第8話 大団円
実際の世界を知らずとも、妄想や、想像の世界で完結することができると思っていたので、安直に、そっちに走ったといってもいい、
「そういえば、大学時代の仲間が書いている小説には、ホラーやSFが多かったな」
と思った。
最初は、
「ただの偶然だ」
と思っていたが、そうでもないようだった。
その証拠に、
「自費出版社系」
と言われる。
「詐欺出版社が引き起こした社会的な問題」
から、作家志望や、本を出したいという人のほとんどは、執筆活動から離れていき、残ったのは、
「本当の昔からの作家志望と言われるような人ばかりだ」
ということであったが、その人たちが次に流れたのが、ネットでのいわゆる。
「投稿サイト」
と呼ばれるところであった。
最近では、かなり減ってきたようだが、一時期、無料、有料を含めて、かなりの投稿サイトというのが、ネット上にはあった。
その中で、それぞれに、
「このサイトは、SFが多い」
などというような、
「ジャンルによって、どのサイト」
という形に分かれているものだった。
ただ、自費出版関係に騙された人は、年齢的に、年配が多かったりした。お金を持っている必要があっただろうからなのだが、投稿サイトの方は、ほとんどお金がかからないということと、その時代の混乱を詳しくは知らない、未成年であったり、高校生中学生が多いというのも特徴だった。
時代としては、
「ラノベ」
と呼ばれるライトノベルが多かった。
芥川賞などに、女子大生が書いたケイタイ小説などと呼ばれるものが、入賞したりして、作家の平均年齢が結構下がったりした。
しかも、読者も若い人が多いとなると、彼らの年齢に合わせた小説が、おのずと人気が出たり、ブームになることで、
「新人賞も狙いやすい」
とも言われた。そんなジャンルの文学賞も増えてきたのだから、本当に、
「ブーム」
だったのだ。
そのジャンルというのが、
「異世界ファンタジー」
と呼ばれるもので、そんなジャンルが、小説界で、彗星のごとくクローズアップされるようになった。
しかし、門戸は広がったとしても、
「猫も杓子も異世界ファンタジー」
ということになってしまうと、
「分子が増えても、分母が増えると、結果同じことである」
といえるのではないだろうか?
しかも、そんなことを若い連中は分かっていないので、まるで、
「甘いものに群がっているアリ」
の様相を呈していたのだ。
異世界ファンタジーなどは、自分はいくら売れるからも知れないという理由で書こうとは思わなかった。
「自分には書けない」
という気持ちもあるし、
「書きたくない」
という気持ちもある。
好きでもないものを書いて面白くないというよりも、そんな、猫も杓子ものようなものを書いて、ミーハーと思われたくないという気持ちの方が強かった。
そこで走ったジャンルが、
「椅子テリー」
だったのだ。
学生時代には、
「自分には絶対に書けない」
と思っていた。
理由は、
「自分にはトリックなど思いつかない」
という、最初から諦めの心境だったのだが、実際に書いてみると、意外と思いついたりするものだ。
もちろん、ベストセラーになるほどのトリックが思いつくはずもなく、最初から考えたことは、
「トリックのパターンは、もうとっくに出尽くしているのだから、後はバリエーションだけだ」
という思いだけだった。
しかし、それだけに、下手なものを書いては、盗作とみられることもあるだろう。
だが、逆にいえば、それだけ、世にたくさんの本が出回ったということであり、それらをすべて読破できている人だっていないだろう。
そうなると、どこから、そして、どこまでが盗作なのかということは分からない。ネットなので、一般大衆が見るということで、盗作を看破してくる人もいるかも知れないが、しょせんは、
「無料投稿サイト」
である。
「もし、どこかから何か言われれば、投降を取り下げればいいんだ」
というだけのことである。
本当にこれまでに、ミステリー、推理小説、探偵小説と言われるものが、どれほど発刊されてきたものか、似たようなトリックは山ほどあるだろう。そういう意味では、
「バリエーション」
の問題ということになり、極端な話、一語一句、まったく同じでなければ、盗作でも何でもないといってもいいかも知れない。かなり乱暴な言い方ではあるが、それくらいに考えておかなければ、何も書けなくなってしまうというものであった。
