140.未来の勇者へ

 最初にそれを知った時、スティングは心の底から驚いた。


(私が、予知者……!?)


 時折不意に見える映像。だがおぼろげで途切れ途切れの映像が次々と現実となって行くのを見て、彼はそれを認めざるを得なくなっていた。

 そんな中彼の脳裏に映し出されたのが、自分が勇者となって魔王を倒す映像。そして後に戦友となるゲインと言う男が魔王を倒す未来だった。



「君、強いね。私と一緒に行かないか?」


 予知通りゲインを仲間にしたスティングは、最初の魔王討伐を見事成し遂げる。途中、次の勇者となるゲインの助けになるだろう布石を幾つもして置いた。と言うのもこの時点でゲインには新たな魔王のことは黙っていた。今回の魔王討伐が終わり、少しゆっくりしてから彼に話すつもりだった。



 だがスティングは死んだ。


 ダーシャよりも頻度の高い予知をするスティングでさえ、自分の死については全く知ることができなかった。ましてや自分がその立場の魔王になることなども。






「リーファ殿を魔法勇者と認め、国の英雄と認定する!!」


 レーガルト王城、謁見の間。

 世の中を騒がせた魔物騒動も新たな魔王が倒されたことで鎮静化し、再び平和な世が訪れた。レーガルト国王より今回の魔王討伐の立役者として選ばれたリーファが頭を下げて答える。


「至極光栄なお言葉。有り難く魔法勇者の名を賜ります」


 リーファが片膝をつき、頭を深々と下げ答える。彼女の後ろには同じパーティで活躍したマルシェとシンフォニア。同じく頭を下げ国王に感謝の意を示す。


 ちなみに今回の魔王が元国の英雄だと言うことは伏せられた。国民の中でも目撃者が少なかったことは都合の良いことであり、魔王が討伐された事だけが大体的に伝えられた。

 また生きる屍アンデッド化の研究をした魔法団の者、更に魔王復活に加担したとして元騎士団長ヴァーゼルは拘束され、今は地下牢に投獄されている。


 魔法勇者リーファを見つめる国防大臣のルージュや騎士団長ボーガン、副団長ファーレン。今回はそのほか各地の有力者が集まっての祝勝会となった。一見すれば和やかな雰囲気。だが皆の胸にはひとりの男の名があった。



 ――ゲイン


 一番の功労者であるゴリラの男ゲインがいない。

 彼はここに来て自分が勇者と呼ばれることを拒んだ。ただ『自分は昔の友と昔の話をしただけ』と言って今回の祝勝会への参加も見送っていた。





「さてと……」


 その頃、レーガルト王城を旅立とうとしているひとりの男がいた。

 ゴリ族のような容姿、腰には銀色に輝く剣を携えている。祝勝会を辞退したゲインは青く澄み切った空を仰ぎ、少し前に見た夢を思い出した。



『師匠!! あれが魔王ですか!!!』


 その夢に出て来たのは大きく成長したユータ。スティングの甥でありフローラの息子。真っ赤な赤髪は彼らの象徴であり、立派になったユータは正にスティングの生き写しのようであった。そのユータの前で剣と盾を構えるゲイン。


(そう、俺は勇者ユータの前衛。魔王の攻撃を受け止めるタンク!!!)


 ゲインは夢の中で大きくなったユータと共に魔王と戦う夢を見た。

 嬉しかった。まるでスティングに託されたかのような魔王討伐。スティングと共にあるようで、ゲインは零れる涙を拭いながらユータと共に剣を振る。


(勇者の剣が喜んでやがる)


 ユータが手にした叔父からの剣は、甥の手に渡ってからもその輝きを失わず迫りくる魔王へと勇ましく向けられた。





(ああ、そうだ。この剣を置いて行かなやきゃな……)


 フード付きのローブを纏ったゲインが王城出口近くにある大きな岩を向かって言う。


「ここでいいかな」


 そう言いながら腰につけた銀色の剣を抜き、気合と共に一気に岩に突き刺す。



 ズン!!!


(スティング……)


 昔、その勇者と旅が終わった時にも行った『勇者の剣』のこの儀式。後に来る勇者の為だと思うと本当に感慨深い。



(お前もこんな気持ちだったのか、スティングよ……)


 何も知らなかったゲイン。あの不可解な行為がこんな意味を持っていたとは思いもよらなかった。



「ふう……」


 岩に突き刺さった勇者の剣を見てゲインが大きく息を吐く。あの夢が正夢なのか、自分に『予知者』としての能力が発現したのかは分からない。だけどゲインは不思議と確証があった。



 ――次はお前の番だぜ、ユータ。


 未来を担う新たな勇者。

 スティングの血を引き、勇者に相応しい青年に成長する『未来の宝』を育てるため、ゲインはひとりコレッタ集落へと旅立つ。





「ゲインーーーーーーーっ!!!!」


 門を出ようとしたゲインを後方から大きな声で呼ぶ声が聞こえる。振り返るゲイン。王城からテラスように突き出た高台の上から、王都の謁見を終えた皆が集まって叫んでいる。ルージュが叫ぶ。


「ゲインーーーーっ!! また私を置いて行くのーーーーっ!!!」


 ゲインが片手を上げ小さくそれに答える。シンフォニアが涙を流して言う。



「ゲインしゃーーーーん、やっぱり私も行きましゅーーーーーっ!!!!」


 ゲインは前日に皆にひとりで旅立つことは告げてある。号泣され、大反対されたが彼の意思は固かった。マルシェも叫ぶ。


「ゲインさんのタンクはボクだけですっ!!! いつでも呼んでください!!!」


 蒼い髪に付けられた青きリボン。風に吹かれて揺れる彼女を美しく飾り立てる。リーファも叫ぶ。


「また会いに来い!! いつでも会ってやるぞ!!!」


 最後まで強気な彼女。だがその目は見たこともない程に赤く潤んでいる。



「うわ~ん、ゲインさ~ん……」

「ゲインしゃ~ん……、うぎゅ~……」


 皆の泣く声が聞こえる。ゲインはそんな彼らの方を向き大きく手を振って応える。




「ひとりで旅立つんかい?」


 そんな彼の横に白銀の長髪にスリットの入った色っぽい服を着た大導士ダーシャが降り立つ。ゲインが答える。



「まあな」


「あたしも連れてってよ」


「断る。お前はあいつらを頼む」


「つれないねえ~」


 相変わらずのゲインにダーシャが苦笑する。ひとり歩き出すゲインにダーシャが尋ねる。




「見えたのかい?」


 立ち止まったゲインが背を向けたまま答える。



「ああ、見えた。この世界の明るい未来がな」


 ゲインはそう言って片手を上げながらひとり歩き出した。

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ゴリラブレイク 〜隠居ゴリラは勇者を夢見る〜 サイトウ純蒼 @junso32

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