第9話 鬼狩り探偵


 人が生きていくためには金が必要だ。

 金がなければ屋根の下で眠ることもできないし、服を着ることも、飢えを満たすこともできない。

 金こそ全て。それが人間社会の真理なのである。

 それは異世界だろうがゲームの中だろうが変わらない。


「まったく、夢がない」


 令人はそんなことをぼやきながら、構えていた棍棒を振り下ろした。


『DAMAGE 120!』


 そんな表示と共に、ゴブリンのかち割られた額から血が噴き出す。

 倒れ伏すゴブリンのAR表示が赤から黒になり、その死体は一瞬で煙となって霧散した。

 あとに残されるのは数枚の金貨のみ。

 令人は冷静に辺りを見渡し、周囲に敵影がないことを確認してから息をついた。


「今のが最後の一匹です。もう、出てきても大丈夫ですよ」


 その言葉を合図に、木の陰に隠れていたマキナがひょっこりと顔を出す。

 今、二人がいるのはリムリサの街から西に位置する森林地帯。冒険者たちからは「ゴブリンの森」と呼ばれているダンジョンの一角だった。


「……なんというか、ゴブリン退治にも手慣れてきたな」


 周囲に散らばった金貨を拾い集めながら、そんなことを言うマキナ。


「なんだかんだで、この世界での暴力の振るい方が分かってきました」


 棍棒についた血をふき取りながら、令人は答える。


「相手を死なせないよう力を調節したり当たり所を気にしなくていい分、現実世界よりよっぽど簡単だ」

「うーむ……、助手の育成を間違えたかもしれない」


 そう言って眉をしかめたマキナは、ふと何かに気付いたように足を止めた。


「お、今のが20体目のゴブリンだったみたいだ。これで、ようやく依頼達成か」

「成功報酬100ゴル……敵が落とした金貨を合わせれば、とりあえず今週の宿代と食事代くらいはなんとかなりそうですね。今日はもう街に引き上げますか?」

「そうだな……」集めた金貨を袋にしまいながら、マキナがため息をつく。「それにしても、やれやれだ。この年でもう労働させられる羽目になるとは……」

「先生は基本、見てるだけで何もしてませんけどね」

「ちゃんと応援してたぞ、心の中で。私の熱い思い、届いていただろう?」

「いえ、まったく」


 そんなことを言い合いながら、手慣れた様子で撤収を開始する令人とマキナ。

 二人がエルエオの世界にやってきてから早くも一週間が過ぎようとしていた。

 とりあえずの生活費稼ぎのためにと、ギルドから斡旋してもらったクエストという名の仕事をこなす日々。いつの間にか令人の冒険者レベルも上昇し、ゴブリン程度の相手だったら一撃で叩き潰せるようになっている。

 このままこの生活を続けてレベルアップしていけば、じきに冒険者ランクを上げることもできるようになるだろう。そうすれば、もっと難しい依頼を受注できるようにもなるし、資金も潤うだろうから、装備品を新調して更なる力を……。


(……って、違う。そうじゃない)


 そこまで考えて、令人は自らの思考回路が脱線していることに気がついた。

 自分たちはただ、この世界に連れてこられた行方不明者を探しているだけなのに。なんだかんだで自分がこの世界に染まりつつあるのを感じてしまう。


(……待てよ?)


 ふと、嫌な予感がして立ち止まる。

 たった一週間、この世界で過ごしただけの令人でこうなのだ。

 十年間、この世界で生きてきた勇太少年の今は果たして……。

 そこまで考え、令人は自らの脳裏に浮かんだ想像を振り払うように首を振った。こんなこと今考えていても仕方が無いし、勇太少年の現状がどうなっていうようが関係ない。

 探偵が謎を解くための手伝いをする。

 今も昔も、自分のなすべき事は何も変わっていないのだ。

 そんな彼の思いをよそに、当の探偵は抱えた金貨袋の重みに上機嫌になっていた。


「なぁなぁ、令人君。お金にも余裕が出てきたし、今夜はぱーっと豪遊しないか?」

「駄目です」


 令人はそう言いながら、マキナの持つ金貨袋を横から取り上げた。

 当初、金銭の管理は彼女に任せていたのだが、無駄に高い武器を買おうとしたり、意味もなく露出度の高い鎧を買ってきたりと散財が酷かったので、財布を持つことを禁じたのである。


「えーっ!? いいだろ? 一番安いスープとパンだけの食事はもう嫌だ! こちとら育ち盛りだぞ? せっかく前世と違って育ちそうな肉体なのに、万が一育たなかったらどうしてくれるんだ。君が責任とって揉んで育てるとでもいうのか!?」

「言っていることの意味が分かりませんが、とにかく駄目です」

「イケズ! ケチンボ!」


 そう言って駄々をこねるマキナの姿に、令人は深いため息をつく。

 十歳児の肉体に引っ張られて精神が幼児化してしまったのか。今の彼女には前世の凜々しい女探偵の風格が全く感じられなくなっていた。

 ……と思ったが、よく考えたら前世の彼女にもそんなものはなかったかもしれない。


「そもそも、遊んでいる暇なんてないでしょう。この世界にきてもう一週間だというのに、俺達はまだ勇太少年を探す手がかりすらつかめていないんですよ?」


 軽い頭痛に額をおさえながら令人がそう窘めた、そのときだった。


「え?」


 マキナが驚いたように、立ち止まる。 


「なんですか?」


 何事かと振り返り、マキナのことを見下ろす令人。

 彼女はそんな彼の表情をまじまじと見つめ返し……、しばらくした後に何かに納得したようにポンと手を打つと、こんなことを言い出した。


「そういえば言ってなかったっけ。勇太少年の居場所、わかったよ」

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