第3話 運命のふたり (3/3)
「信じたろうさ。そういう凡庸な人間を選んでいるのだから……。それに食事に入れた薬で彼が眠っている間に、催眠治療も施したじゃないか」
所長は、気に留めるでもなく業務に戻る。秘書は振り返り、既に誰もいない玄関をしばし見つめた。
やはり俺たちは運命のふたりだ。男は安堵と自信を持って、妻と我が家への道を辿る。訪れる患者が必ず一人である事、皆が器量よしである事。それらの疑問を思い出す事もなく。
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三十年後、男は病院で死の床についていた。傍らには、運命の女が相も変わらず添うている。
「ちゃんと喋れるうちに言っておくよ。俺の人生、お前のおかげで素晴らしいものだった。自分みたいに何の取り得もない男には、もったいない女だったよ、お前は。
ところでさ……今まで聞けなかったんだが、お前は俺と一緒になってどうだったんだ、幸せだったのか……?」
男は、傍らにいる妻に問う。
「それを私に聞くんですか? 言わなくても分かっているでしょう」
「聞かせてくれよ。最後の頼みだ」
男は年甲斐もなく、甘えたような声を出す。
「当たり前でしょ。あなたと一緒になって、後悔した事なんか、只の一度もありませんわ。だって私たちは、運命のふたりですもの」
妻は、優しく夫の手を握る。
それから数日後、男は安らかに黄泉の国へと旅立った。
すぐさま、もはや抜け殻となった男の病室のドアが開く。
「さて、これでまた一つミッションが終ったわね」
助手の男性を伴って現れた、五十代の女性が呟いた。男があの施設で出会った女性秘書である。
「所長はこの男にいたく興味をお持ちのようでしたが、何か理由があるのでしょうか」
助手が、今や研究施設の所長となった女性に聞いた。
「えぇ、昔ちょっとね。それで彼が助からないと分かった時、色々と工作して私の息のかかった病院に入院させたのよ。どうしても、最後を見たくてね」
眼鏡の奥で、冷たい目が光る。
「一体、何が知りたかったのですか?」
「……彼が幸せだったのかどうか」
助手の問いかけに、所長が間髪入れずに答えた。
「20××年10月9日午前11時30分。”運命のふたり”コースを終了します。これにて。全プログラムが完遂した事を確認しました」
男の老妻が、突然、無機質にしゃべりだす。
助手が、ポケットからスマートフォンのような物を取り出して、画面を確認する。
「正常に動作終了したようです……。長い間、ご苦労さん」
助手が、妻の肩をポンと叩いた。
「やめなさいよ。アンドロイドに、そんな事を言うのは」
現実主義者の女所長が、眉をひそめる。
2000年代、地球の人口は増加の一途をたどり、このままでは地球自身が人類を養い切れなくなる事が判明した。各国は秘密裏に共同体を作り、対策を練る。
十数年にも及ぶ討議の末、出た結論は「人類精鋭化計画」
それは地球と人間の両方を守る為、人類を”少数精鋭”の種族にするプランであった。全ての人間を遺伝子調査し、容姿を含め何らかの才能が認められた者だけが子孫を残す。おのずと人口は減り、その上、人類は正にエリート集団となって新たな一歩を踏み出せる。
だが問題は、その選に漏れた人々をどうするかであった。大量虐殺など出来るわけもないし、何よりそれだと地球規模の戦争になりかねない。かといって、強制的な断種も不可能だ。これもまた、暴動の引き金になるだろう。
そこで共同体が立案したのは「本人に気づかれる事なく、子孫を残さず人生を終わらせる」計画、すなわちこれが人類精鋭化計画であった。
当時、急速に発展していたAIとアンドロイド技術に更に磨きをかけ、わすか三十年という短い年月で、人間と寸分変わらぬアンドロイドの開発に成功したのである。
それを密かに”選に漏れた”人間へあてがうのだ。対象者の性格を調べ上げ、その人物に最適な出会いや生活を演出する。浮気などされて、よそに子供を設けられては意味がないので、基本的には容姿端麗、対象者に都合のよい性格に設定され、”作り物”の配偶者を裏切らない様に工夫されたのは言うまでもない。
そして三年に一度、データの収集と修正、更には老化プログラムの更新を行うのであった。
「しかし騙されていたと知ったら、この男も怒りまくるでしょうねぇ」
助手が、軽口をたたく。
「そうかしら。本来ならこんな無能な男、結婚すら出来なかった可能性だって大なんだから、偽りの幸せであっても、それを与えた私たちに感謝してほしいものだわ」
所長が、冷たく言い放つ。
「それじゃぁ”これ”は、リサイクルに回しちゃっていいですね?」
助手が、アンドロイドを指さした。
「ええ、いいわ。この計画は一気に行えない所が泣き所だから、一刻も早く次の対象者にあてがわないとね」
所長は既に男の事など、眼中にないといった表情を見せる。
「そうですね。一気にやってしまうと、見せかけの人口が倍増してしまいますからね。
あれ? このアンドロイド、目から何か……水滴みたいなものが、流れ出しているような……」
アンドロイドを簡易点検していた助手が報告した。
「涙かも……なんて言いたいんでしょ? フン、そんなもの涙腺パーツが結露しただけよ。古いアンドロイドには、良くある劣化現象だわ」
やれやれという顔をした助手が、役目を終えたアンドロイドへ新たな指示を出す。この後、男の妻だったアンドロイドは新たな指令を果たす為、専用の再生工場へと赴くのだ。
また、どこかの誰かと”運命のふたり”になるために。
運命のふたり《妻の秘密編》(短編) 藻ノかたり @monokatari
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