そんな刑部を、実に久しぶりに訪ねてきたのが、椎名君であった。彼は、大学を卒業し、今では、大学院から、研究員として、大学に残っているという。
「結構、優秀なんだね?」
と聞くと、
「いえ、そんなことはありませんよ。就職して、一般企業でやっていける自信がないので、大学に残っただけです」
というが、一般企業で、やっと自分の立場が見えかかって、将来を見据える余裕が出てきた刑部にとっては、余裕があるゆえんなのか、目の前の椎名君が眩しく見え、
「彼は彼で輝いている」
ということが分かってことで、自分が社会に貢献できる人間になったことを、椎名君を見ることで実感させられた気がした。
いい意味での、
「人のふり見て、我がふり」
ということである。
治す必要のない我がふり、椎名君との、懐かしい会話も、弾むものだと思うのだった。
「ところで、刑部さんは、小説を書いているんですか?」
と聞かれた。
前に彼と話をしていた時は、ちょうど書いていない時期で、彼に対して、
「いずれ、書きたくなったら書くよ」
という曖昧な答えを返したが、そこに彼が触れたということは、
「あの時の俺は、また書き始めるという意識で、話をしていたのかも知れないな」
と刑部は感じていた。
椎名君は、今、商店街の近くにいい部屋があるということで、そこに住んでいるということだった。本当は、刑部に出ていくことを言いたかったのだが、逃げ出すようになってしまったことで、言い出すことができなかったといって、平謝りをしていたが、刑部としても、その時は、少しショックだったという皮肉を一言言ったが、すぐに笑みを浮かべることで、笑い話にしてあげたのだった、
ただ、その時、椎名君が、
「自分の住んでいる部屋には、自分と同じような考えの人が結構いるんですよ」
といっていたことが気になったのだが、却って、それを聴き出すのは失礼な気がして、それ以上聞くことができなかったのだ。
椎名君としては、もし、言いたくなれば自分からいうという思いがあり、せっかく訪ねてきてくれた彼に、嫌な思いをさせるのは嫌だと思っていたのだった。
刑部が、小説の話をしている時、椎名君は、刑部がミステリーを書いているという話をした時、実に嬉しそうにしていた。
「僕もミステリーが好きなんですよね?」
といって、今まで見せたことのないような前のめりの態度に、一瞬、たじろいでしまった刑部だったが、喜んでいる椎名君を見て、どこか微笑ましさが感じられたことで、刑部自身も、嬉しくなっていたのだった。
ミステリーの話になった時、
「刑部さんは、フィクションであっても、ミステリーを書く時、殺人事件を扱わない人だと思っていたんですが、どうなんですか?
と、椎名君が斬り出してきた。
それを聞いた刑部は、目を見開いて、
「これは驚いた。よくわかったね。ああ、僕は、昔、ホラー関係の小説を書いていた時も、自分がオカルトチックな話が嫌いだということで、同じホラーでも、サイコ的な話よりも、情景のドロドロした話を書くことが多かったからね」
というと、
「ええ、昔読ませてもらった、刑部さんの昔の作品が乗った冊子を見て、そう思ったんです」
という椎名君の話に出てきた小説というのは、大学時代に定期的に発刊していた機関紙の一つのことだったのだ。
確かに言われてみれば、刑部君に見せたことがあった。それをいまさら覚えてくれていたということに、刑部も有頂天になっていたのだ。
「本当に、そんな昔の話を覚えてくれていて、嬉しいですよ」
というので、刑部は、調子にのって、
「今はどんな作品を考えているんですか?」
と、椎名君に聞かれたことで、有頂天の刑部は、そのストーリーの一部と、その一部に関わるトリックについて話して聞かせた。
「どうせ、投稿サイトに載せる程度の作品だ。人に一部を話したところで、盗作もないだろう」
と思った。
もっとも、もし、盗作されても、それが印税が入るほどのベストセラーにでもならない限り、
「盗作だ」
などといって騒ぐつもりもない。
それくらいのつもりで趣味として書いているのだし、他の投稿サイトを利用している人は、ほぼ同じくらいの感覚で書いているに違いない。
