後編



 ――その夜。



 俺はひとり、部屋で矢羽野のことを考えていた。


 今日、矢羽野と話をしてよく分かった。

 だからこそ、俺は自分自身に腹が立っていた。


「何が、矢羽野ちゃんはヤバいだよ・・・・・・」


 今まで、地雷系の格好をしているってだけで、俺は周りの奴らと根の葉もない噂で勝手に盛り上がってたんだ。


 そんな自分を、今は殴り倒してやりたい気分だった。



『あたし、大学で話せる友達誰もいなかったから』



 別れ際の、矢羽野のあの言葉を思い出す。


 矢羽野は、笑顔で俺にそう言っていたけど、あんなに寂しい言葉を笑顔で言えるはずがない。


 地雷系の見た目ってだけで、周りから偏見な目で見られて、勝手にありもしない噂話を流されて。


 それでも、矢羽野は周りに流されずに、自分自身を貫いていたんだ。例え、それで誰ひとり友達が出来なかったとしても。


 ドンッ!


 俺は、思わず壁を殴る。


「明日、ちゃんと矢羽野に謝ろう。俺にそんな資格は無いかもしれないけど、ちゃんと矢羽野に気持ちを伝えたい」


 矢羽野、ごめん・・・本当にごめん・・・・・・。


 俺は、何度も心の中で謝りながら、そっと目を閉じた。




 ◆◆◆




 ――翌朝。



 俺は、早速大学で矢羽野を探した。

 だけど、矢羽野の姿はどこにも見当たらなかった。


「もしかして、今日は午後からなのか?」


 そうこうしてるうちに、あっという間に昼休みになった。


 俺は、いつものように男友達とベンチに座っていた。だけど、今は矢羽野のことで頭がいっぱいだ。


(早く、矢羽野に会いたい――)



「おい、見ろよ。地雷系の矢羽野ちゃんが来たぞ!」


「えっ?」


 俺は俯いていた顔を、急いで上げた。

 すると、視線の先には矢羽野が歩いていた。


 だけど、いつもと何か様子がおかしい。

 というよりも、目を擦りながら・・・もしかして、泣いてるのか?


「あーあ。あれはきっと、男にフラれたやつだな」


「ストーカーのし過ぎで? ってか、矢羽野なら逆ギレして刺すやつだろ?」


「プッ、たしかに言えてる! じゃあ、アレはむしろ嬉し涙ってやつか!?」


「ひぇぇぇぇ! マジで地雷系のヤンデレって超怖ぇよ!! なぁ弓原、お前もそう思わねー!?」


 そう言って笑う周りの連中に、俺は絶句した。


(あぁ・・・俺は、今までこんな奴らと一緒になって笑ってたのか)


「しかし、矢羽野のヤンデレはマジでヤバいよな?」


「ヤバくねぇよ」


 俺は、一言そう言ってベンチから立ち上がる。


「は? 弓原、お前どーした?」


「ヤバいのは矢羽野じゃなくて、根の葉もねぇ噂で勝手に盛り上がってるお前らの方だろ!!」


 気がついたら、俺はその場から走り出していた。そんな俺を、一緒に居た連中は変な目で見ていたが、そんなことどうでもいい。


(吐き気がする。あんな奴らにも、そいつらと今まで一緒に笑ってた自分自身にも・・・・・・)


