第11話 迂回と理由

「そんなに困った顔をするな。ここにきてまだ二日。そんなに都合よく伝手などできるわけがない……分かっているさ」


 ダリルは仕方なさそうに笑う。はっきりと訊くこともできなかったが、どうやら心配したような魔法は存在していないらしかった。


(いや、それを言うならあなたと出会ったのも随分都合のいい話なんですけど)


 ロランは内心で突っ込むが、これはまあ、ダリルが意図的に駆け出しを探していたからだろう。


「それじゃ、どうするんです?」


「……そうだな。以前の仲間がとぅ……斥候スカウトの互助組織について話してくれたことがある。それによると彼らは港湾地区のどこかで、密かに拠点を構えているらしい。わたりをつけてみようと思う。ただ、上手くいくかは分からない。彼らは部外者を嫌うし、教えてもらった合図も今使っているかどうか」


 思ったより剣呑な話らしい。今日出会った少女――ティルを誘わないまでも、彼女にに繋ぎを頼んだ方が良いだろうか? 斥候の『親方』から外で働く許しを得た、というからには、その互助組織とやらが背後にあるのだろうし。


「でも、なんで急に斥候が要るような話に?」


 ドランスから聞いた話の限りでは、ダリルは自分の位階上げ以外には関心がないらしい。ならば、迷宮での探し物など、彼女にとっては余計な回り道のはずだが。


「……昨日使った、迷宮深部への経路ルートだが。あれはまだ完全な物じゃない。たぶんまだ何か見落としている。 ……前回もそうだったが、君たちのような前列要員フォワードを目的地まで連れていくのは、結構骨が折れるからな。手間を省いて迅速に移動したいんだ」


 それはつまり、雇った戦士たちに余分な思案や不平不満の暇を与えず、効率的に使い殺す、ということだろうか。暗澹とした気持ちになったロランだったが、ダリルは続けて意外な言葉を口にした。


「――それに。徐々に慣らした方が結局効率的なのかもしれん。少し、回り道をしてみようと思う」


         * * *


 その夜はそれぞれの部屋に引き取って休み、ロランとダリルは翌朝、連れ立って宿を出た。


 朝もやが漂う中に、光が射しこんでくる。歩くにつれて次第に強くなる、潮と海藻と何かの腐った匂い――向かう先は港だった。

 いくつかある埠頭の根元をかすめるように通り、灯台へ向かう道の途中。崩れた物置小屋の前で腰を下ろす。


「ここで、緑の布切れを左手首に巻いて、後ろ頭に当てたまましばらく待つんだ……ラディアはそう言っていた」


「誰……?」


「名前は言わなかったが、話しただろう。以前の仲間だ。幼形人ネオテスだから戦闘にはからっきし向いてなかったが、斥候としては超一流だ」


幼形人ネオテス……」


 人間の子供にそっくりで、生涯その姿のまま過ごす小人の一種だという。


「多分、もっと小さいころ一度だけ見たことがある……なにかの用事で村に来た客の一団の中にさ、緑色の頭をした女の子がいたんだ。みんなで遊びに誘ったら、凄く変な顔をしてた――『君たちぃ、ボクはこんなでも大人だぜ』って。でも――」


 ――しっ、とつぶやいてダリルが制止した。


「静かに。誰か来る」


 かつ、かつ、と規則的に石畳を叩く、杖の音。晴れかけて薄まった朝もやの中を、少し斜めにかしいだ人影がこちらへ歩いてくる。


「あ」


「ややぁ? おめえは……」


 意外にも見知った顔だ。三日前に会った片足の元船員だった。


「知り合いか?」


「うん……酒場の場所を教えてもらった。でも、じゃあ……」


 男はわきの下に挟んでいた山形帽を延ばしてかぶり直し、咳ばらいをした。


「ア――ハン! また会うとはな……どうやら、しばらくここの見張り役は、誰かに交代してもらわなきゃならんようだ」


「おじさん……斥候組合の人だったの?」


 男はかぶりを振った。


「いんや。斥候に組合なんぞというものは、存在しねえ……だが、正規の方法で合図をされたら客として扱わんわけにはいかんか」


「こ、この間は助かりました……今日は食べ物ありますけど、堅パンどうですか?」


「律儀な奴だなおめぇ……じゃあま、貰っとくか」


 パンの欠片を差し出すと、男はそれを矯めつ眇めつして眉をしかめた。


「なんか、妙な汚れ方しとるが。まあいい、ついてこい」


 歩いていくと、片足の男は埠頭に繋留された、一隻の小型軍船を指さした。まともなキャビン船室もなさそうな平甲板で二本マストの小船だが、舷側には四門づつの長砲カルバリンが据え付けられ、船首の両側には不釣り合いに大きなカノン砲が据え付けられていた。


「そこの縄梯子を上がって、中で寝ている男に用件を伝えな……あとはそっちでうまく話をまとめてくれ」


 ダリルが懐から銀貨を取り出して、男に握らせた。彼はそのままどこかへ歩み去ったが、二人は縄梯子を上がって、波に浮かんでわずかに上下する船の、揺れる甲板の上に降り立った。

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