第10話 迷いと選択

「実感がないかもしれんが、戦士にも位階はある。戦って生き残れば上がる」


 無精ひげはそう言う。


「話を聞く限り、根巨人タロタロスの分の経験は入ってないかもしれん……気絶してたわけだからな。だがとにかくお前はあれの攻撃を。それだけでもただの人間相手に戦うよりも濃いし、その前に下水道のならず者とも戦ってる。ちょっとそこで、盾を構えて剣を振ってみろ」


「止してくださいよ、ドランスさん。すっぽ抜けて窓でも割ったら……」


「その時は俺が弁償するさ」


 どうにもおかしな流れになった。どのくらいの力量が付いたのか見てくれるらしいが、ロランには強くなったという実感はまるでなかった。誰かの忘れものらしい丸盾を持たされ、自分の剣を鞘から抜く――そういえば、盾の構え方に最初ほど手こずらずに済んだような。


 この盾もそうだが、とにかく丸盾というのは片腕の長さと同じくらいの直径があり、木材は分厚く金属の補強もあって彼にはまだ重く、姿勢がなかなかぴたりと決まらないのだ。


 剣を頭上に振りかぶって、前方に思いっきり――


 ばたん、と音がしてドアが引きあけられた。


「すいません、モーグの社交場って、ここで――ひゃあッ⁉」


 飛び込んできた小柄な人影が、悲鳴を上げた。


「わわっ!」


 振り下ろしかけた剣を、体を必死でひねって明後日の方へと向ける。そのまま振り切っていれば、この相手を強打していただろう。


「言わんこっちゃない! お嬢さん、怪我はないかね⁉」


 店主が顔を青くしてカウンターから飛び出してくる。フロアとの仕切りにつけられた腰丈の自在扉スイングドアが、その勢いでしばらくの間ギシギシと往復していた。


「び、びっくりしたけど、大丈夫ですよ……」


 新来のその客は、ロランとさほど変わらない年の少女らしかった。なんとなくだが、少しだけ年かさのように思われる。目立たないアッシュブラウンの髪を短く刈り込み、なめした革の胴着チュニック、裾から長靴下ショス穿きの細い足が伸びていた。


「ティルって言います。ティル・ターナー。迷宮に行きたいんですが、仲間ってここで捜せるって聞いて」


 また子供かよ、と無精ひげがため息をつく。


「ブラディスドック一帯の、腕に覚えのある連中が底をついたわけでもあるまいに……一昨日といい今日といい子供、子供! 子供ばかりだ!」


「あの! 子供子供ってバカにしないでくださいよ! 私、ちゃんと親方からお許し貰って出てきたんですから!」


 ティルと名のった少女は無精ひげを見上げてきっぱりと言い返した。


「親方ぁ? ……お前、職業は何だ?」


とぅ……斥候スカウトよ。偵察と奇襲、罠の解除。一通りやれるわ。街中でも野外のやつでも大丈夫!」


「ほぉ」


 無精ひげは無精ひげを擦りながら首を傾げた。


「確かあいつのとこが斥候を探してたな。おい、店主マスター! ギボンズを起こしてくれ。斥候のあてができたから面接しろってな」


「あいよ」


 店主がそそくさと二階へ上がっていく。「社交場」は酒場だがどうやらここも、上階に宿泊できる部屋があるらしかった。


(僕の時とは、ずいぶん違うな……)


 途中までうっすらと期待したのだが、どうやらあの少女と組んで新たにパーティーを作る、ということはできそうにない。そもそも、パーティーがそろうまで手をこまねいているほど、ロランには余裕がなかった。

 村に仕送りをしてやらねばならない。こんなご時世にきちんと金が届くかどうかも心配だが、それはまた別問題として。


「あー。おい小僧、お前、名前は?」


「……ロラン・カルブリヌです」


「そうか。俺はフェリクス・ド・ランスターだ。皆はひっつめてドランスって呼んでいる……ちょいと妙な横やりが入ったが、さっき見た限りじゃお前、体の使い方が一昨日より格段に良いな、やっぱ」


「そうですか……? よく分からないや」


「何より、ダリルのやつについてって第九階層から戻ってきただけでも、大したもんだよ。どこか空きのあるパーティーが出たら、声をかけてやるからな、なるべく早くあいつからは逃げろ」


 はっきりとした返事はできなかった。別のパーティーに入ったところで、どの途確実に安全に稼げる、ということはないはずなのだ。

 ギボンズ――というのは多分、あの鎖鎧にコートの青年の事だろうが、彼のパーティーにも欠員が出ている。ダリルはあの戦闘とほぼ同じ条件の戦いを何度もこなして生き残っている。


 おそらく力量の差というのは、単純に人数や装備をそろえても、簡単に覆るものではないのだろう。どうするのが最善か、ロランには分からなかった。あとはドランスの厚意に甘えて、ひたすらに大皿の料理を貪るだけだった。



 もうその宿には帰るな、などとまで言われたが、ロランは結局「社交場」を辞して、ダリルに連れていかれたあの宿へと戻った。受付の女に会釈して、部屋の前まで戻る。種油を燃やす角灯の下で、ダリルが立って待っていた。


「やあ、遅かったな。食事は済んだか」


「はい」


「明日はまた迷宮へ行くが……ちょっと予定が変わった。浅い階で探し物をすることになるが……まさかお前には、とぅ……斥候スカウトの知り合いはいないだろうな、流石に」


 耳の後ろを指で掻きながら、ダリルが目を伏せてため息をついた。ロランはそのしぐさと物言いにドキッとして、そっとダリルから目をそらした。

 魔法のことは詳しく知らないが、もしも心を読むような魔法があったとしたら――先ほど「社交場」で出くわした少女のことを読み取られて、彼女を巻き込んでしまうのではないか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る