第8話 金欠探偵
「あっ、令人君、大変だよ」
それは、令人とマキナがエルエオの世界にやってきてからまる一日。
冒険者ギルドの近くにとった宿で一夜を明かした彼らが、ギルドの酒場で朝食を注文しようとした矢先の一言だった。
「そういえば私たち、お金持ってない」
「は?」
あまりに軽い口調で放たれたその言葉に、令人は思わず聞き返してしまう。
「ないの、お金が」
マキナはそんな令人の顔を見つめ、ゆっくりと繰り返した。
「……えっ? それ、本当に大変じゃないですか?」
「だから、そう言ったじゃないか」
平然とした彼女の表情に、軽い頭痛がするのをおさえながら令人は聞く。
「この街に来る途中でゴブリンを倒した時に拾った金貨は?」
「昨夜の宿代で、全部使っちゃった」
「な……」
「いやはや、転生してから十年ちょい、ずーっとお嬢様してたから失念してたよ。お金って使うとなくなるんだな」
「何を今更……」
注文を聞きに来たウェイターがゴミを見るような目で離れていくのを見送りながら、マキナは続ける。
「いやはや、まいったまいった」
「なんでそんなに元気なんですか……」
あくまでもノリの軽いマキナにため息をつきながら、令人は考える。
確かに迂闊だった。
この世界で流通している唯一の通貨であるゴル。
着の身着のままこの世界にやってきた令人たちにとって、所有しているゴルは街にくる途中に遭遇したゴブリンが落とした数枚の金貨だけだったのだ。
なのに、この女は昨夜、無計画にも宿を借り、有り金全てを使ってしまったという。
「昨夜は平然と支払いを済ませていたので、何か考えがあるんだと思っていました」
「考えなんてあるわけなかろう。昨日は転移魔法も使ったし、結構な長距離を歩いたりしたんで正直、体力的にも精神的にもいっぱいいっぱいだったんだ」
「偉そうに言えることじゃないですね」
「そもそも私は十歳のうら若き少女だぞ。甲斐性を求められても困る」
「いや先生。前世も合わせて四捨五入したらもう四十……」
「やめろ助手、その言葉は私に効く」
そう言って凄んだマキナの腹部が、きゅるきゅると小さく泣き出す。
「……」「……」
無言でお互いを見つめ合う令人とマキナ。
「……それで、どうしましょう?」
「……何か、資金を稼ぐ方法を考えなければならないな。都合よく未解決の密室殺人事件とか起きてないか? この際、もう猫探しとか浮気調査とかでもいいけど」
そんなことを言い合っていると、ふいに背後から声をかけられた。
「いやいや、お前らなに言ってるんだ」
令人が振り返ると、そこには昨夜のギルドマスターがあきれ顔で立っている。
「お前ら昨日、冒険者登録してやっただろうが。……だったらもう、金を稼ぐ方法は一つだろう?」
※
「これがクエストボードだ」
そう言って、ギルドマスターは部屋の中央に設置された巨大な掲示板を指さした。
「ここには、様々な人が冒険者ギルドに持ち込んだ仕事の依頼がクエストカードという形で張り出されている。ギルドの冒険者たちは、ここから自分の実力にあった依頼のカードを取り外し、受付に持って行くことで仕事の依頼を受けることができるって寸法だ。依頼達成後、隣の窓口で報告することで報酬が支払われる」
「なるほど……」
説明を聞きながら、令人は張り出されたクエストカードの内容を確認する。
ギルドマスターの言った通り、依頼には様々な種類があるようだった。
指定した薬草を何個採取してくるといった採取系の依頼から、特定のモンスターを何体倒せという討伐系の依頼、隣町への荷馬車を護衛するいった特殊なものまで多種多様。中には特定のダンジョンの最下層に行き、ボスを倒せといったものまで存在する。
そして、その報酬も5ゴル程度の安価なお使いから、6000ゴルも貰える曰くありげなものまでピンキリだった。
「……む?」
令人の足下で同じようにクエストカードを眺めていたマキナが声を上げる。
「この報酬のところに書いてある『魔石』っていうのは何?」
言われて令人も確認すると、確かにマキナが指さしたクエストカードには成功報酬の欄に、他のカードにはない「魔石×1」という表記がされていた。
「あぁ、それは……」
視線を向けられたギルドマスターは、ボリボリと頭をかきながら言葉を濁す。
「実は、よくわからん」
「わからん?」
「いや、こいつを集めると強力な装備や他では手に入らないアイテムと交換できるって言い伝えがあるんだが……、所詮言い伝えだからな。本当かどうかは俺には分からん」
「なんでそんなものを報酬に?」
「さぁな。これはギルド本部から発行されたクエストカードだし、俺達は管轄外だ」
「ふーむ……?」
眉を顰めるマキナに、ギルドマスターが苦笑する。
「ま、そんな訳の分からんものに命かけられねぇしな。この手の報酬がついた依頼は誰も選びたがらねぇ。一昔前の冒険者が溢れかえっていた時代には、こういうのを好んでかき集める奴もいたんだが……」
「ほほぅ?」
その言葉に瞳を輝かし、おもむろに件のクエストカードへと手を伸ばす彼女。
だが、その指がカードに触れる直前、ギルドマスターの手に払いのけられた。
「いたっ!? 何をするんだ」
「これはゴールドランク以上の冒険者限定クエスト。お前らみたいなひよっこには十年早い」
そう言って鼻を鳴らすギルドマスターに、マキナが唇をとがらせる。
「そこをなんとか」
「駄目なものは駄目だ」
「別にいいじゃないか。私は探偵だぞ?」
「……だから?」
「ついでに天才だ。つまり私は天才探偵なんだ。しかも、十歳だ。ということは、私は天才美少女探偵!? なんてことだ、役満じゃないか! ……というわけで、いいだろ?」
「……何で、それが通ると思っているのか、俺にはさっぱり分からん」
マキナの態度にげんなりとした表情を隠さず、ギルドマスターはため息をつく。
「ま、経験を積むまではこっちのブロンズランクの依頼で我慢するんだな」
「ケチ!」
「ケチってお前な……、というか、そもそもお前さんらは金が欲しいんだろ? 魔石が報酬のクエストなんて受けてどうするんだ?」
そう言われ、初めて気付いたかのようにマキナは目をぱちくりさせる。
「……そういえば、そうだな」
「あのなぁ……」
そんな彼女の反応にがくりと項垂れるギルドマスター。そんな彼の様子も気にせず、マキナは空腹のお腹を摩りながら問いかける。
「じゃあとりあえず、私たちにも受注できるオススメのクエストを教えてくれないか? ちょっと今、お腹が減っているんでね。てっとり早くクリアできて、そこそこの報酬が手に入るような奴が好ましいんだが……」
そんな事を言い出す彼女にギルドマスターは肩を震わせ、令人の方へと視線を向ける。
「……こいつ、殴っていいか?」
一連のやり取りを眺めていた令人は、深いため息をついてから言った。
「駄目だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます