第7話 見学探偵
令人たちが追いついたとき、既に事態は動いていた。
ギルドから出てすぐの大通りに人だかりができている。
その輪の中央には、先程ギルドを飛び出した冒険者二人が取り囲まれていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「うぐぅう……」
荒く息を吐きながら握りしめた拳を震わせるデブ冒険者と、地面を這いつくばってもがくノッポ冒険者。
ノッポ冒険者の顔を見ると鼻が潰れ、鼻血と涙でボロボロになっている。
逃げたはいいがすぐに追いつかれ顔面に鉄拳一発、といったところだろうか。そう観察しながらも、令人は違和感に首を傾げる。
何かがおかしい……。周囲を取り囲む野次馬たちの何かを恐れるような表情もそうだが、当事者二人の態度が変だった。
加害者側で、本来なら優位に立っているはずのデブ冒険者がその顔を真っ青にして震え、自らの拳をじっと見つめている。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
短く浅い呼吸。その顔面に浮かぶ感情は、何かへの恐怖だった。
衝動的に仲間を殴ってしまった自分に気づき、罪悪感に打ちのめされているのか。いや、そんな性格でもないようだったが……。
「気づいたかい、助手よ」
野次馬に視界を阻まれたのか、令人の頭によじ登りながらマキナが言う。
「……はじまるぞ」
その言葉が合図になっていたかのように、空気が変わった。
繁華街の喧噪が消え、辺りが静寂に包まれる。
まるで重力が増したかのような感覚。
(なんだ、これは……)
これまで感じたことのないその気配に令人が戸惑っていると、ようやく喋れるようになったのか、地面を張っていたノッポ冒険者が涙目で叫んだ。
「馬鹿が! 通報した! 通報したぞ!」
その言葉に、ただでさえ青い顔をしていたデブ冒険者から更に血の気が引く。
「冒険者によるセーフエリアでのバトルアクションは違反行為だ! 天使による裁きが下るっ!!」
ノッポ冒険者がそう叫んだ直後だった。
じゃららん。
そんな音と共に、どこからともなく金色の鎖が現れ、蔦のようにデブ冒険者の身体に巻き付きはじめる。
まるで意思をもった触手のごとき動きで標的を拘束したその鎖。
「ち、ちがうっ! 俺は悪くない! こいつがっ、こいつが全部悪いんだっ!」
そう叫びながらもがき、暴れようとするデブ冒険者。
しかし、鎖の拘束は強固で身動きひとつとれないでいる。
「が……、あ……、あぁ……」
そうしているうちにも次から次へと現れた鎖によって巻かれ続ける冒険者。
とうとう全身を覆い尽くされ、その姿が見えなくなってしまう。
「ペナルティは嫌だ、ペナルティは……」
男がそう言いかけたそのとき、彼を拘束していた鎖が急に眩く輝き始め……、
目がくらんだ令人が瞬きをした刹那、金の鎖はデブ冒険者ごとその姿を消していた。
「つれていかれた……」
野次馬の一人が、ぼそりとそう呟く。
「くそが……」
人だかりの輪の中に一人残されたノッポ冒険者が、そう吐き捨てた。
先程までの重苦しい空気は消え、周囲には喧噪が戻ってきている。
「あれが天罰……」「俺、初めて見た」「馬鹿な奴、酒に溺れやがって」
そんなざわめきの中、令人に肩車されたマキナが不満そうに囁く。
「ちぇっ、天使とやらは見れなかったか」
「今のは……?」
人混みから離れながら令人が聞くと、彼女は不敵に微笑んだ。
「とりあえず、ギルドに戻ってみよう。そこで答えを聞こうじゃないか」
※
「ベン……、さっきの冒険者はペナルティを受けたようだな」
令人たちがカウンター席に座ると、バーのマスターらしき中年の男が話しかけてきた。
「まぁ、いつかやるとは思っていたが……」
そう続けながらマキナをじろりと睨むその男。先程の彼女の言動を見ていたのだろう、その目には非難の色が浮かんでいた。
そんな男を令人が観察していると、ゴブリンの時と同じメッセージウィンドウが現れ、男の頭上に浮かび上がる。
