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「今話したようなことは、確かに妄想と変わりがない。言った通り、私は現在のスコルピウスの事情を知る立場にないし、<セルペンティウム>なるカルテルについては、その存在を感知しているに過ぎない。
ただ……エウネクテーは、その一人になったのだろうね。昔から表情筋の死んだような奴ではあったが、あそこまで浮世離れしてはいなかった。信じがたいが、私は彼女と友人だったのだよ!」
「……謎の秘密結社ね。あの女がとんでもなく強いのと、関係ありそうじゃないか」
マヤは少し考えてから答えたが――
「いや、ないと思う」
――カイメラの期待通りではない。
「スコルピアを名乗っていた頃、私は人の肉体を強化する手術や薬品の研究を担当したが、結局、使い物にならなかった。
エウネクテーは、ただ強いだけの、普通の人間だ。まあ、これは個人的な信念も混じった結論だが」
「普通? あれが? どう見たって化け物だ」
絶世の美少女の姿をした怪物――蛇の髪を持つゴルゴーンの姉妹のような。
「不満があるのなら、かのヘラクレスのように、英雄と呼ぼうじゃないか。あるいはペンテシレイアか。少なくとも、彼女の秘密のひとつはあの剣にある。魔剣と呼んで差し支えない代物で、ざっと100リブラもある重量がその所以だ」
リブラはルーマにおける重量の単位で、マヤの話が正しければ、サジタリアの剣はざっとカイメラの体重の半分ほどの重さがあることになる。それを片手で扱うというのは荒唐無稽なのだが、鍔迫り合いになったとき、サジタリアは体格で勝るカイメラに押し勝った。おまけに軽々と投げ飛ばしたりした。それらの説明はつく。
不意打ちを受けたのは痛手だったが、そうでなくても実力で劣っているのは明白だ。
「やっぱり、化け物じゃないか」
「我々からすれば、獣人がそうなのだがね」
「だが、その獣人は、手足を縛ってるこの忌々しい革紐を引き千切ることさえできないんだぞ」
「ああ、すまない。これは手術の際に暴れてベッドから落ちるといけないから付けたんだ。すっかり忘れていた」
マヤが、カイメラの右腕をベッドに縛り付けている何重にも巻かれた紐の先端を引いてほどくと、カイメラは自由になった手で即座にもう片方の腕の拘束を解き、上体を起こして両足の縛めを外した。
ひょいとベッドを飛び降りて、軽く体操する。
「うん、調子は良さそうだ。恩に着るよ。ほんとに」
「傷口が開かないよう、安静にした方がいい」
「いや、どうせ3日後には入団式だ。マヤさんも来なよ。あの女の、驚く顔が見られるかも」
「エウネクテーがかね? 天地がひっくり返っても、ないよ。きみこそ、いきなり斬りかかられたらどうするか、考えておいた方が良いんじゃないのかね」
確かに、サジタリアがその気なら、今度こそカイメラを葬り去ることは容易だろう。
「まあ、さすがに式典の途中でそんな野暮な真似はするまいが、<騎士団>の中に味方を作れなければ、きみはいずれにせよ、長生きできないだろう」
「……ヤバいところに来ちまったなァ」
カイメラは、獣人の地位の低さは承知の上で、実力を認めさせる気でいた。レスコスのように、ルーマに対する憧れから、その一員になりたかったのではない。
――ここに獅子あり。
驕る龍に、それを思い出させるためだった。そのために<騎士団>の試験を受け、勝ち上がった。資格を得たはずだった。自信はあった。
だが、生ける厳冬のような少女が、それを掻き消した――少なくとも、強く脅かしていた。
カイメラは、手を握った。正確には彼女の剣をだ。しかし、
「……あたしの剣は?」
「いや、見ていない。<騎士団>が回収したのかも。いずれにせよ、ここには持ち込めなかったが」
「どうして!」
「それは、もちろん」
マヤはカイメラに背を向けると、部屋と外を隔てる両開きの扉に向かい、ゆっくりと開いた。
ブラインド付きの窓から少しだけ差し込んでいた蜂蜜色の光が、一気に部屋を満たした。早朝か、黄昏か、まだ時間の感覚が戻らないカイメラには、判然としない。
目を細め、慣れるまで待ってからその向こうを見た。
庭園――美しい庭だった。白や赤の草花が、白い柱廊に囲まれた、四角い園に植わっていた。屋根の上からは、透明な水が絶え間なく落ちて、庭園を縦横に走る真っ直ぐな人工の川に流れ込んでいた。廊下は広く、たくさんのテーブルが並んでいて、その上には細かい刺繍のされた敷物がかかっていた。
「ここが、パラティウムだからだ」
騎士獣人百合 @oppoppo
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