第44話 終わり

 アガンは、穴の空いた2階の壁から直接攻撃を仕掛けてくる。

 志木は防御魔法を展開しつつ、その場から逃げようとする。

 しかし、その先を見通すように、シャクローが待ち構えている。突撃班長の名は伊達ではないようだ。

 上からアガン、後ろにはシャクロー、前は出張所の壁。左右に逃げようにも、シャクローが追いかけてくるだろう。

「グッ……!」

 志木はルーナの腕を引き、身を寄せる。そして防御魔法の展開範囲を最小限にまで減らす。

 ごく小さい範囲に防御魔法を展開することによって、攻撃されるリスクと、防御魔法を制御するリソースを確保した形だ。

(頼む耐えてくれ)

 球体状になった防御魔法の中で、志木は心の奥から願った。

 上からアガンの拳が降ってくる。それは志木の防御魔法の真上に落ちてきた。

 拳が防御魔法に接すると、その部分が凹んで攻撃を吸収する。

 しかし、それでも全てを抑え込むことはできなかったようで、防御魔法ごと地面にめり込み出した。

 周辺の地面にヒビが入る。凄まじい衝撃だ。

 この攻撃で、防御魔法を展開している志木にダメージが入る。

「グブッ……!」

「カイト……ッ」

 ルーナは一瞬躊躇う様子を見せるが、直後に覚悟を決めた顔になる。

「カイト、ここから出して。アガンに攻撃できない」

 攻撃しきったアガンは、一度距離を取るためシャクローの方へと飛ぶ。

「それは駄目だ。あの攻撃を見なかったのか? まともに相手したら、最悪死ぬぞ」

「だからって、いつまでも守りに入ってても勝てないわ。早くここから出して」

 そんなことをしている間に、シャクローがぶつかってくる。その手には、やりのような鋭利な武器を持っていた。

「ぬん!」

 一度武器を下に落としつつ、直後に持ち上げる。すると、志木たちが包み込まれている防御魔法が持ち上がったではないか。

「おわわわっ」

 そしてそのまま、遠くの方へと投げ飛ばされる。

 投げ飛ばされた衝撃で、志木は集中力が切れ、防御魔法を解除してしまう。

「やばっ……」

 地面にぶつかり、そのまま転がる志木。その様子はさながら、ファールを演出するために過剰に痛がるサッカー選手のようだ。

 そんな志木を差し置いて、ルーナは華麗な着地を決め、シャクローとアガンに突撃する。

『ワギニインゲン、ツヨヨ、カゼンバセンポウ』

 ほんの一瞬で詠唱を唱えるルーナ。殺人的な加速と、空気圧の差を利用した見えない刃物を持ち、シャクローへと接近する。

 ルーナは圧縮した空気の剣を振りかざし、シャクローの横を通る瞬間に斬る。シャクローは何か攻撃をしてくるのを察知していたのか、両腕でガードしていた。それにより、空気の剣が腕に命中し、衝突と斬撃によって腕に傷を負う。

「小癪な……ッ!」

 シャクローは身を低くし、前傾姿勢になる。ふくらはぎが若干膨張し、力を溜めているのが分かるだろう。

 そしてルーナが通り過ぎて、シャクローの方へ振り返るために止まった瞬間だった。シャクローは足に溜めていた力を解放し、ルーナとの距離を詰める。

 そのままの勢いでショルダータックルを決める。それにより、ルーナは吹き飛ばされてしまう。

「ルーナ!」

 志木は痛みを堪えて立ち上がり、ルーナの方へと走る。だが、ルーナと志木の間にはアガンとシャクローがおり、簡単には行かせてくれない。

「あのガキは放っておいていいが、そっちの嬢ちゃんは脅威だ。行くぞシャクロー」

 そういってアガンは、一瞬でルーナの懐に入る。そのままルーナの腹部を目掛けて拳を連打する。ルーナは身体強化のおかげで、かろうじてガード出来ているが、攻撃に転ずることが出来ない。