 俺は、矢羽野の後を急いで追いかけた。

 木々に囲まれたベンチで、矢羽野はひとりぽつんと座っていた。


「はぁ・・・はぁ・・・矢羽野!?」


 すると、矢羽野はハンカチで目を当てていた。俺は、そんな矢羽野を前に我慢が出来なかった。


「矢羽野っ!!」


「・・・えっ?」


 ガシっと、矢羽野の両肩を掴んだ俺は、そのまま頭を深く下げた。


「ごめん矢羽野! 俺、矢羽野に謝りたくて・・・本当にごめん!!」


「えっ、ちょ、ちょっと・・・急にどうしたの!?」


「俺、今まで他の奴らと一緒に、矢羽野こと笑っててさ! でも、さっき矢羽野の悪口言ってた奴らを見てたら、めちゃくちゃ腹が立ってきて・・・」


「・・・・・・」


「俺に今更そんな奴らに腹を立てたり、矢羽野に謝る資格なんて無いけど、でも謝らせてくれ! 本当にごめん! ごめん!!」


 俺は、無我夢中で何度も謝った。

 なぜか、俺の目からも勝手に涙がこぼれ出していた。


「別にいいのに。あたし、何も気にしてないよ?」


「いや、でも・・・泣いてるじゃねぇか!」


「あぁー?」


 そう言って、矢羽野は俺の前に『目薬』を見せてきた。


「あたし今日、めっちゃドライアイなんだよ! だから、ずっと目薬をさしてるんだけどさー」


「め、目薬・・・・・・?」


 はぁ〜っと、俺はその場に膝から崩れ落ちた。


「なんだよ、俺てっきり泣いているんだとばかり・・・」


「あれれ〜? もしかして、あたしのこと心配してくれてたの?」


「うっ」


 俺は思わず、顔を赤くしながら目を逸らした。そんな、俺を見ながら矢羽野は笑顔で笑っていた。


「・・・なぁ、矢羽野。俺、矢羽野のことが好きだ」


「・・・・・・え?」


「あっ、急に変だよな!? でも俺、もう矢羽野ことが頭から離れられなくてさ・・・」


「そ、そんな・・・急に言われても・・・・・・」


「だ、だよな! 悪い、今のは無しってことで――」



 すると、矢羽野は俺の手を掴んだ。


「そんな大切な言葉、無しにしないで!」


「・・・・・・え?」


 矢羽野の顔は、真っ赤になっていた。


「あたし、好きって言われたのはじめてなの。だから・・・・・・」


 矢羽野はそう言って、俺の胸に寄りかかってきた。


「えっ、や、矢羽野!?」


「こっち見ないで! 今、顔めっちゃブサイクだから」


 そう言う矢羽野を、俺はそっと抱きしめた。心臓の音が、自分でも分かるくらいに高鳴っている。


「でも、いいのか? 俺なんかで」


「逆に聞く。あたしなんかでいいの? 一緒に居たら、あなたも変な目で見られるんだよ?」


 俺は、胸に顔を埋める矢羽野の顔を、そっと手で上げながら口を開いた。



「じゃあ逆に聞くけど、好きな人と一緒に居るのは、ダメなことなのか?」



 矢羽野は、その言葉に大きくその目を見開いた。


「・・・・・・バカ」




 ◆◆◆




 ――翌日。



 この日、大学はいつもよりもザワついていた。俺と一緒に手を繋いで、隣を歩く矢羽野に全員が注目していた。


 だけど、今度は地雷系を見る偏見な眼差しは、誰ひとりとして向けてはいない。


 今日の矢羽野は、髪をストレートに下ろして、地雷系ではなく清楚な服装に身を包んでいたからだ。


 いつもと違う矢羽野――いや、の姿に、今までバカにしていた連中も皆、驚いた表情で俺達を見ていた。


「いいのか詩乃。俺は別にいつもの格好でもよかったのに」


「今日はいいの! あたしだって、たまには違う格好くらいするってこと、わからせないとね」


 たしかに、そう言う詩乃の表情はいつもよりも明るく輝いて見える。


 逆に、詩乃のことを散々悪く言っていた奴らの顔はポカーンとしてて、まさにざまあみろだ。


 俺達はそのまま、あのベンチの所まで歩いて座った。


「ん〜! でも、久しぶりにこんな格好すると、何だかめっちゃ恥ずかしいわ」


「いや、詩乃は十分似合ってるよ。もちろん、地雷系の格好もな!」


 そう言って、俺達はお互いに繋いでいる手を更に強く握り合った。


「ねぇ、さっきからあたしの顔を見てどうしたの?」


「いや、詩乃はほんと可愛いなって!」


 俺がそう言うと「バカ!」と言って、詩乃は顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた。


「ねぇ・・・奏斗君かなとくん


「ん?」


 チュッ


 詩乃が、突然俺に口付けをしてきた。


「大好きだよ」


「あぁ・・・俺も大好きだよ」


 俺達は、照れくさそうに笑い合う。


「あっ、でももし浮気なんかしたら、からね?」


「・・・・・・えっ?」


「んふふ〜♡」




 ――――――――――――――――――――

【あとがき】


 最後までご高覧頂きまして、ありがとうございます!


 地雷系だけど、ヤンデレじゃないヒロインを書きたかったお話です!


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 今月はまだまだ短編出す予定なので、今後もよろしくお願いします!

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矢羽野ちゃんは、ヤバくない。 楓 しずく @kaedeshizuku

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