第2話 散華
ジャコが松明をかざして周囲を見回し、驚きの表情を浮かべた。
「何かすげえとこだな。空気まで違う……」
それはロランも同感だった。上層にあったカビや埃の匂いがなく、ただ長い時間動かず淀んだ空気の冷たさだけがある。だが、松明が燃え続けていても空気が濁る様子はない。方法は不明だが、何らかの換気が行われていると見えた。
その周到さがむしろ恐ろしく思える。古参、高位の冒険者たちはこんなところで探索を繰り返しているのか。
「この上階三層ほどは、大体似たようなものだ……さて、始めようか。そこの扉を開けてくれ」
「わ、分かった……」
ドアを開けてすぐ正面にある最初の扉を、ドネルが蹴り開ける。彼らには何の気配も殺気も感じられなかったが、扉の奥の暗がりには確かに何かがいた。
遠い南方の島々で採れると聞く、奇怪な根茎を束ねて人の形にしたような。それでいて恐ろしく巨大なその物体が、ゆっくりと立ち上がった。
「何だ、こいつぁ?!」
「『タロタロス』だ! 前列は防御に専念! 魔法で仕留める!」
ダリルが指示を飛ばす。いち早く防御を固めた左右の二人に倣って、ロランも丸盾を正面に構え、利き腕で支えて傾斜をとった。そこへ巨人の腕が振るわれる。
ゴシャッ―
「がっ……」
急速に暗くなっていく視界の中で最後に見たのは、玄室の虚空を虹の七色に染め上げる奇怪な魔法の光だ。
(攻撃魔法……?)
だが奇妙なことに、ダリルの詠唱の声は一切聞こえなかった。
* * *
(総崩れか……仕方ない、所詮
ダリルは心中にわいた昏い想いを切り替え、次の行動に備えた。
異界植物の根を素材に編まれた
初手で使ったのは、自前の呪文ではない。今の彼女では本来まだ手の届かない第五階梯に相当する「
生物の肉体に働きかけてその組成を改変、石化や毒、睡眠といったあらゆる状態異常を引き起こし、はなはだしきは直接の死すらもたらすという、おおよそ混沌に属する呪文なのだが、どういうわけか――「玉虫の護符」は道具屋にいつも在庫がある。
いつもの手順だった。安い防具を買い与えて同道させた駆け出しを犠牲に、最初の一呼吸をしのいでこの魔法を叩き込む。行動を封じてしかる後に――
「
雷に見まがう発光を伴う、純粋魔力の
タロタロスがぐらりとよろめくが、それと同時に「極災光」のもたらした麻痺も切れていた。生物由来の組織故に、タロタロスにも有効ではあるが、魔法で動いている分その効果は短い。
無言の咆哮と共に振り下ろされる腕。間一髪で躱して胸元の護符をまさぐる。玉虫の護符はまだそこにあった。
壊れてはいない――だが。
ダリルは再度、「神雷」を行使した。突き出された根茎の腕を貫き穿って、
結合力を失ってばらばらにほどけ崩れた根茎の塊は、やがて煙を上げて黒い炭粒へと変じていった。
「ふうっ……」
戦闘の終結を確かめて、ダリルはようやく全身の緊張を解いた。石床の上に倒れ伏した男たちの遺体は、どちらも上半身がつぶれて弾けとび、周囲に血と脳漿の混じった液体をぶち撒けている。
鎧や兜、物の具一式も潰れて拉げ、到底持ち帰っての修理などは叶うまい。
(また大赤字……だけど、私の経験だけは積めた……)
彼女の目標、人の身で到達可能な限界とされる第七階梯の呪文を手に入れるには、あとどれだけの数、今日のような戦闘を繰り返さねばならない事か――それでも、諦めることは許されない。どんなにこの身を、魂を、地に落とそうとも。
自嘲と自己憐憫の昏い微笑みを張り付けて、彼女が玄室を出ようと踵を返すと。
――けほっ
扉の左下方、重い蝶番の組み込まれた分厚い石壁の裾にもたれかかって倒れた、三人目の戦士――ロラン・カリブルヌと名乗った少年の口元から、かすかな命の痕跡が漏れ出た。
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