だから、椎名君が、前のめりであっても、それはただ、懐かしい人を訪ねてきたというだけのことに違いないと思っただけだった。
そんな会話をして帰っていった椎名君だったが、刑部は、有頂天な気分の余韻を残しながら、懐かしさに半分酔っていたが、それが冷めてくると、今度は、少し不安になってきた。
何に不安なのか、自分でも分からない。
何か分からない胸騒ぎがしてくるのだったが、その正体を分かる由もなかったのだ。
ただ、前のめりだった椎名君が、途中で一度話の腰を折ったかと思うと、まるでそそくさとした態度で、慌ただしく帰っていったような気がして仕方がなかった。
まるで、置き去りにされたという感を否めない刑部は、急に、言い知れぬ不安に襲われたのであった。
その不安というのが、どこからくるものなのか分からず、ふいに襲ってきた感情に、身を任せるしかなかったのだ。
そんな状態で、しばらく、悶々とした精神状態となっていたが、それは次第に、椎名君が、
「なぜやってきたのか?」
ということが気になり始めたからだった。
その理由を考えていたのだが、気になっていると、普段気にもしないことにぶち当たるもので、そのおかげというわけではないのだろうが、ある新聞記事が気になったのだ。
それは、尾坂壁も気になっていたことの延長線上にあることだったので、気になって当たり前のことなのだろうが、その内容というのが、見出しを見ると、
「小学生の子供が数人、誘拐される」
というものだった。
そして、脅迫も何もないまま、数日後に解放されるというものであったが、その内容というものが、刑部が考えた内容の話だったのだ。
微妙に変えているが、タイトルだけを見ると、明らかにその話で、しかも、その話をネットに公開する日の1日後に、事件が発生していることになる。
「俺の話を見て犯行に及んだとすれば、あまりにも短すぎる」
と思ったが、そもそも、この事件は、似たトリックや内容を使ったというだけで、誰もが考えそうな、内容ではないか?
それを考えると、自分にとって、何ら関係がないだろう。
しかし、その翌日にも同じような事件があり、こっちは、同じように、二日後に解放しているという点でソックリだが、トリックは微妙に違っている。
しかし、そのトリックも、刑部が考えたトリックではないか?
刑部は気持ち悪くなった。
しかし、この記事を見たことで、
「ああ、あの時、椎名君が、俺を訪ねてきたのは、こういう思惑があったからではないか?
と思えた。
自分のトリックを使って、似たような騒音被害にあっている人たちが、同じようあ復讐方法を用いることで、お互いに交換とまではいかないような、相互協力と言った犯罪を行っている。それも、刑部のアイデアであった。
刑部は、二つのかかわりのなさそうな事件で、自分のトリックがいくつも用いられていて、共通点が魅入られることから。
「これは、椎名君が主犯として、行った犯罪だ」
と思った。
だが、これを警察に通報する気はない。刑部だって、椎名君がやらなければ、自分がやっていたという内容で、小説を書いたのだ。
いや、小説に書いたからこそ、自分が実行しないということの証のように思え。逆に椎名君たちが実行してくれたことで、却って、胸がすく思いがしたのだ。
それを考えると、
「ああ、これで、俺のアマチュア小説家としてのプライドが生かされ、実際の鬱憤も晴らしてくれたことは、
「礼を言いたいのはこっちだ」
と言わんばかりであった。
それを思うと、この事件が、
「ひょっとすると、俺たちでけではなく、たくさんの、クソガキを嫌だと思っている連中に希望を与えたのではないか?」
と思うと、これほど気持ちのいいことはなかった。
「実際に手を下さなくても、実行してくれる人がいる。そして、俺はずっと隠れ蓑に隠れて安全であり、しかも、小説家としての満足感が得られるのだ」
ということを考えれば、
「小説家になりたい」
あるいは、
「本を出したい」
ということを考えていたが、その望みを打ち砕いた詐欺師連中よりも、実に平和な復讐なのではないかと思うのだ。
「俺はずっと、こういう小説をずっと書き続けていくぞ」
と、心に決めた刑部だった……。
( 完 )
平和な復讐 森本 晃次 @kakku
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