第43話 嵐の前
時間は過ぎ、一ヶ月が経過した。
季節は完全に夏となり、日差しがジリジリと照りつける。
(夏だなぁ……。でも、日本にいた時よりかなり過ごしやすい)
そんなことを思いながら、志木は石鹸製造に関わり続けた。
ユーエン石鹸は、その口コミがジワリジワリと広がったことにより、日を追うごとに売上が伸びていった。
「そろそろ工場の生産数を増やすか……」
厚生局の出張所で、工場の出納帳の写しを見ながら、志木はそんなことを呟いた。志木はナーロ語の数字は覚えたので、こういった収支を確認出来るようになった
「それはいいんですが、材料の確保がだんだん苦しくなっているんですよね」
カロンが別の書類を整理しながら、そんなことを言う。
「もともと油が足りないって話でしたよね。うーん、上手くやりくり出来る方法はないもののか……」
何か策がないか、志木は考える。しかし、いい考えは浮かばない。
「とにかく、今は精一杯のことをやるしかないのか……」
志木は出納帳をしまい、部屋を出る。
最近の志木は、何か考え事があると散歩をするようになった。昔の文豪は、何かアイディアが浮かんできた時は、主に散歩をしている最中に出てくるものである。
志木もそれに倣い、出張所と工場の間を軽く散歩するようになったのだ。
(油……。動物油でも問題はないんだよな……。肉を消費しやすい肉屋とか、ベーコンの加工場に行けば手に入るかな……?)
漠然とそんなことを考えていると、出張所のほうから馬が一頭やってくる。どうやら軍馬のようだ。
「異世界人のカイト様でありますか?」
「えぇ、そうですが……」
「至急の伝令をお渡しします」
そういって一切れの紙を渡してくる。
「それでは失礼します」
そういって軍人は、来た道を颯爽と去っていく。
志木はそれを呆然と見送りながら、紙を見る。中身は極東共通語で書かれていた。
「『エビント王国より鉄火中隊出没。突撃班長と中隊長は王都に向けて北進中』……。えこれシレッとヤバいこと書いてない?」
志木は急いで出張所へと戻る。部屋に入ると、そこにはルーナとカロンが難しい顔をしていた。
「カイト、話は聞いてるわね?」
「鉄火中隊が北進してくる話でしょ。伝令が来た」
「現在軍が全力で行方を捜索しているのですが、王都に向けて北進している以外の情報はないんですよね……」
カロンが困ったように言う。カロンが困っているのなら、これ以上の情報はないだろう。
「そうなれば、王都で待ち伏せしているのが一番ですかね?」
志木が尋ねる。
「それが最善の策でしょう。では、すぐにでも王都に移動しましょう。準備します」
そういって、カロンが部屋の外に出ようとした時であった。
扉の前に誰かが立っていたようだ。扉が半開きで止まる。
「あ、すみません……」
その様子に、志木は少し違和感を覚える。普通の軍人とは違う服装をしているからだ。
「カロンさん! その人……」
志木が忠告しようとした瞬間だった。
扉越しに爆発が発生する。
「うわっ!」
志木とルーナは思わず顔を覆う。
爆発が収まると、志木はそっと様子を見る。
扉がバラバラに壊れ、その前にカロンが鮮血を飛び散らして無残な姿になっていた。
「カ、カロンさん!」
志木はカロンの元に駆け寄ろうとしたが、それを阻むほどの強いオーラを感じ取った。
カロンから視線を外し、上の方へと向ける。そこには、見たことのある男性と、見たことのない男性の二人が立っていた。
見たことのある人間は、突撃班長のシャクローであった。
「シャクロー……!」
「また会ったな。まぁ、偶然ではないが」
そして志木は察した。もう一人の男性が、鉄火中隊の中隊長であることを。
「鉄火中隊を壊滅させたのは、お前か?」
「そうだ、と言ったら?」
「報復するまでだ。鉄火中隊中隊長アガン、出る」
そのままアガンは、拳を握り、志木たちに振りかざした。
それを見た瞬間、志木は呟いていた。
『ウォール・モノリス』
ルーナの事も守るため、巨大な防御魔法を展開する。
だがアガンの攻撃は強大で、防御魔法ごと部屋の壁に吹き飛ばされた。そして衝撃によって、志木たちの後ろの壁は破壊され、外が丸見えになる。
アガンは続けて攻撃を入れる。完全に防御しきれないため、志木たちは出張所の外に吹き飛ばされてしまった。
「うおぉ」
志木たちがいた部屋は、出張所の2階。このまま落ちれば、大怪我間違いなしだ。
志木はコンマ数秒の間で、思考を張り巡らせる。だが、考えている間に体が動いていた。
新しい防御魔法を編み出したのだ。柔軟性に優れた、柔らかいクッションのような防御魔法を地面に対して展開する。
その上に、志木とルーナが落ちた。
「うぐっ」
「ひゃっ」
1秒に満たない浮遊観と、急に襲ってきた重力が一気に襲ってきて、胃が持ちあがるような感覚を覚える。
しかし、そんな感想を吐き出す余裕はなかった。
すでにアガンが攻撃体勢に入っていたからだ。
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