第6話 ハッタリ探偵

「は? ゲームの世界? ここが?」


 マキナの言っていることの意味分からず、疑問符を飛ばすことしかできない令人。

 そんな彼を、マキナは愉快げな表情で眺めている。

 その表情は十年前、突飛なトリックの説明を受けて混乱する助手を眺める探偵の目つきとそっくりだった。


「気づかないうちにVRゲームをやらされているとか、そういうことですか?」

「いやそうじゃなくてだな、厳密に言えばエルエオの世界に酷似したファンタジー異世界って感じなのだと思うが……」

「?」

「まぁ、転生あるあるだ。気にするな」


 そう言いながら、彼女はパントマイムのように空中を指でなぞる仕草をする。

 すると、何も無い場所に『MENU』という文字と幾つかのアイコンが浮かび上がった。


「これは……!?」

「ゲームと同じメニュー画面だな」

「ゲームと同じ? メニュー画面?」

「まぁ、こういうのも転生あるあるだから」


 理解が一歩も進まず、疑問符を飛ばすしかできない令人にマキナは軽い口調で返事する。


「いや、あるあると言われても……」

「やれやれ、君は本当に頭が固いな」


 そう言って肩をすくめるマキナに、令人は深くため息をついた。

 とりあえずいったん落ち着こうと煙草に手を伸ばす令人。しかし、横から伸びたマキナの手が素速く煙草の箱を強奪する。


「あっ、ちょっと」

「ニコチンに頼らずに脳を柔らかくするのだ! あるがままを受け入れよ!」


 取り返そうと伸ばした令人の手をひらりとかわし、マキナは続ける。


「とりあえずメニューは開けたのだ。開けたからには、いろいろ調べておかないと……」


 そんなことを言いながら『STATUS』の箇所に指を運ぶ彼女。

 すると、


KUNERI・M

僧侶 レベル1

STR 1

DEX 5

VIT 3

INT 10

MND 6


REITO・S

戦士 レベル1

STR 16

DEX 1

VIT 6

INT 1

MND 1


 浮かび上がる二つの表示。

 それを眺めてマキナが呟く。


「ふむん。KUNERI・Mが私、REITO・Sが助手のことだとして……、これは十年前、私たちが作ったキャラクターのステータス、そのままみたいだな」

「そんなもの作りましたっけ?」

「覚えてないのか? ほれ、依頼を受けて勇太少年の部屋を調べている時に……」


 その言葉に、令人は自らの記憶をたどってみる。


「……そういえば、俺が頑張って室内を調べている間中、ずっと彼のゲーム機で遊んでいる人がいたような」

「なに、ゲーム内での勇太少年の交友関係を探ろうとしただけさ。決して、当時最新鋭だったゲーム機が珍しかったからついつい弄りたくなったわけではない」

「そうですか」


 冷めた口調でそう返す令人から目を背け、マキナは続ける。


「それにしても、どういう仕組みで私たちとゲーム内のキャラクターを紐付けたんだ? それにゲームのステータスがこの世界のものと一致するのだとしたら、問題の勇太少年のレベルは……」ぶつぶつと呟く彼女の声がだんだんと低く、深刻なものとなっていく。「これは……、もしかしたら、まずいかも……しれないな」

「先生?」


 そんな彼女の様子に令人が首を傾げる。


「……とりあえず、歩いてみよう。ゲームの地図は覚えている。ここからすぐの場所に大きな街があるはずだ」


 ぷるぷると首を振り、令人の言葉を無視して歩き出すマキナ。

 令人は釈然としない思いを抱えながらも、彼女の後を追いかけた。





 二人が目的地に着いたとき、既に日は暮れ辺りは真っ暗になっていた。


「や、やっと着いた……」


 令人の背中におぶされた格好のまま、マキナがため息をついた。

 肉体が子供のせいなのか、歩き出してすぐに体力が尽きたのである。


「歩いてすぐって言ってたじゃないですか」

「ゲームだとすぐだったんだ」


 そんな会話を交わしながらも二人は門を潜り、街の中へと足を進める。

 そこは「リムリサ」という名前の港町だった。

 巨大な湾岸部を取り囲むように建物が広がっており、大通りは酒場が多く夜だというのに活気づいている。

 建物は木や石で作られたものが多く、すれ違う人々の服装も異国めいていた。場所柄なのか、海賊風の格好をした荒くれ者の姿も散見される。


「なんというか、東京ディスティニーシーみたいな街ですね」

「いやだから、そういう遊園地の風景が西洋の……、まったく、生前もっといろんな所に連れて行ってやるべきだったな」


 周囲を見回しながら呟く令人に、背中のマキナがあきれ顔になる。


「とりあえず冒険者ギルドに行ってみよう。ゲーム通りなら、ここからも見えるあの大きな建物がそれのはずだ」

「冒険者ギルド?」


 彼女の指さす先……、どうみても大きな酒場にしか見えない建物を見て令人は首を捻る。


「ゲームの中ではクエスト……、プレイヤーがやる仕事を斡旋してくれる場所なんだが。それ以外にも道具の売買ができたり、お金を預けられたり、いろんな施設が詰まった便利な建物なのさ。このゲームのプレイヤーは新しい街についたらとりあえずその街のギルドに行くのがお決まりのパターンになっている」

