第3話


 聖女についての本を読み漁っても、どうすれば聖女になれるのかが書かれているものはなかった。


「まずは石版を光らせなければならないわよね? しかも現聖女様よりも眩しく。そのためには何をすればいいのかしら?」


 私だってほんのりとは光らせられたのだ。

 その気になれば現聖女様よりも光り輝かせることは可能だと思う。


「私と聖女様とでは何が違うのかしら?」


 聖女様は私よりも四歳年上だ。

 そして平民出身である。

 年の差はどうにも出来ないが、平民の暮らしならどうにかなるかもしれない。

 平民として苦労する中で聖女の力が培われたと考えられなくもない。


「私、平民になれるかしら? 平民になるとしたらどうすればいいのかしら?」


 そんなことを呟いていたら、お父様とお母様が真っ青な顔で部屋にやってきた。


「平民になりたいと聞いたのだが本当か?!」

「何か不満があるの? どうして平民に?!」


 私の独り言を聞いた使用人がお父様とお母様に報告したようだ。


「私、聖女にならなければならないのです。そのためには平民となって苦労する中で、聖女の力を培わなければならないのです」

「お前がなぜ聖女に?」

「私が聖女になれば全て上手く行くのです。皆が幸せになるためには、私はどうしても聖女にならねばならないのです」

「お前は自分が何を言っているのか分かっているのか? 聖女とはなろうと思ってなれるものではないだろう?」

「それでもならねばならないのです!」

「あなた……また始まってしまったようですわ……」

「これはどうしたものか……」


 なぜか両親は頭を抱えて出ていった。


 そんな時イシュタール様より手紙が届いた。


『君に会わせたい人がいる』


 心臓がドクンと脈打った。

 会わせたい人とはきっと聖女様に違いないと思った。

「聖女を愛している」と目の前で言われたら、私はきっと泣き崩れてみっともなく縋ってしまうかもしれない。


 だけど、これはきっと避けては通れない道なのだ。

 覚悟を決めたつもりだったのに何て情けないのだろう。


 私は複雑な気持ちを抱いたまま、指定された日にちにとある民家を訪れた。

 白い壁に緑の屋根の可愛らしい外観の民家のドアを叩くと、イルミール様と同じ髪色をした女性がドアを開いてくれた。


「お待ちしておりました。どうぞ、狭苦しいところですが、お入りください」


 お母様よりも年上に見えるその女性は、それでも美しく、平民であるはずなのに所作も美しかった。


 通された部屋には既にイルミール様とイシュタール様がいらしていた。


「このようなところでごめんなさい。私、イルミールと申します。の婚約者様に会ってみたくて、こんなところに呼び出してしまって、本当にごめんなさい」


 今『弟』と聞こえたけれど、空耳かしら?


「前に話したよね? 僕は三歳まで平民として暮らしていたと。ここが僕が生まれ育った家で、イルミールは父が違うが姉弟・・なんだ」


 きょうだい?

 私、耳がおかしくなったのかしら?

 今、姉弟と聞こえたのだけれど?


「まだ分からない? イルミールはだよ?」

「姉?」

「そう、姉。僕は王妃の息子ってことになっているから、大っぴらには出来ないけれど」

「姉? ということは……恋人同士では、ない?」

「そうだね、恋人ではないね。姉だもの」

「姉弟で恋人同士にはなれないわよね?」


 イルミール様が明るい声で笑っている。


 私の頭の中は、まだ疑問符がグルグルと回っていて状況が飲み込めない。

 これはどういうことなのだろうか?

 イルミール様がイシュタール様のお姉様?

 お姉様が聖女様?


 あれ? ということは……。


「私、聖女にならなくてもいいのですか?!」

「どうしてルルーシアが聖女になるんだい?」

「ルルーシア様って面白い方なのね」


 イルミール様がコロコロと鈴のような可憐な笑い声を上げている。


「ルルーシア? いい加減、僕に好かれている自覚を持って欲しいのだけど?」


 イシュタール様が私の手を握って顔を覗き込んできた。


「僕はこれでも、かなり分かりやすいほど、君への愛情を示して来ているはずなんだけど?」


 私の目を真っ直ぐ見つめるイシュタール様の瞳には、しっかりとした熱が篭って見えた。


「私、愛されているのですか?」

「まずはそこからか……」


 少し困ったような表情をしながら、イシュタール様が笑っている。


「なかなか楽しい婚約者なのね、イシュタール」


 イルミール様はなぜか涙を流して笑っている。


 私、何をどう間違えたのかしら?


「男は無闇に愛を囁くものではないなんてこの国では言うけど、これは愛を囁きまくる他ないかもしれないわよ、イシュタール」

「僕もそう思うよ、姉さん」


 何だかよく分からないけれど、イルミール様がイシュタール様のお姉様で、私は聖女にならなくていいことは分かった。


「私、聖女にならなくてもいいのですね……良かった……」

「君が聖女になってしまったら、僕が困る」

「私が聖女になるとお困りになられるのですか?」

「うん、とっても。僕は最愛・・の伴侶を失ってしまうのだからね」


「最愛……え? 最愛?!」

「そう、最愛だよ、ルルーシア」

「え?! まさか、そんな?!」

「僕に愛されると、君は困るのかな? ルルーシア?」


「こ、困りません! 困りませんけど……」

「けど、何?」

「私の片思いではないのですか? 本当に?」

「ルルーシアには最初に言ったはずだよ? この婚約は僕が望んだものだって。そんな大切なことも忘れてしまったの?」


 そんなことを聞いた記憶がない。

 私、また聞いていなかったのだろうか?


 私は昔から人の話を聞いていないことがあるようで、そのせいで時折相手を大変悲しませてしまう時があった。


 自分ではしっかりと聞いているつもりなのだが、どういうわけか聞き逃していることがあるのだ。


「申し訳ありません……」

「そんなルルーシアも可愛いから、僕は大好きなんだけどね」

「あ、あの、イシュタール様? 可愛いとは私のことでございますか?」

「君以外誰がいるの? ルルーシアにはきちんと言葉で伝えなくては伝わらないんだとよく分かったから、今日から僕は君に愛を囁き続けることにするよ」

「?? お手柔らかにお願いします?」

「これからもよろしくね、愛しのルルーシア」


 イシュタール様のお顔が近付いて来たと思ったら、頬に柔らかな感触と共にチュッという音がした。


 頬にキスをされたのだと気付くのに数秒を要したが、そうだと分かった途端、火が出るのではないかと思うほど顔が熱くなった。


「もう! そういうことは私がいないところでやりなさいよね、イシュタール!」


 イルミール様の声が聞こえたが、私はもうそれどころではなく、どうしていいのか分からないまま呆然と立ち尽くしていた。


「少しは僕に愛されていると自覚した?」


 イシュタール様に耳元で囁かれ、私は壊れた人形のように、首を縦に振り続けたのであった。

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頑張る婚約者~僕の婚約者は間違った方に突っ走る ロゼ @manmaruman

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