかったか? クエストカードには依頼人が持ち込んだ仕事をこなす通常のクエストと、ギルド本部から発行される特別なクエストの二種類があるんだ。本部から発行されるカードは決まって夜12時に毎日送られてくるから、通称デイリークエストって言われててな……」
「あぁ、そういえば……」
一週間前、初めて彼からクエストボードの仕様を教えてもらったときにも、本部から発行されたというカードがあったことを思い出す。
「そう……、確か何の役にたつのかよく分からない魔石とかいうものが報酬の……」
「そう、それ!」
ぼんやりとした記憶を辿っていた令人に、マキナが鋭く反応した。
「調べてみて気付いたんだけどね、本部から発行されるというその特別なクエストは全部、決まって魔石が報酬になっているんだよ!」
ギルドマスターを横に押しやりながら、彼女は口早に言葉を続ける。
「いや、調べるも何も、昔からそういう仕様……」
「うるさい! なんだよ、せっかく人がかっこよく推理を組み立てていたのにいきなり横から入ってきて!」
「いや、お前さんがおかわり欲しいっていうから、持ってきてやったんだろうが」
「これ以上、私の推理を邪魔したら、奥さんにヘソクリ貯金の隠し場所をリークするからね。貴方の顔つきからして十代のころから貯めてそうだし、今じゃかなりの額になってるんじゃない?」
「は? いや、お前。なんでそんなこと知って……」
「はい、さっさと行った行った!」
急に秘密を暴かれ混乱するギルドマスターをぐいぐい押しのけてから、マキナは破裂寸前まで頬を膨らませて言った。
「まったく、ありえない! 探偵が始めた推理の腰を折るとか、万死に当たる行為だぞ!」
「それで……? 今の話がどう繋がってくるんです?」
「あぁ、デイリークエストの話?」
マキナは若干、やる気なさげにそう聞き返してから席に戻る。
「このデイリークエストっていうのと全く同じ仕組みが、この世界の元になっているであろうゲーム、エルエオワールド・オンラインにも存在するんだよ」
「ゲームの方にも?」
「話はちょっと変わるけど、このエルエオワールド・オンラインというゲームは普通に遊ぶだけなら無料でできる、『基本プレイ無料』のゲームなんだ」
「突然、何です?」
怪訝そうな顔をする令人に、まぁまぁとジェスチャーしてからマキナが続ける。
「じゃあ、そんなゲームで運営側はどうやってお金を稼ぐかと言うと、通常ゲームをプレイするだけでは手に入らない強力なアイテムや珍しいコスチュームなんかが当たるクジを販売するシステム……所謂『アイテム課金』させることで収益を上げているわけ。令人君も聞いたことあるだろ? よく言われてるガチャ課金って奴さ」
「十年前、先生がスマホのゲームでやりすぎて事務所の経営を危なくさせた奴ですね」
「そ、そう、それ」令人の冷ややかな視線から目をそらすマキナ。「……そんなガチャをゲーム内で回すために必要なアイテムが、さっき話に出た『魔石』なんだ。これは基本的にはリアルマネーで購入するものなんだけれど、唯一、お金を使わずにゲーム内で手に入れる方法がある。それが、一日に一回だけ発行されるデイリークエストってわけ。プレイヤーが継続的にゲームをプレイするよう、運営が用意したサービスの一種だね」
ここまで説明されて、ゲームに疎い令人にもなんとなく話の流れが読めてきた。
「なるほど……、そして、ゲームのエルエオにあったそのデイリークエストのシステムが、この世界にもあるということは、課金くじの存在も何かしらの形で反映されているはず」
「この世界に転生させられ元の世界に戻れない以上、勇太少年はこのゲームに課金する術を持たない。だから、彼がガチャを回したくなったら、日々のデイリークエストをコツコツこなして魔石を貯めるしかないんだ、つまり」
「デイリークエストの目的地に、彼は現れる」
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