ギルドマスター。
VR表示されたその画面には、そんな文字が映し出されていた。
「貴方がこのギルドで一番偉い人?」
「酒場経営は副業でね」
マキナの質問に、自らの服装を見下ろしながら男が答える。
「今、ペナルティと言ったな。どういう意味なんだ?」
令人が訪ねると、彼はきょとんとした顔で瞬きをした。
「どういうもなにも、そのままの意味だよ。天使が定めた法に背いた者には、それ相応の罰が下る。冒険者による街中での暴力行為は厳禁、公共の場で卑猥な単語を叫ぶのも禁止、ゴル以外の通貨を使って物をやりとりするのも駄目だとか、そういうの。ガキのころに教わるだろ?」
「なるほど。つまりがゲームを行う上でのルールというか、利用規約みたいなものだね。現実のゲームととおんなじだ」
「……? お前さんの言っていることはよくわからんが、まぁ、ルールはちゃんと守りましょうってことだな。天使の法は誰に対しても、どんなときでも、例外なく適用される」
納得顔で頷くマキナに眉を顰めながらも、ギルドマスターはそう締めくくる。
そして、彼は難しそうな顔をして、こんなことを言ってきた。
「……それはそうと、お前さんただものじゃあないな。いったい何が目的だ?」
その言葉に、懐の拳銃へと手を伸ばしかける令人。マキナはそんな彼を手で制しながら、不敵な笑みを浮かべて聞き返した。
「こんなか弱い子供をつかまえて物騒だね。どうして、そう思ったんだい?」
「昔からよく言うだろ。真の強者は見た目と強さが一致しない。一見、弱そうな女子供こそ、本当は恐ろしいってな」
「なにそれ?」
「最近はあんまり見なくなったから忘れている奴も多いが、前はよくいたんだよ。どうみてもガキなのに屈強なオーガを一撃で殴り飛ばすような奴とか、水着で街を歩くような痴女のくせに重騎兵よりも頑丈だったりとか。そういう化け物みたいな連中がさ」
その言葉に、マキナの瞳がきらりと輝いた。
「ゲームあるあるだね」
「そういうものなんですか?」
「そういうもの、そういうもの」
令人にはよく分からなかったが、様々なゲームを嗜んでいたマキナには理解のできる理屈だったらしい。彼女は楽しげに頷きながら、無愛想なギルドマスターに笑いかける。
「そんなに警戒しなくてもいい。私たちはただ人を探しているだけなんだ」
「人を……?」
ぴくりと眉を動かすギルドマスターに、マキナが写真を差し出す。
「この世界でも同じ顔かどうかは分からないが、YOU・TURNって名乗っているはずだ。聞いたことないかな? そこそこ名の知れた冒険者だと思うんだけど」
ギルドマスターの表情をじっと見つめながら、ゆっくりと問いかけるマキナ。
しかし、彼の反応はそっけなかった。
「お前らはYOU・TURNの友人ってわけじゃあないんだろ。だったら、俺からは何も言えないな」
「それは……、逆説的に何か知ってるってこと?」
眼光を鋭くするマキナに、手をひらひらと振って答えるギルドマスター。
「何か知っているかどうかも教えないということだ。ギルド側が友人関係のない冒険者の情報を他人に伝えることは禁じられている。天使の定めたルールだ、何者にも逆らえない」
「なるほど、運営会社のコンプライアンス的な話ね」
「言ってる言葉の意味はわからんが、まぁ、多分そういうことだ」
ギルドマスターはざっくりとそうまとめ、話は終わりとばかりに店の奥へとひっこんでしまった。
その背中を見送りながら、マキナは頬杖をついて呟く。
「ふーむ、なかなか一筋縄ではいかないな。まったくもって面倒くさい」
だが、そんな科白とは裏腹に彼女の表情はどこか楽しげだった。
クリスマスプレゼントを前にした子供のように目をらんらんと輝かせ、何事かを考えている様子のマキナ。昔、よく見たその姿に令人は思わず苦笑する。
そういえば、そうだった。
彼女は提示された問題が難しければ難しいほど燃えてくるタイプなのだ。
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