「なるほど、ゲームのプレイヤーだった胆田勇太なら、訪れている可能性が高い」

「まぁ、彼がこの世界に来てから十年近くたっているし、直接つながる情報はないかもしれないけど……」


 そんな会話をしながら、冒険者ギルドへのスイングドアを開く令人。

 瞬間、ぴりっとした空気が室内を駆け巡った。


「…………」


 建物の中は外見どおりの酒場になっており、それぞれのテーブルにはいかにも荒くれ者といった風貌の冒険者たちが酒を飲み交わしている。

 そんな冒険者たちは、それぞれの会話を行いながらも、さりげない仕草で令人たちの姿を観察していた。

 新顔の大男に対する警戒か、場に似つかわしくない子供への奇異の視線か、その両方か。

 令人は周囲へ目を向けながらも、建物の中へと足を進める。


「なんだか、これ。西部劇のワンシーンみたいじゃない? 令人君、ちょっとマスターに牛乳を注文してみてくれないか」

「なんでちょっとワクワクしてるんですか……」


 相変わらずのマキナの様子に、令人がため息をつく。


「それで、これからどうします?」

「とりあえず冒険者登録をしてみよう。確かゲームのチュートリアルでもそうすることを薦められたはず……」

「冒険者登録だぁ?」


 そんなマキナの科白が聞こえたのか、近くのテーブルにいた男が立ち上がった。

 それにつられるようにして、同じ卓にいた男も近づいてくる。

 デブとノッポの対比が特徴的な二人組だった。

 二人とも皮でできた鎧のようなものを身に纏っており、腰には短剣を下げている。

 テーブルの上に並んだ空の酒瓶の数々を見るに、男達は深く酩酊しているようだった。


「てっきり逃げたカミさん探しの依頼でも出しにきたのかと思えば……、お前さんが冒険者やるってのか?」

「そうだ」


 この世界に来て初めてする現地人との会話。

 明らかに西洋人風の外見なのに日本語が通じることに違和感を覚えながらも、令人は詰め寄ってきたデブを見下ろし、聞き返す。


「何か問題が?」

「おい聞いたか、こいつ子連れで冒険者やるつもりみたいだぜ」

「マジすか兄貴、ありえねぇ。冒険者をなめてるとしか思えねぇ」


 そんなことを言いながら、二人組の男たちが熱い息を吐く。


「その小綺麗な格好を見るにどっかの商人くずれか何かか? 困るんだよ、お前みたいな奴に冒険者名乗られると、俺達全体がなめられちまう」

「兄貴が優しく言っているうちに帰った方がいいぜ、この人はここらじゃ珍しいシルバーランクの冒険者だ! 怒らせたら怖えぞぉ?」


 不機嫌そうに鼻息を荒くするデブの男と、その男の背後をうろちょろ動きながら笑いを浮かべるノッポの男。


「…………」


 そんな二人を黙って眺めていた令人は、背中のマキナに向かって問いかけた。


「……とのことですが、どうします?」

「ふむん……、体格だけ見たら明らかに令人君の方が強そうなのに、彼らが見せるこの余裕。やっぱりゲームと同じで、外見よりもレベルによるステータスの差がものをいうってことなのかな」

「また攻撃力やら防御力やらの数値がどうたらって話ですが、いまいちよく理解できていないんですが……」

「まったく、十年前よりも物覚えが悪くなってるな。いいかい? つまりだね……」


 自分を無視して会話を始める令人たちに、デブ冒険者の眉がつり上がる。


「てめぇ、俺様を無視してさっきからごちゃごちゃ……」


 腰の剣に手をあて、令人に向かって踏み出す冒険者。その殺気を感じ取った令人は素早く近くにあった椅子を持ち上げ、カウンターで殴り返す用意を整える。


「ちょ、ちょっとまった……!」


 一触即発。

 そんな二人の間に割って入ったのは、意外にもノッポの方の冒険者だった。


「兄貴! 街中でのバトルアクションはまずい! 規則違反で天使がきますぜ!」

「……チッ」


 その言葉を聞いて冷静さを取り戻したのか、剣から手を離すデブ冒険者。

 その聞き分けの良さと、荒くれ者には似合わないいくつかの単語にマキナは首を傾げた。


「規則違反で、天使が……? ふむん……」


 マキナは何事かを呟きながら令人の背中から飛び降りて、凸凹コンビの周囲を歩き出す。


「ふーむ、ふむふむ?」

「な、なんだこのガキ?」

「何、見てんだ、この……」


 戸惑うデブとノッポの冒険者。

 そんな彼らの服装、仕草、表情を観察した彼女は、三周ほど彼らの周りを歩き回った後に、満足そうに頷いた。


「なるほど、ちょっとだけ分かってきたぞ」

「分かってきたって、何がです?」


 男達がどう動いても対応できるよう警戒を続けながらも、令人は彼女に問いかける。

 そんな彼の質問に、マキナは笑みを深めて言った。


「まず、こちらの太めの彼の左手を見てくれ。薬指に似合わない指輪をはめているだろ? この世界にも結婚指輪という概念があり、女性だけでなく男もそれを装着する文化があるということだ。まぁ、エルエオにはプレイヤー同士の結婚システムも実装されていたし、この世界にも適応されているだろうとは思っていたが……」

