終章

 ─── 巣立ち


 私も一緒に飛び立ちたい。


 そう思い、高校時代に一度だけ巣立ちを決意した。

 父の留守中に勝手に家を抜け出し、バイト募集の張り紙を見つけ頼んだ。携帯を持たせてもらえていない私は、その店に入り、頼み込んだ。店の人は優しく私の話を聞いてくれたが、お金がなく履歴書が買えなかった。親の許可もなく、「それじゃあ、無理だよ」と断られてしまった。


 他の店も探して頼み回った。どこも履歴書が必要と言われ、仕方なく履歴書を万引きした。でも、店を出たところで、すぐに捕まり父が来た。私は頭が真っ白になり、その時のことは、あまり覚えていない。父が頭を下げ、父にバイトをしようとしたことがバレ、父と家に帰った。


 家に帰ってから父は、私を叱らなかった。叱るどころか父は笑っていた。父の笑顔は好きだった。でも、この時の笑顔はすごく怖かった。

 なぜ、叱らなかったのか分からないかった。

 なぜ、笑っていたのか分からなかった。

 なぜ、怖かったのか分からなかった。


 ただ、私にはバイトが出来ないことはわかった。


 私は鳥籠の中の鳥。


 一人では翔べない。


 翔べないどころか、飛べない。


 鳥籠の中ですら飛べなかった。


 翔びたい。飛んで自由になりたかった。ただそれだけ。それだけでよかった。



 ─── 飛翔


 飛べない私に兆しが見えた。

 母と父が別れて七年が過ぎた冬の日。

 私は、初めて母と再開することができた。


 ようやく弁護士を通して、私が母に会うことが叶った。母は私に会うために、色々と調べ、私と一緒に暮らせる方法を探してくれていた。


 喫茶店で母と待ち合わせをした。少なくとも明日の午前中までは、母のもとにいられた。私は、一日分の荷物をまとめて、母が待つ喫茶店へ向かうと、母は立ち上がり私に手を振ってくれ、私の事を覚えてくれていたと分かった。久しぶりに会えた母は、若干痩せているようにも見えたが、私の知っている母だった。母は、周りを気にせず抱きしめてくれた。私に「大人になったね」と言ってくれた。「綺麗になったね」と言ってくれた。


 必死に痩せ我慢をして涙を堪えた。母の目も赤く血走っていたけど、私が泣いていなかったから、泣けなかったと思う。


 二人して目を赤くして、時間を忘れて話をした。たくさん食べた。たくさん笑った。たくさん褒めてくれて、たくさん話を聞いてくれて、たくさん温かい気持ちになった。全然、話しても七年間は、埋まらなかったけど、それでも私は話したかった。聞いてほしかった。母に「うんうん」と頷いてほしかった。


 でも、どれだけ話しても、父との事は、まったく話せなかった。話したいと思わなかった。話したら行けないと思った。いや、違う。そうじゃない。話したら母が不機嫌になると思った。笑顔が消えると思った。私の前からまた消えてしまうと思った。だから言えなかった。ただ、それだけだった。


 母と話した後、母の住んでいるアパートに行った。家に入ると、また抱きしめてくれた。何度も何度も「ごめんね」と言った。乾いていた目が潤い、涙が溢れ、その涙を手で拭ってくれたけど、拭っても拭っても溢れる涙は、母にも移り一緒に泣いた。


 母は、私と一緒に暮らす方法を探していた事を教えてくれた。でも、一緒に暮らせないと言われた。そう言われ、私の心は青ざめた。私は、どこかで母に助けを求めていたのかもしれない。


 そんな母と一緒に風呂に浸かった。湯船に浸かっていた時、母は遂に父のことを聞いてきた。それで、私を縛っていた糸が切れ、私は全てを話した。


 話した後、母は私に聞いてきた。


「まだ、お父さんと暮らしたい?」


 私は、何も答えられなかった。


 だけど、母の表情からは、私が否定するのを待っているようだった。私が否定しなかった事で、母は微笑み「ごめんね。変なことを聞いちゃって」と言った。


 母は、私と暮らしたかった。私も母と暮らしたかった。この時の私は、もはや父の存在が邪魔でしかなかった。父がいなければ母と一緒に暮らせてた。父がいなければ母は泣かなかった。父がいなければ私に友達がいた。父が……父が……。


 すべて父が悪いと思った瞬間、私の足に絡まっていた細くて長い糸が『プツッ』と切れた。私は、初めから翔べてた。翔ぶことが出来てた。翔べなかったのは、父が邪魔をしてたせいだった。


 次の日、母と別れた後、父がいる家に帰った。父は酒を飲んで寝ていた。私は、包丁を握りしめ、何度も刺した。どれだけ刺して、血が飛び散って、血で汚れても、私は刺すことを辞めなかった。


 それから数時間後に私は、泣きながら母に電話した。


「ママ、やったよ。これで一緒に暮らせるよ」


 私の異変に気が付き、母は急いで駆けつけてくれた。血で汚れた私を抱きしめてくれた。私は「汚れちゃうよ」と言った。母は、「ごめんね」と言って強く抱きしめた。私も母に「ごめんね」と言った。母は、「ありがとうね」と言ってくれた。


 私と母は、母の車に父を乗せて、人里離れた森に行った。穴を掘り、その穴に父を入れて、灯油を撒き、火をつけた。燃える父を母は、見下ろしていた。私は、ようやくこれで自由になれたと思い、笑みを抑えきれずに笑った。


 ─── 証言


 私は、玲子に後悔してるか聞いた。


 玲子は頷き、「少しだけ……。でも、そうするしかなかった」と言った。


「今は幸せか」と聞くと、頷き「幸せだよ。ママも雅美も側にいてくれるから」と言った。


「ママが好きなんだね」と言うと、頷き「産んでくれて感謝してる」と言った。


 そして私に玲子は、この話を書いてほしいと頼んできた。


 私が「分かった」と頷くと、玲子は「ありがとう」と言った。


 そんな玲子は私に笑顔で、

 「籠の中の鳥ってね。いつでも翔び立てるんだよ」と言った。


   (了)


 ※この物語はフィクションです。

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籠の中の鳥は、いつでも翔び立てる BB ミ・ラ・イ @bbmirai

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