第6話 古い剣

「どこへ行くんです?」


「まあ、まずは鍛冶屋だな……武器を買っておきたまえ」


 そういう女が指さした方向には、鉄床かなとこをかたどった古めかしい看板が掛けられた店がある。

 ロランはおずおずと、目下の最大の懸案を口にした。


「……お金、持ってないです」


「ああ、心配しなくていい。パーティーに加わってくれるなら、それくらいは買ってやるとも」


「本当ですか」


「さすがに名剣や魔剣の類には手が出ないから、数打ちの安物ということになるが」


 だとしても話がうますぎる。先ほど背筋に走った悪寒も気がかりだ。それでも、結局ロランは女に従って店の入り口をくぐった。


「こんばんわ。この子に合う剣を、一本見繕ってやってくれないか」


 土間から一段上がった板張り床の上で、赤ら顔のがっしりした男が顔を上げた。


「こんな時間に客だと……? 何だ、またあんたかダリル。たいがいにしとかんと、そろそろ戦士組合ギルドから出禁を食らうぞ?」


「私だって好きでやってるわけじゃないさ。雇った戦士がちゃんと残ってくれれば、後のことも面倒を見る」


 鍛冶屋の男はひどくうんざりした目で、ダリルと呼ばれたその女を見やった。


「ふん……まあいいさ。有象無象ばかり増えたところで、こっちも仕事を捌ききれなくなりかねん。どれ、その小僧だな?  ――おい、ちょっとこっちに来て、腕の長さと手を見せろ」


 手招きされて、ロランは慌ててそちらへ近づいた。鍛冶屋のところまで行きつくより先に、男はずい、と身を乗り出してロランの腕を掴んでひねり上げ、指と手のひらをしげしげとめ回した。


「甲冑はお貴族様の特注品とかでない限り、ある程度体に合わせて調整できるが……武器はそうもいかんからな。ほ、オールかなんかをちょいと握ったって感じの手だな? 長さは、と――」


 どこからかするすると巻き尺を取り出して、ロランの腕を測る。


「ふん、ふん……ちょっと待ってろ。これなら……」


 店の隅にある蓋の外れた古い樽を掻きまわし、そこに無造作に突っ込まれた何本かの剣を手探りする様子。

 ややあって、鍛冶屋は柄にも護拳にもまるで飾り気のない、染められていない皮で鞘を包まれた、短めの剣を手に取った。


「長さはこんなもんだろう。おい、こいつを抜いて、振ってみろ」


 手渡された武器を、おっかなびっくりで鞘から引き出す。剣身にもこれといった特徴はなく、無造作に砥石を廻して刃をつけた、という感じだ。ただ、長さはまるであつらえたようにロランの体に合った。振ってみたところ重みは若干物足りない程度。


「使いやすいだろうが。そいつはだいぶ前に、どっかの古城で武器庫の跡から掘り出されたもんでな。型が二百年ばかり昔の古臭い代物だが、つり合いバランスは悪くない。そいつを振り回して基本を身につけろ」


「あ、ありがとうございます」


「うん、なかなかいい剣じゃないか。さすがヴァジ爺だ……いくらだい?」


「銀貨十枚」


「おやまあ。破格だねえ」


「売れんものをいつまで置いてても、しょうがねえからな」


「あ、あの!」


 鍛冶屋とダリルの気心知ったふうなやり取りを、ロランは慌ててせき止めた。さすがにそんな額をまるまる世話になるのは。


「僕、銀貨三枚は出せます」


「無理しなくていい。自分の金も少しは持っていたまえ」


「いいじゃねえか、ダリル。死んじまえば使いみちもないんだし、自分で金を出したと思えば、武器の扱いも丁寧になるだろう。武器を粗末にしないやつは、いい戦士になる」


 そんな調子で話が進み、ロランはその中古の、ところどころに錆の浮いた剣を腰に佩くことになった。鍛冶屋はごく簡素な剣帯をおまけにつけてくれた。

 店を出るとすっかり暗くなっていた。二人はダリルの取った裏通りの宿へ向かい――そこで残る二人の戦士、ドネルとジャコに合流したのだった。

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