「……」「……」


 突然、脈絡のないことを言い出したマキナに顔を歪めるデブの冒険者。そんな相方の様子にノッポの男は焦り、問いかける。


「そ、それが何だって……」

「しぃーっ!」


 マキナは人差し指を口に当て、何か言おうとしたノッポの男の言葉を遮った。


「な、何だってんだ……?」


 戸惑い硬直するノッポの姿をじっと観察しながら、少女が逆に聞き返す。


「ねぇ、君……、不倫は規約違反にはならないのかい?」

「っ!?」


 いまいち話の展開について行けない令人だったが、今の彼女の言葉がノッポの男にとってクリティカルな代物であることは理解できた。

 目を見張り、口をつぐむノッポ。

 アルコールのせいもあるのか、動揺が全く隠せていない。


「……っ、………………、……な、なにを」

「つまりだね。こちらのノッポは、隣のおデブな彼の奥さんと浮気しているわけなんだが」

「……っ!!」「なっ!?」


 少女の発言に、それぞれの反応を見せるデブとノッポ。


「やっぱり」


 そんな彼らの様子に、マキナは花が咲いたような微笑みを浮かべて言う。


「さっきこのおデブ、私たちのことを見て『逃げたカミさんを探しに来た依頼人』って言っただろ? 髪も目も色が違う明らかに別人種の私たちを見て真っ先に『親子』で、しかも奥さんに逃げられてると連想するなんて、おかしいと思わない? だから、もしかしてこの人も今、ちょうど奥さんに逃げられて困ってたんじゃないかなって、そう思ったんだ」

「ぐっ……」


 息をのむ冒険者。


「それにおじさん、髪も整ってないし髭のそり方も乱雑。服だって薄汚れてて全然洗濯されてない。冒険者だしこれが普通なのかなとも思ったけど、隣の相方は似たような装備なのに小綺麗にしてるから不思議だったんだ。あなた物ぐさそうだし、普段は奥さんが身だしなみに気をつけてくれてたんだね? 顔がむくれ気味なのはストレス? 寝不足? それともやけ酒の飲み過ぎ? うーん……、皮膚の荒れ具合と服のヨレから察するにいなくなってから一週間くらいってところでしょ。この一週間、心当たりを方々探してみたけれど全然見つからなかった?」


 無邪気な笑顔で、つらつらと言葉を連ねていくマキナ。


「奥さんが見つからないのは当然。だって、おじさんと一緒に探していたノッポの彼が彼女を匿っていたんだからね」

「お、俺はっ、違う! なんで俺がっ?!」


 マキナに矛先を向けられ、狼狽するノッポ冒険者。さりげなく出口とデブ冒険者の方へ視線を走らせながら、手を振って弁明する。

 そんな男に、マキナはずいっと詰め寄って言った。


「だって君、最初からずっと相方の言動に怯えていたじゃないか。彼と目を合わせるたびに、グラスを持つ指先が微かに痙攣していたよ? 特に私が結婚指輪の話をした時、すっごく動揺してた。緊張を隠すのが下手だなー。あと、彼の風上に立たないよう立ち位置を調整してたでしょ。無意識のうちに奥さんの匂いを嗅ぎ取られないよう気をつけてたのかな、こういうのって日常的にモンスターと戦っている冒険者ならではの癖なの?」

「そ、そんなの! なんの証拠にもならないっ!」

「うん。だから私は今、口からでまかせを言っただけなんだ」


 あっけらかんと、そんなことを言うマキナ。


「でも、そんなあからさまに取り乱しちゃったらもう弁解できなくないかい?」

「っ!?」


 その言葉に、びくりと肩を震わせるノッポ。

 恐る恐ると、隣に立つデブ冒険者の方へと視線を向ける。


「…………おい、今の話は本当なのか?」


 静かに、押し殺すようにそう問いかけるデブ冒険者からは、先程までのアルコールまかせにした雑な怒りとは違った、殺気まじりの憤怒がにじみ出ていた。


「ちっ、ちがうっ!」


 そう言いながらも、相棒から一歩二歩と後退るノッポの男。


「ちがう!!」


 口ではそう言いながらも彼は身を翻すと、素早い動作で出口へと向かって疾走する。


「待ちやがれっ!!」


 全身から殺意をまき散らし、デブの男がその後を追った。

 ドアを弾きとばさん勢いでギルドから走り去る二人。

 騒ぎの原因がいなくなったことで、室内が静まりかえる。

 そんな空気を読まずに、マキナは令人の背によじ登って言った。


「ダッシュだ、令人君! あの二人を追いかけるぞ!」

「分かりました」


 文句も言わず、命令通り走り出した令人に満足げに微笑み、マキナは続ける。


「……もしかしたら、天使とやらを見られるかもしれない」

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