第2話


『イシュタール視点』


 僕の婚約者は時々暴走する。


 形式的には「王家に相応しい家格によって選ばれた婚約者」ということになっているのだが、ルルーシアとの婚約は僕の希望から成り立ったものだった。


 なぜそれを表立って言わないかというと、王家と貴族のバランス関係が崩れかねないからだ。


 我が国には公爵家が三つあり、一つは王族派、一つは貴族派、一つは中立派を公言しており、この三家がバランスを保っているため、内政は平和を保っていると言ってもいい。


 僕の婚約者は、王族派の公爵家次女『エマ・ブルジョワナ』が最有力候補だったが、エマ嬢は我欲が強く、子供らしいと言えばそれまでなのだが、少々傲慢な性格をしており、その上歳が六つも年下で幼すぎた。

 そしてブルジョワナ家自体にも少し問題があったため、婚約の話は立ち消えた。


 貴族派のタンザリー公爵家には男子しかおらず、残ったのがモグワイム家だった。

 次女のユリーシス嬢が候補に上がったのだが、ルルーシアの絵姿を見て「ルルーシア嬢でお願いしたい」と申し出た。


 ユリーシス嬢は僕より一歳年上だったが、とても賢く美しいと評判のご令嬢で、王である父はユリーシス嬢を最後まで推してきたのだが、僕は首を縦に振らなかったことで折れた。


 ルルーシアは目を引く美しさではないものの、小動物を思わせる愛くるしさがあり、僕の好みだったのだ。


 しかしここで、中立派に力が付きすぎても困ると一部の大臣達から苦言が出たため、表面上「家格によって選ばれた」ことになったのだ。


 そのことはルルーシアに話したはずなのだが、ルルーシアの様子を見る限りきちんと伝わらなかったようだ。


 周囲からは、僕がルルーシアに夢中なのは丸分かりな状況なのに、彼女は自分に自信がないようで、あまり伝わってはいない。


「無闇に愛を囁くのは避けろ」と教育されてきたので、あまり「好きだ」「愛している」とは言えず、時折酷くもどかしくなる。


 話は逸れてしまったが、僕の婚約者のルルーシアは時折おかしな方向に暴走することがある。


 市政の視察を兼ねてデートをした時、僕が何気なく売り物のカナリアを眺めていたら、何を勘違いしたのか、翌日、王太子宮にルルーシアから三十羽のカナリアが届いた。


「イシュタール様の慰めになりますように」


 という愛らしい文字のカードと共に。


 愛しの婚約者からの贈り物だったが、さすがに三十羽のカナリアは勉強や政務に集中出来なくなるほどうるさく、仕方がないので温室に放し、そこで飼うことになった。

 今では勝手に繁殖して倍の数まで増えている。


 一緒に観劇した際には、劇の内容で気になった点を何気なく話したところ、ルルーシアは妙に感心したように話を聞いていたのだが、後日、その劇の内容は僕が指摘した点を長ったらしく説明を交えながら演じるものになり、人気がガタ落ちしてしまった。


「イシュタール様が仰ることがあまりにもっともな意見だったので、脚本家に注釈を入れるように抗議致しました。前よりもきっと良い劇になっておりますわ」


 そんなことを可愛らしい笑顔で言われたので、「いやいや、人気ガタ落ちだから」とは言えなかった。


 ある時は、ルルーシアの屋敷に珍しい切り花が生けてあり、それを褒めたところ、数日後に王太子宮にその花が鉢植えの状態で大量に届いた。

 そしてルルーシアが王宮にしばらく来れなくなったと連絡が入った。


 どうしたのかと使いの者に訊ねたところ


「本日お届けしたカイラスの花は、ルルーシア様自らが山に登り採っていらしたのですが、その際に無理をなされたようで酷い捻挫をされまして……」


 と困ったようにそのものは答えた。


 まさか、公爵令嬢であるルルーシアが自ら山に登り、この量を採って来たなどと誰が考えよう。


「昔からお嬢様は、何かを思い付いたり思い込むとそれしか見えなくなってしまう性格でして…」


 それにしても、である。


 このようにルルーシアは、何かを思い付いたり思い込むと、予想外の方向に突っ走ってしまうところがある。

 大抵が間違った方向に突っ走るので困りものだ。


 そして今回もまた、何やら間違った方向に突っ走ろうとしているようだ。


 体調不良でここ数日王宮に来ることがなかったルルーシアだが、様子を見て来てもらったものからの報告によると、自室に籠り聖女についての本を読み漁っているという。


 現在の聖女『イルミール・ヴァナム』は僕の姉だ。

 姉と言っても父親が違うのだが……。


 僕は三歳まで平民の子として生きていた。

 僕の母は王宮侍女をしていて、その時に父である王の寵愛を受けた。


 イルミールの父は、イルミールが生まれる前に流行病で亡くなっており、決して不貞ではない。


 だが王妃がそれを許さなかった。

 僕達の母カルエラは、王が隣国への訪問で不在の間に王宮を追い出された。


 その時には既に僕がお腹の中にいたのだが、王に伝える前に追い出されてしまったために、王は僕が生まれたことすら知らぬまま、カルエラが勝手に去って行ったのだと王妃に言われそれを信じた。


 しかしその王妃も病に倒れ、その病床で王妃が懺悔する形でカルエラのことを打ち明けたため、僕の存在が王の知るところとなり、僕は秘密裏に王宮へと連れて来られた。


 王は、母であるカルエラのことも迎え入れるつもりでいたのだが、カルエラがそれを激しく拒んだため、カルエラとイルミールは平民としてその後も生活をし、僕は王妃の実子とされ王子になった。


 病に倒れた王妃はその後寝たきりとなり表舞台には立てなくなった。

 王妃の子供は王女しかおらず、王位につけるのは男のみとされるこの国の決まりもあり、僕は王太子となったのだ。


 そのことはルルーシアには話していたのだが、彼女はきっと忘れてしまったか聞いていなかったのではないだろうか?


 僕のことをポーっとした顔で幸せそうに見つめているルルーシアは、肝心な時に人の話を上の空でしか聞いていないことがあるのだ。


 そんな彼女が部屋に篭って聖女について学んでいるなんて、絶対良からぬ方向に走り始めたに違いない。


何より聖女についての本を読み漁っていると言うのが気になる。


これはどうしたものか…



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