「くっ……!」

 ルーナは身の危険を直に感じ、一度後ろに下がった。

 だが、それがよくなかった。

 ルーナが下がった先には、いつの間にかシャクローが待機しており、渾身の一撃を貰ってしまう。

「ぅっ……」

 ルーナはそのまま吹き飛ばされ、志木の前方まで転がってくる。

「さて、痛めつけるのもここまでにしておこう。俺たちの実力差を思い知っただろうからな」

 アガンは手のひらを天に掲げると、何か複雑な詠唱を開始する。

 すると、手のひらの上に漆黒に塗りつぶされたような巨大な魔法の塊が出現した。しかもどんどん巨大になっていく。

「アガン中隊長の終わりの時タイム・トゥ・フィナーレだ。この魔法攻撃を受けて生還した者は誰一人としていない」

 シャクローが悦に入ったように解説する。

「これで終わりだ」

 アガンは手首だけを曲げて、人差し指をルーナに向ける。

 魔法の塊から、漆黒に染まった光線が勢いよく吐き出される。

「っ!」

 ルーナは目をつむる。

 その瞬間だった。

『ウォール・モノリス!』

 ルーナの目の前に防御魔法が展開される。志木の魔法だ。

 志木はルーナの前に立ちはだかるようにして、アガンたちと相対していた。

「無駄な真似を。どちらにせよ死ぬというのに」

 志木の考えが理解できないような口調で、志木に語りかけるアガン。

「何故そこまでして抗う?」

「……抗ってるんじゃない。俺が生きた証を残したいだけだ」

 志木は手に力を込めながら話す。

「俺の人生に意味なんてなかった。空っぽだった。生きることが無駄だった。だから早く死にたかったし、異世界になんて転生したくなかった」

 志木の目から、涙が溢れそうだった。

「でも、この世界は俺を必要としてくれた。居場所を作ってくれた。俺のことを心配してくれる仲間もできた。生きていてもしょうがない、空っぽの俺に生きる意味をくれた。それだけで、十分だ」

「訳の分からないことをつらつらと……。お前は主人公にでもなったつもりか!?」

 アガンは光線の出力を強める。それにより、防御魔法が押される。

「俺は、俺の人生の主人公じゃない。主人公の友達でもない、モブでもない、風景でもない。その世界を映し出すためだけの、空っぽのカメラだ。でも、もし一つだけ願うなら、主人公になりたい」

 そういって志木は、押され気味の防御魔法を持ち直す。

「主人公になって……! チヤホヤされて……! 生きた証を残したい! そのために! 犠牲になってもいい! だから! ここで! 戦うんだ!」

 志木の目には迷いはなかった。

『ウォール・モノリス!』

 その時不思議なことが起きた。防御魔法が幾何学的に変化し、漆黒の光線を包み込んでいく。アガンの上にあった魔法の塊はなくなり、光線も消える。

 それを待っていたかのように、防御魔法は花開くように展開していく。そして一瞬防御魔法の中心が光り、純白のような光線がアガンとシャクローに注がれる。

 光線によってアガンとシャクローは、まるで大型爆弾の爆風を直近で食らったように、皮膚が赤くただれた。

 それを確認した志木は、防御魔法を解除する。

 そして志木は、口から血反吐を吐き、地面に倒れこんでしまう。

「カイト!」

 ルーナが駆け寄って、志木に回復魔法を施す。しかし、いくら回復魔法をかけても回復する様子はない。

 その間にも、口から血は流れ、全身のあらゆる場所が壊死していく。

「カイト……! カイト!」

 ルーナの呼びかけも、だんだんと遠くなっていく。

(あぁ、今度こそ死ぬんだ……)

 志木はそんなことを思う。しかし、不思議と不安や恐怖はなかった。

 穏やかなまどろみの中で、志木は子守唄で眠る子供のように意識を手放した。




━━




「……プログラム終了。生体接続、解除します」

「いやぁ、良かった良かった。これで彼は人生の主人公になり大団円。なんとかなって本当に良かったぁ」

「本当です。まさかプログラムを実行しながら、同時並行でシナリオ編集するなんて」

「まぁまぁ。終わったことなんだし、いいじゃないの」

「しかし、未だに賛同しかねます。この『植物状態の抑うつ患者に対する死後直前の走馬灯を意図的に改変する医療工学の実証実験』なんて。まるで神に対する冒涜です」

「仮に神がいたとして、今の僕たちと同じことをしないという確証はあるかい?」

「それは……」

「ま、そういうことだ。今回のデータはちゃんと取れてるし、装置全体の電源落としちゃっていいよ」

「分かりました」

「それでさ、この後一緒に昼食なん

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異世界転生したくない! 紫 和春 @purple45

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