秘密というには大げさなこと

長月瓦礫

秘密というには大げさなこと


デブ猫を小脇に抱え、俺はようやく部屋に戻った。

その後、ふろにも入らずに寝てしまい、気がつけば朝になっていた。


「おはようございます。昨日は大変でしたねえ」


猫はのんびりと大きくのびをした。

俺のベッドの半分を占領していることにまず驚いた。

どうりで寝づらいわけだ。


その場のノリで連れてきてしまったが、コイツのことは何も分かっていない。

話を聞く限り、なんとなく野良猫なんだろうとは思う。


ただ、ここまでべらべら喋る物なのだろうか。

人間に慣れている猫は会話をし始めると聞いたことがある。

にゃあと鳴けば自分の要求が通ると思っているとかいないとか。


「お前、そんなだから太ったんじゃないか?」


「失礼なことをいいますね、体が大きいのは生まれつきですよ。

私に海外猫の血が混ざっているんですよ、きっと。

ご先祖様に名のある気高い猫がいるんです。そうに違いありません」


「何言ってんだか、気高い猫がそんなにべらべら喋るもんか」


「悲しいですにゃあ、プライドが高い奴ほど口が軽いんです。

それは猫でも人でも変わりませんよ」


猫はあくびをした。

この世の秘密をすべて知っているかのような得意気な態度である。


「そういえば、何でついてきた?

脱走した飼い猫か何かだと思っていたんだけど違うのか?」


「それが現実だったらどれだけよかったでしょうねえ。

私は宿もなければ銭もない、おまけに名前もない野良猫ですにゃあ。

でも、あそこらへんに住む人間の顔は全部覚えてます。

餌をくれるのもくれないのもみんな覚えてます」


「……だから、俺に声をかけたわけね」


知らない人間が来たから警戒していた。

人は気づかなくても猫はごまかせないらしい。


「それじゃあ、今頃、寂しがってるんじゃないか。

いつも見かける猫がいなくなったわけだし」


「そうですかにゃあ。気まぐれに遊んでいるだけだと思いますが」


「いや、これが案外、覚えてるもんなんだよ。

行方不明になったら探し回ってるんだぞ、知らないのか?」


「ああ、あれってそういうものだったんですねえ。

姿を見かけなくなったら、そういうことだと思っていたもんですから。

ということは、早く戻ったほうがいいかもしれませんねえ」


顔なじみがいなくなったら、それはそれとして受け入れる。

去る者は追わない主義か。


猫はぺろりと顔をなめる。野良猫の世界は興味深い。

能天気に見えて意外とハードなのかもしれない。

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秘密というには大げさなこと 長月瓦礫 @debrisbottle00

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