頑張る婚約者～僕の婚約者は間違った方に突っ走る

第1話

　私の婚約者はこの国の王太子殿下である。

『イシュタール・ツェルバーグ』様。

　私よりも二歳年上の十七歳。

　私は、公爵家の三女『ルルーシア・モグワイム』。

　この春に十五歳になった。

　私達の婚約は五年前に取り決められた。

　王家と釣り合う家格の令嬢が我が家にしかおらず、姉達は王太子殿下よりも歳が上だったため、私が選ばれた。

　初めてイシュタール様にお会いした時のことは今でもはっきりと覚えている。

　太陽の日差しにキラキラと輝く金色の緩やかな癖のある髪、白い肌、青空よりも綺麗なブルーの瞳。

　天使がいるとしたらこんな感じではないのだろうかと思った。

　それに比べて私は茶色の地味な髪色で、瞳だけは珍しい金色をしているが、目の覚めるような美人とはいかない容姿。

　イシュタール様の隣に並ぶと見劣りしてしまう。

「これからよろしくね、婚約者殿」

　眩しい笑顔でそう言われて、私はすっかり恋に落ちた。

　イシュタール様はいつも優しく、王宮での妃教育が始まった私に穏やかな声で労いの言葉を掛けてくれた。

「辛いことが多いだろうが、君ならきっと乗り越えられるよ。辛い時はいつでも僕に甘えて欲しい」

　本当に優しい人で、私はますますイシュタール様に夢中になった。

　私が十三歳の時、この国に聖女が誕生した。

　この世界には『聖女』と呼ばれる存在がいて、聖女は聖なる力であらゆるものを護り癒す。

　そのため各国では年に一度、十歳から二十歳の女性を集めて『聖女判定』が行われ、女として生まれたものは二十歳までの間に一度はその判定を受けなければならない決まりになっている。

　私は十二歳でその判定を受けた聖女候補で、聖女を示す石版を仄かに光らせることが出来たのだが、平民出身の聖女様は、石版をそれはそれは眩しいほど輝かせて、周囲を騒然とさせた。

　仮の聖女しかいなかったこの国に現れた、実に百年振りの真の聖女様は、水色と金色を混ぜなような不思議な髪色をした、イシュタール様よりも二歳年上の十七歳の美しい少女だった。

　聖女様の誕生にこの国は沸き、様々な場所に聖女様とイシュタール様は国の代表として登場した。

　そして気付いてしまった。イシュタール様の聖女様を見つめる瞳に。

　私には向けられないその視線は、愛しい者を見つめる瞳だった。

　聖女となった女性は神の妃となるため、聖女を引退しない限り婚姻は出来ない決まりになっている。

　そして、一度聖女となった女性は、例え平民の出身だろうと、聖女になった時点でその地位はこの国最高のものになり、引退後も変わらない。

　なので聖女様が聖女を引退すればイシュタール様と結ばれることが叶う。

　国の最高地位にある聖女様との結婚を、どこの誰が反対出来るだろう。

　だけど私は、イシュタール様を諦めきれず、その視線の行方に気付いていないふりをした。

　変わらずお優しいイシュタール様は私を本当に大切にしてくださった。

　その度に私の心は痛み、泣きたくなるような切ない気持ちに苛まれた。

　見て見ぬふりをしていても、イシュタール様の視線の先を気にしてしまう。

　イシュタール様のことを私が好きなように、イシュタール様も辛く切ない恋をされているのかと思うと、心が砕けそうだった。

　そして今日、私は2人が想いあっていることを知った。

　婚約して五年目の夏だった。

　何やら人目のない場所で、二人で手を取り合い話し込んでいる聖女様とイシュタール様は、並んで一緒にいることが当然のようにお似合いで、入り込む余地なんてないほど親密そうで、私はいたたまれなくてその場から逃げた。

　それからは体調不良を言い訳に妃教育を休み、しばらく屋敷に閉じこもった。

　沢山泣いて、もう涙も出ないんじゃないかというくらいに泣き尽くして、決意した。

　私が聖女になればいいのだと。

　そうしたら現聖女様は引退出来るし、イシュタール様と堂々と結ばれる立場になられる。

　私はイシュタール様以外の男性と結婚するつもりはないので、聖女になれば他の方との婚約や婚姻が成されることはない。

　そして、聖女として忙しくしていればきっとイシュタール様のことも忘れられるだろう。

　イシュタール様のことが大好きだからこそ、イシュタール様にも幸せになってもらいたい。

　まだ胸はジクジクと痛んで苦しいけれど、イシュタール様が幸せになるのならばきっと耐えられる。

　そうと決まれば聖女について学ばなければ！　グズグズしている暇なんてない！

　そう思い至った私は、聖女について書かれている様々な書物を読むことから学習を始めた。