第13話 路地裏の賊

「まだ増やすんですか?」


 ロランはいくらかうんざりして、それだけを言葉にした。浅い層を探索するにしても、危険なことには変わりない――自分を含めて、この先何人の死者を積み上げるつもりなのか、と思うのだ。

 ロラン自身は最初の一日を乗り越えて、少しだけ生き延びやすくなったはず――とはいえそれはドランスのような先達にそう言われているだけで。自分自身に実感はまだない。

 最悪でもあと何回か迷宮に潜って、稼ぎをいくらかでも母と妹あてに仕送りできれば、自分の命も無駄にはなるまいが。

 

 だが、ダリルの返事は意外なものだった。


「そうだ……だが斥候スカウトを雇うというなら、もう一人は僧侶や神官が欲しいな。癒しの奇跡を起こせるものがいれば、死人を出す危険もいくらか減るだろうし」


(あれ……?)

 

 怪訝な顔で見上げるロランに気付いて、ダリルが泣きそうな顔を見せた。


「あのな。私だって、何の良心の呵責もないわけじゃないんだぞ。死人を出せば痛くも痒くもある」


「す、すみません」


「第一、新しく誘うたびに装備品を人数分揃えていたら、いくら中古品でも財布が空になるのは時間の問題だ。これは合理的かつ止むを得ない方針転換――」


 そんなふうに、ダリルがまくしたてた時だった。



 ――無体な! 人を呼びますよ……この体はあなた達のような……


 少し離れた路地裏から、甲高い女性の叫び声がした。思わず互いに顔を見合わせる。


「な、なんでしょう、これ」


「……これはあれだ、乙女の危機というやつだな。不用意に裏通りに踏み込んで、ごろつきに絡まれた。そんなところだろう……って、おい! どこへ行く⁉」


 ロランは途中まで聞くと、走り出していた。


「助けなきゃ!!」


 おいおい、と呆れながらダリルが後を追う。だがローブの下に荷物を抱えたダリルには、剣の他はほぼ身一つで走るロランに追いつくのはいささか厳しい。


「全く……バカなことを! ちょっと位階が上がったところで、人間相手は勝手が違うんだぞ!」


 人間は弱いが、そこらのありふれた怪物よりはよほど頭が良いのだ。無策に飛び込んでは嵌め手にかかることになる。残念ながら迷宮での怪物相手の経験は、そうした戦闘を助けてはくれない。


「結局、私が手を下さなければならないじゃないか……!」


 ロランに続いて角を曲がる。四つ辻の奥に現れたのは、まさしく数人の暴漢がいたいけな少女を毒牙に掛けんとする、誘拐略取の現場らしかった。


 ――なんだなんだ……!? 獲物のお代わり、ってコトか?


 薄汚れた革の胴着を着た、みすぼらしい男がこちらを振り向いて頓狂な声を上げた。周囲には同様の格好をし、思い思いの武器を手にした男たち。総勢、ざっと五人。


「あうぅっ、どなたか知りませ……ゲホッ、気をつけ……! この者たっクシュン! ……かしな仕掛けを使います……!」


 咳き込みながらそう叫んだのは、鎖鎧を尼僧服の下に着こんだ、蜂蜜を思わせる金髪の若い女だった。

 その目元はなにやら赤く腫れあがっており、どうもまともに目を開けられない様子だ。足元もふらついておぼつかない。


(これは何か、毒物を散布されたか……?)


 似たような症状は、迷宮で怪物相手に見たことがあった。ダリルはロランに呼び掛ける。


「前に出過ぎるな! 私の前に立って盾で――」


 そこまで言い差して口ごもった。埠頭まで斥候の組織「一家」に渡りをつけに行っただけの、その帰り道。少年は盾や鎧の類をほぼ身に着けていない。


 ――盾の一つも持たずに入り込むとは、とんだ間抜けだなぁ!


 ――こいつらも捕まえて売りさばくか。


 ――ガキは物の役に立ちそうもない洟垂はなたれだが、女の方はなかなかだぜ……


 褒められても一切嬉しくない。ダリルは迷いなく、この場で最も理にかなった呪文を選択した。


大いなる火炎よ、嵐となれナギィ ラング リギィ ヴィハル……『灼熱嵐パイロ・ストーム』!


 第四階梯に位置する、中位の火炎呪文が放たれる。

 暴漢たちのうち四人を包み込むように、地面すれすれの場所から炎の奔流が吹きあがった。みすぼらしい男たちの髪が、皮膚が、一瞬にして燃え上がり焦げ付いて火の粉を散らす。


「あがぁああああ!?」


 その炎は、暴漢たちが尼僧服の女に浴びせかけた、毒物の微粒子もまとめて焼いたに違いない。焦げた目玉焼きのようなにおいに混じって焦げた砂糖に似た香りが漂い、その中に一瞬嗅いだことのない刺激臭が混じってすぐにかき消えた。


 炎が消えた後には、地面に転がってのたうつ半ば黒焦げの男たち。


 だが、一人はまだ無傷で生きていた。そいつはさっと場を見回すと、細身の剣を構えてダリルめがけて突っ込んできた――

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