第12話 三代目

 甲板の中ほどにある格子蓋グレーティングの下から、無遠慮ないびきが聴こえている。

 ダリルはその蓋の周囲をこれ見よがしに足音を立てて数歩、歩いた。と、下甲板の物音がぴたりと止まった。


 ――誰だ?


 思いの外よく通る、澄んだ男の声がする。


「反応が早いな。寝たふりだったらしい――邪魔して済まない! “おちび”のラディアと同じパーティーの者だ。そちらの組合員を一人、借り受けたい」


 ――はあ? 


 格子蓋を跳ね上げて出てきたのは、くすんだ緑の半コートを身に着けた痩せた男だった。左右のもみあげが頬髯と一体化して長く伸び、ひょうきんな顔のせいか、ずいぶん若く見える。


「ラディアがいるんなら、一家うちから別に人を出す必要はないだろ……いや待て、確か」


 男は不快そうな顔になった。


「そういえばもうふた月、ラディアのやつから連絡がない。それにその顔……そうか、話は聞いてるぜぇ」


「聞いてるなら、話は早いな」


 ダリルが何か諦めたように息をついた。男は二人をじろりと睨め回すと顔の前で「ちッちちち」と指を素早く振った


「そうかぁ、あんたが“悪墜ち”か。スパロー号にようこそ、駆け出し相手に随分な真似をしてるって噂だな。だが……」


 ニヤリと笑う。


「ヨハンのやつがここへ案内したんだ、なにかしら通る筋はあるんだろ? 儲け話かもしれんしな。話してみろよ」


「儲け話とかそんなんじゃない。ないが……まわりまわってラディアの身に関わる事ではある。信用がないのは仕方ないが、今回は無茶をしないと約束するよ。『下水道』から『地下墓所カタコンベ』にかけての領域を精査したいんだ」


「はっ、か。嫌なとこをついてくるじゃねえか……だが高くつくぜ?」


「想定済みだ、構わん」


「よーし、分かった、分かった。前金で金貨三十枚、あとあんたの宿を教えてくれ。明日の朝に、うちの腕利きを一人向かわせるよ。もちろん、そいつにはこの料金とは別に分け前を頼む」


「……いいだろう。技術には敬意を払うさ」


「ああ、大事なことだ」


 ダリルともみあげの間で一つかみの金貨がやり取りされた。

 交渉は成立したらしい。ダリルは舷側の縄梯子へ向かって歩き出す。あとを追うロランの背中に、声が投げかけられた。


「よう小僧。『“悪墜ち”のダリル』に付き従うとはいい度胸だなぁ……逃げ出す様子もないとはね。うちの若いのが一人街に出てるが、多分どっかで会うだろう。宜しくしてやってくれ、あれでも可愛い妹分なんでな」


「……ロラン・カリブルヌです。」


 小僧と呼び捨てられるのはもう何回目か。いささかうんざりした気持ちで、語気強く名のる。もみあげの親分は細い足を振り回してひっくり返らんばかりに、腹を抱えて笑った。


「はっは、すまんすまん。本名は名のれねえが、俺のことは『三代目』とでも呼んでくれ。じゃあな!」


「はい……あの、ティルなら、ギボンズとか言う人のパーティーに入ったと思います」


 ――そうか! それならそれでいいんだが、まあよろしくな!


 声を後ろに、再び埠頭に降りる。どうやら行動開始は一日延びるらしい。


「これから、どうします?」


 ダリルは立ち止まって振り向いた。


「そうだな。手持無沙汰だし……もう一人くらい。同行者を探して見るのも手か」

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