第4話 酒場

 そこまで聞けば、元船員の言わんとするところも理解できた。


 つまり、その迷宮に挑む「冒険者」となれば――地下を徘徊し、怪物相手に一種の押し込み強盗を働く道を選べば、ロランのような半人前の小僧でもひと財産築けるというわけだ。


「生きていられれば」と元船員は言った。


 つまり、しくじって野垂れ死ぬことも多々あるということだが。ともあれ、差し当たってロランに他の選択肢はないようだった。



         * * *


 ロランは元船員と別れ、埠頭から街路を西へと進んだ。

 港の惨状とは対照的な賑わいを見せる、広場に面した一角。そこにある大きな酒場「モーヴの社交場モーヴズ・パブ」では、迷宮探索に携わる者たちが仲間を募り、時には主人を通して依頼ミッションを受けることができる、という話だ。


 店はほどなく見つかった。オーク材で出来た両開きの扉が、片側だけ開放されて店の中へ通じている。

 そろそろ陽が傾く時刻、店内にはすでに油を使ったランプが灯っていて、殊更に温かそうに見えた。これといった悪臭もないのは、村で使っていたような魚油のランプではなく何か高度に精製された油なのか。


 さざめく話し声と、ガラス器の打ち合わされる澄んだ音。美味そうな料理の匂いが逆に財布の軽さを思い起こさせて、ロランは気持ちがひどく委縮するのを感じた。


 ――そんなところに突っ立ってんじゃねえ。


 背後から浴びせられた声にびくりとして振り向く。彼の二倍ほどの上背がある、甲冑を身に着け無精ヒゲを生やした壮年の男が見下ろしていた。


「す、すみません!」


 よろける様に店の中に転がり込む。そのままカウンターに近づくと、こちらはヒゲをきれいにあたった、長身の男がロランに声を掛けた。


「いらっしゃい。見かけない顔だね。何かご注文は」


 この男が店主マスターらしい。


「え、えっと……水を」


 店主は軽くうなずくと、無言で清潔なカップに水を注いで出してくれた。先ほどの戸口で出会った男は、ロランの後ろを大股に歩き過ぎると、奥まった場所のテーブルに近づき、その場の一団に加わったようだ。


 そちらをちらりと見たあとで、店主はロランに話しかけてきた。


「もしかして迷宮へ行くつもりで来たのなら――悪いことは言わん、仲間を探しな。一人じゃ無理だよ」


 なるほど、道理だ。

 ロランが周囲を見回すと、あちこちのテーブルに数組の武装した男女がいて、思い思いにくつろいでいる。そのうちの一つから若い男が立ち上がり、すたすたと近づいてきた。


 年のころは二十歳手前か、金髪を短く刈り込み、使い込んだ鎖鎧の上に分厚い羊毛のコートを着ていた。


「仲間が欲しいのかい? きみ、職業は何かな?」


「職業……まだ、仕事にはついてないんです。でも、お金が要るので」


 ロランが答えると、青年は酸っぱいような顔をした。


「ん、んん……ああ、そうじゃなくてさ。迷宮で――迷宮に限らずだけど、冒険には何人かで役割を分担するんだよ。きみは何ができる? 何か得意なことは?」


 ロランは答えに詰まった。投網の修繕くらいは村で習い覚えたし、小さなボート程度であれば一人で帆を操って動かせる。だが、地下迷宮とやらでは役に立つとも思えない。


「け、剣なら、少しは……」


 青年はロランの腕や肩、腰回りにさっと目を走らせると首を横に振った。


「……すまんが、そっちは間に合っててね。鍵開けや罠の解除でも身につけてればと思ったが、その様子じゃ役に立ちそうにないな……」


 ――荷物持ちにでも雇ってやったらどうだ?


 先ほどの無精ひげの男が、こちらを向いてつまらなそうに言った。


「だぁめよぉ。そんなちっちゃい子に。潰れちゃうじゃない」


 青年のテーブルから、肩を露わにした衣装の赤毛の女が物憂げに応えた。


「しょうがねえなあ……マスター、戦士組合ギルドの場所を教えてやれよ。登録して一日分でも訓練を受けりゃ、ちったぁマシになるだろ」


 無精ひげがカウンターに向かって顎をしゃくった。

 戦士の組合ギルド。なるほどそういうのもあるのか。


「それって、どこにありますか?」


「総督府の近くだ。大通りを挟んで向かい側に、海軍の主計局があるからすぐわかる」


 ありがとうございます、と叫んで、飲みかけの水を置いたまま立ち上がった。今ならまだ組合とやらの窓口が開いているかもしれない。


「あの、お水いくらですか」


 別にいいよ、と手を横に振る店主には構わず、銅貨を一枚カウンターに置いて駆けだす。後ろであの無精ひげの男が何か叫んだが、もうはっきりとは聴き取れなかった。

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